崩れていく。
世界が末端から罅割れ崩れ、溶ける様に惑星霊へと還っていく。
境界の向こうは輝いて見えるが、その色などは理解できない。
そしてアルフライラたちは、最後の時を待っていた。
敷き布の上に正座したパイラ人が、茶器から急須へと茶を移す。
珠茶を淹れ沸かした緑茶に砂糖を加え、軽く火に掛ける。
そして最後に薄荷を入れて、姉弟妹爺に湯呑みを回した。
「結構なお手前で」
「いや何やってんのよあんたら」
慣れた手付きで受けとった姉に、問い掛ける妹の目はジト目。
「そう言われてもだね、今更焦った所で何か変わるわけでも無し」
「畜生この馬鹿、感性までクソ爺に汚染されてるッ」
頭を抱え叫ぶナハースと、困った様な顔で微笑むエミール。
しみじみと頷く仮想爺の前で、パイラ人が軽く嘯いた。
――
――
――
日に3度の
そしてナハースは頭を抱えたままに座り込み。
「こいつら道楽の合間に人生やってやがる」
湯呑みを受け取りながら力無く呟いた。
栄養キューブを茶請けに齧りながらに飲茶の間も、世界の崩壊は続く。
しかしそれなりの体積が在るせいか、まだ幾許かの猶予は残り。
こんな感じかなと、エミールが小さく呟いた。
「どしたん」
「ちょっと外に神のお告げを」
姉の疑問に軽く応える弟。
どういう事かなと、怪しい動きで背後に星座を描き出すアルフライラに、
殿中でござると後ろからしがみ付く、キットゥ・アスワドの成れの果て。
「簡単な事よ、
そんなじゃれ合いを眺め溜息を吐いたナハースが、軽い口調で述べた。
永く封じられ時間を跳んだ姉に比べれば、自分たちの方が長く生きている。
それだけに、既に諦めたアルフライラとは違いわかる事が在ると。
何かなと疑問を持った表情の姉に、影の無い微笑みで返す妹。
「あんたは、人間を舐め過ぎだ」
そしてそのまま胸ぐらを掴み、蹴り飛ばすように後背へ投げ飛ばした。
「おるああああぁぁッ」
「あああぁぁるううぅぅぇーッ」
崩壊する空に投擲物の叫びが響く。
同時、少女の後ろで世界が割れて、飛び込んで来た人間が居た。
熊の様な大柄の体躯を持つ剣士、サフラ。
すれ違いざまに背骨をへし折る音を響かせながら少女を抱き抱え、
そのまま腰に巻かれたザイルに引かれ、凄まじい勢いで引っこ抜かれる。
変形巴投げの残心のまま、大地に転がる赤銅の大神が軽く哂った。
そして仮想爺も姿を消し、横に王子の大神だけが静かに座り込む。
「エミール、今更だけどわかった事が在るわ」
「奇遇だね、僕もちょっとだけ在るよ」
崩れる世界の中、どうぞお先にと促されナハースが告げる。
「私はきっと、人間を愛したかったのよ」
出来なかったけどと哂い、本当に今更だねと笑う。
しかしそれが、おそらく全ての原動力だったのだろうと。
「僕の方からはあれだね、記憶は消されてるんだけどさ」
何となくそんな気がすると告げる。
「たぶん前回は、ひとりで死んだんだと思う」
聞いて、ナハースが笑う。
「なら今回は、随分とマシな死に様よね」
「最後まで僕を捨てないでいてくれて、ありがとうナハース」
互いに手を取り、指を絡め、軽く笑う。
やがて取り返しのつかないふたりは、崩壊に呑まれ惑星霊に溶けた。
旧き神々の遺産も思い残す事無く眠りに就き、創造主の元に還る。
空っぽの楽園は奈落の底で崩れ果てて、痕跡も残さずに消えた。
そして、次元を切断し一気呵成に釣り上げられたアルフライラは、
サフラに抱えられたまま風を切り、遥か上空にまで吹き飛ばされていた。
宵闇の中に薄らと見える、未確認飛行物体。
姫の権能で造られた神鉄製の釣竿を引いたのは、獣神キッタ・アビヤド。
権能を発動させ発光している彼女は、星空を見上げて次いで目を逸らす。
やってしまったと、背中が語っていた。
禿鷹の腕輪を嚙み合わせた詩神が、軽く溜息を吐きながら指を振れば、
途端、落下予想地点に柔らかそうな草花が生い茂る。
駆け付けた青の大神も何かと動く前に、板が飛んでいった。
先ずは柔らかそうな巨大海星を回収し、それをクッションに活用しつつ、
アルフライラを抱えるサフラを受け止めて、勢いを殺しながら落下する。
