千夜神の降臨は、第一帝国時代の南方であったと言われている。
現在の州都イルドラードがまだ砂漠に囲まれていた時代、
始原の球体と呼ばれた古代文明の遺産より開放されたと。
それより始まる偽りの大神の神話は、数多の時代、数多の場所で、
さまざまな吟遊詩人に謳われ広く周知され、千夜信仰の礎となる。
そのはじまり、3人の開拓者と1柱の少女の物語。
紅玉の剣士と謳われた、剣鬼サフラ。
黄昏の歌姫と謳われた、聖女マルジャーン。
月光の賢者と謳われた、魔王ハジャル。
3人1柱での冒険の旅は、数多の歌と化して世界を渡り、
やがて分裂戦争後、第一共和国で編纂され1冊の書物に成る。
千夜物語と題された、小神シェヘラザードと3人の開拓者の物語。
千夜神の道行きを題材とした創作物語であり、主人公の名を変えたのは、
おそらくは各神国への忖度であろうと考察されているが、定かでは無い。
ワ・ライラとだけ記されている編纂者も謎が多く。
俗説に恰幅の良い男性とも、小柄で童顔の女性とも、
あるいは物語に在る亡国からの難民女性であったとも伝えられている。
そして物語は好評を博し、様々な場所で版を重ねた。
版を重ねる内に物語は増え、出所不明の様々な内容も差し込まれ、
時に世界大戦時代の様に戦意高揚のために編集され。
現代では幾つもの版が世界に広がっている。
各神国では、物語の結末は各大神がシェヘラザードを愛でる結末であり、
旧帝国東部では剣鬼サフラと結ばれ村落で幾人かの子を成したと記され、
そして北部では歌姫マルジャーンと共に千夜神殿に落ち着き友と過ごし、
南部イルドラード周辺では魔王ハジャルと共に旅を続けているとされた。
それは多分、様々な関わった者たちの夢で在ったのだろう。
そしていつしか、板に乗った少女の目撃談も消えていった。
怪しげな目撃談は在れど、公式の記録では世界大戦を最後に目撃例が無い。
千夜神アルフライラ、彼女は今どうしているのだろう。
縁の深い神々は、皆が口を揃えて似た様な事を言った。
おそらくは今日も砂の上、太陽と月の下、風の後ろを歩んでいるのだろうと。
いつまでも、どこまでも、開拓者の様に行く宛ても無い旅を続けている。
路傍に在る偽りの大神、その有様は僅かも変わらず。
見かけたら名を呼べば、何事も無かった様に気さくに振り返るのだろう。
それは、裁定の街が沈み込んだその時も変わらず。
崩壊は止まり、引き込んでいた水路からの水が穴に注がれていく。
黎明の中で軍勢を背に、アルフライラは失われた旧神遺跡を臨んでいた。
陽が、砂を照らす。
僅かの間。
そして、名を呼ばれた。
振り向いて、光の中の影を辿る。
どこまでも続く、果ての無い砂の世界で ――
人の声が聞こえる。