麗らかな春の日差しの中、色鮮やかな夏の緑を踏みしめ、
どこまでも高い秋の空の下、冬を通り抜ける風が頬を冷やす。
「長閑な景色ですねえ」
「見知らぬ誰かの霊素で造られていると気付かなければねえ」
単眼を逸らすアスワドと、遠い目をするアルフライラ。
どれほどに歩いたのか、それともさほどでも無かったのか。
何もかもが不明瞭な世界を、少女と海星は歩き続けた。
「姉さま、こっちです」
時折に海星が姿を消し、違う方向から声を掛ける。
「何で突然に回転床みたいな罠が在るのかな」
「エリアの切り替わりで設定が変わるんですよ」
ともあれアルフライラとアスワドは、中枢への道を歩んでいた。
「エミールと一緒に頑張った、栄養ペーストの最新版です」
「どんな状況でも進歩からは逃れられないんだなあ」
時折に思い出した様に食事をとる。
「ほんのり甘くて卵と肉の中間の様な」
「ここまで改良するのに、本当に苦労しましたよ」
四角い栄養キューブを齧り、水で流し込む旅神たち。
やがて歩を進めれば、だんだんと見えてくる物が在る。
空を縛る無数の鎖と思われた物は、とても長い1本であった。
中枢らしき箇所から左右に伸び、幾重にも世界を巻いている。
「半球では無く全球だったか」
半分は地面に潜り、大地を縛りあげているのだろう。
「あ、ここがエミールが造ったマリカさんのお墓ですね」
単眼海星が指し示した先には盛り土が在り、小さな碑が置かれていた。
「居ないにしても一応は、来る事は来てたのかな」
「皆、壊れてましたので長くは持ちませんでしたが」
何か言っていたかなと姉が問えば、弟は答える。
「どうせ殴るのはアル姉がやるだろうから、私は母として終わるとか」
「あんにゃろ、ごく自然に作業を押し付けて逝きやがったな」
最後は、とにかく疲れたと言っていたと告げる。
まあ諮らずも願った通りではあったかと、長女は軽く嘆息をした。
「そこらの岩の落書きはフィッダですね」
岩肌にはごめんなさいと、謝罪が無数に刻み込まれていた。
「怖ッ」
「いや姉さま、もう少し感想に手加減を」
ともあれとアルフライラは岩に手を当てる。
悔恨の刻まれた岩壁が、空中に解けて霊素へと還元されていく。
「謝罪は受け取った」
全てが消えるのを見届けて、さらに歩を進めた。
「あのあたりがラマディ兄さまからです」
「何故に花畑」
色とりどりの花弁で埋まる区画が在る。
「姉さま、言っていたでしょう」
良く見れば花弁の中の造りが適当で、安物の造花を思わせる構造。
「死出の旅路の果て、何かの芽吹きでも見られたのなら上出来だって」
「何と言うか、ちょっと出来が悪く無いかな」
少女が問えば、兄さまですからと遠い目の海星。
「それで、花か」
「頑張って花畑まで増やしました」
アルフライラが軽く踵を慣れせば、花畑が末端から分解されていった。
「ああぁ、頑張って造った花畑が消えていくう」
「私が贈られたのだから、私が好きに使って良いのだろう」
言いながら完全に消える前に一輪だけ摘み、耳元の髪に挿す。
「霊素よ世界を巡り、何処かで咲き誇れ」
何も無くなった土地に背を向けて、改めて歩み続けた。
そして、辿り着く。
静寂の中、極限まで集積された魔素の発光が周囲を照らしている。
左右に伸びる鎖の中央には、魔素の輝きを放つ機械の神像が在った。
腕を広げ、どこまでも伸びる両腕が鎖と成って世界を縛っている。
「
そしてその前に待つ、ひとりの老人。
「爺、ではないね」
「ああ、ただの複製された仮想人格だ」
アルフライラを最初に受け入れた、再生局爺の複製。
オリジナルは笑いながら逝ったよと、それだけを告げる。
「ナハースと私を誘き寄せるには、大掛かり過ぎの仕掛けじゃない」
「正直に言おう、それはついでの理由でしか無い」