ぷぎゅるとパイラ人の鳴き声が響き、草花が散り砂上に舞った。
次いで板上でぐったりとした2柱1人が、蒸気を吹きながら再生する。
アルフライラ以外は、せいぜい外皮の修復や骨接ぎ程度しか出来ないが、
霊素被爆で外皮が溶解しかけていた患者たちには充分であった。
そして釣果に駆け寄る人や神の後ろ。
蠕動していた神殿が、裁定の街ごと地の底に呑み込まれていく。
端から雪崩を打つ様に、建材や水、砂が音を立て地の底に落ちていった。
「のげええええぇッ」
誰の叫びだったのか。
慌てて距離をとるために走り、途中で板を回収し、
人神協力し板を押しながら裁定の街から抜け出ようとする。
「うーん流石ナハース、隙を生じぬ2段構え」
「相変わらず余裕在るのうッ」
垂れてるサフラの腹の上で垂れるアルフライラが感嘆の言葉を漏らし、
同時に押し込まれている方角の建築物が一斉に消滅した。
「さっさと来い馬鹿者ども」
離れた位置に在るアビレッシアから、マリクの声。
同時に逃亡者の眼前の堀が埋まり、舗装された道路が瞬時に構成される。
その横を、負傷者などを抱えたアルムピアエールが駆け抜けて行った。
アビレッシアの光線が頭上を走る。
「ちぃッ、やはり次元断層の類か、アイオーンども出番だぞッ」
アルコーンからの呼び掛けを受け、忘却と単眼が斧を投げた。
ぼよんと音を立て崩れ落ちていく空間に刺さり、若干に崩壊速度が緩む。
そして青の権能に造られた追い風に押されながら板たちは、
やがて逃走を果たし、赤と黄金の指揮で避難していた軍勢へと合流した。
「のあー」
合流した家猫族に挟まれ、毛皮に埋まる少女から餡子の出る音が響く。
その板元に落とされた巨大海星が、余り猫に猫パンチをされている。
「何か、増えとらんか」
奇獣神パイラを見て疑問を述べたハジャルの横で、板から降りたサフラは、
ごきごきと音を鳴らしながら伸びを打ち、腰の神鉄釣り糸を解いた。
「引っ掛かったのを外す余裕は、無かった」
何だかんだで、かなりの極限状態であった。
そして神の背後から足を絡め首を絞め、そのまま引き込み背骨を責めながら、
ぐにぐにと少女の頬を引っ張るマルジャーンの気が済んだ頃。
ようやくに板上で煙を吹く少女と3人の開拓者。
圧倒的多数の軍勢の中で、普段通りの光景がふと再現された。
なお、パイラは離れた場所で猫に叩かれ続けている。
「いや、いくらなんでも無茶過ぎじゃないかなー」
どの口が言うのと頬を引き伸ばす歌姫の横で、博士が苦笑する。
「まあ多少の無茶は通すじゃろ、お互い」
そして無言のまま背を向ける剣士に、集まる視線。
空気が段々と重くなり、耐えかねる様に口を開いた。
「いつか誰かが辿り着くと、言ったよな」
奈落に墜ちる前に、アルフライラが嘯いていた内容。
見た事も無い景色を、新しい人類が見る事が出来る事自体が喜びだと。
「誰でも良いなら、お前でも良いじゃねえか」
サフラはそのままに口を噤み、遥か遠くへ視線を飛ばす。
ハジャルとマルジャーンは苦笑して、アルフライラは虚を突かれた。
呆けた顔が、泣き笑いの様に歪む。
「なになに、もしかして愛情とか信仰とかの気配かしら」
「いや介護だ」
「介護じゃな」
マルジャーンのお道化た言葉に、身も蓋も無い本音で応える男性陣。
その内に東の空に茜が差し、宵闇が薄れ出した。
「いつにしても、夜明けと言うのは安心するのう」
暗闇から光指す方角へ、長く影を伸ばしながら歩む。
「南の小島に、焔が流れる河が在るらしいんだ」
「青の古都の向こうじゃな」
少女が聞いた話を口にして、博士が補完する。
「北の氷原に、氷で出来た宮殿が在るとも聞いた」
「青の女神の覚書に在ったわね」
少女が聞いた話を口にして、歌姫が思い出す。
「アズラク、何処にでも居るな」
「姉に似たんだろ」
少女が感想を言葉に変えて、剣士が嘆息する。
「そういうの、見に行きたいかな」
少女の控え目に見えて無茶の過ぎる要望に、人々が笑う。
そして軽く振り返り、巨大な穴と化した遺跡を眺めた。
やがて神話の終焉を、水路からの水と陽光が現実に染めるだろう。
ただ去り難い何を感じ、少女たちは暫し佇んでいた。