そして仮想人格は宣言する、魔素ネットワークに関する全権の譲渡を。
「ある時にオリジナルたちは、不可知の感情が生まれていた事を自覚した」
かつての出来事を、感情の籠もらぬ淡々とした声色で爺は語る。
「知識の中には無く、どこまでも理解不能で、抗い難い衝動」
何かを残したい、出来る限りの事をしたい。
―― 我らの娘に
「なので全権譲渡だ」
「文明が残っていた時代には、それは親馬鹿と呼ばれていたよ」
どこまでも傍迷惑なと眉間を抑える娘に、微笑みで応える仮想の爺。
「馬鹿か、確かに馬鹿の所業だな、だが何故かそれが心地良い」
「畜生、やっぱり60世紀に居たのは原始人かッ」
本能を抑制する文化も文明も廃れ、故に成れの果てはただ欲望に従う。
例えどれほどの範囲に影響が在れど、どれほどの被害が出ようとも。
「いや、再生計画に並行していたから本分を忘れては無かったぞ」
「半端に文明が残っていたあたり、本当に性質が悪いね」
そして支える者の全権は譲渡され、アルフライラが掌握した。
遅れてナハースとエミールが辿り着き、同時に仮想人格が告げる。
「これで名実ともに、新世界での神と成ったな」
「まあ確かに神は名乗っていたけど」
そっと斜め後ろから、芸術は爆発だと囁き潜在意識の誘導を試みる海星を、
何の躊躇も無く踏み倒しつつ、弟妹たちに囲まれた姉は口を開いた。
「はじめに、砂を見たよ」
惑星上に存在する成れの果て、全ての終焉を。
「けど、砂に住む人たちにとっては生活を共にする環境でしか無かった」
淡々と、これまでに見てきた物を語る。
「西の方では、数えきれないが故に神の慈悲の象徴とも呼ばれていたね」
土地の在り様、生き方が変われば、同じ物でもまるで違う意味を持つ。
そして思い返す、守るべき土地も、付き従う民も持たぬ身の上で。
「世界が神の言葉しか聞かなかったから、そう名乗っただけなんだ」
しかし、それも終わる。
「新人類はもはや幼年期を終えた、旧人類の頸木はもう必要無い」
アルフライラの意思は、僅かも変わる事が無く。
「自らが神として君臨する世に未練は無いのか」
「そもそも人が為、人が為すが故に偽りと名乗った」
思い返し、悪魔の言語話者は似た様な事を考えるものだと、軽い苦笑。
そして驚きの色が無い老人の言葉を受け、苦笑するままに娘が言葉を紡いだ。
かつて月と太陽の乙女などと呼んだ馬鹿犬も居たが、それも柄では無い。
全て踏まえ、敢えて名乗るべきならば。
「砂と偽りのアルフライラの名に於いて宣言する」
鎖が震え、掌握された世界が解け、仮想空間がきしみ始める。
「西暦も1万と2千を越えた今この時、地球地球化計画は完遂した」
全てが終わった。
この時より旧き世界は歴史の中に眠り、全ての神話は歴史へと変生する。
旧人類は全ての責任を果たし清算を終え、全ては人に委ねられた。
「道連れで悪いが、全員仕事の納め時だ」
笑いながら告げる長女の勝手に、無言で崩れ落ちる弟妹たち。
一緒に逝ってやるから許せと、笑いながら言う姉に掛ける言葉も無い。
そして僅かに微笑みながら、仮想爺がアルフライラに告げた。
「アトラスの娘よ、お前は示された歪な愛情に対し正しく応えた」
「やっぱり全てわかった上でやっていやがったな」
どっちでも良かったぐらいには、確かに愛情が在ったと注釈する仮想人格。
アルフライラが新世界を統べる女神と化す未来も、また在り得たと。
「まあ最後に爺の顔を見れて良か、本当に良かったのかな」
「むしろ悪夢でしか無いだろう」
娘が抱いた疑問に仮想爺が応え、自分で言うなと笑いながら返した。
「ともあれこれで、神は天に在り蝸牛枝にしろしめす」
遠くより、空が崩れ落ちていく。
魔素ネットワークが旧人類の手を離れ、世界法則として自立していく。
「世は全て事も無し」
崩れ逝く空の楽園へ、少女の言葉が終わりを告げた。