アルフライラが無言で羊肉の燻製を齧っている朝方の事。
宿場に帝国首都から馬車数台の集団が訪れ、
その内、見るからに高そうな衣服の数名が酒場に向かった。
「見窄らしい場所だな」
特に瀟洒な衣服の、一団を率いるであろう若者がそう口にすれば、
様子を窺っていた周囲の開拓者たちの視線が剣呑な物に変わった。
そしてそのまま奥に向かい、途中で羊肉を咥える少女に気が付く。
「女、侍る事をゆるうぅおうふッ」
口を開いた次の瞬間、付いていた女性が後ろから首を絞めた。
そのまま壁際に引き摺っていき、小声で会話がはじまる。
「馬鹿なの、馬鹿なんですか若様、馬鹿様なんですねそうでした」
「いや、いきなり何だよ、何か間違ってたか俺」
「そうですね、まずは今のナンパにもなってない女狩り発言は何事ですか」
「夜伽で召し上げるのは善行なんだろ、何が悪いんだ」
「開拓者は基本自立しているので、ただ喧嘩売っているだけです」
そこで一息、呼吸を整える。
「だいたい、辺境に居る神族なんて厄ネタ以外の何物でも無いでしょうがッ」
身も蓋も無い言い草ではあるが、一般的な価値観でもある。
神国に対抗する人の国、それを纏め上げて成立した帝国は神を持たない。
神殿こそ在るが皇族、王族への影響力は無く、神国からの干渉も排除される。
そんな中央に在る神族とは要するに、人に従う事を良しとする神であり、
それ以外の小神は王国に少数、多数は副王国などの辺境に居を構えている。
帝国に在る、されど皇帝に膝を屈さず、そう言う事である。
「そもそもですね、ここは辺境で砂漠なんですよ、わかってんですか」
わかっていると主が言えば、わかってねえと従者が叫ぶ。
「身包み剥いで埋められても行方不明で終わるってんだよッ」
言われて若者が周囲を見渡せば、開拓者の視線が集まっている事に気が付く。
何某かの怪談が如く、皆一様に笑顔であった。
さながら、獲物を目の前にした肉食獣の群れである。
「馬鹿様、死ぬなら私を巻き込まず一人で逝ってください」
「おおぃ、薄情過ぎないか乳兄弟ッ」
そして机の上に乗せられた馳走の気分を散々に味わったであろう一行は、
非難の視線を主に向け続け、それを受けた主が引きつり気味の表情で頷く。
軽く咳をして両手を広げ、広げた両手を身体の前に重ね、重心を下げた。
「へっへっへ、皆さんご機嫌よろしゅう」
「下手に出るにしても、貴族の威厳は保ちましょうよ」
見事な、下から抉り込むが如き揉み手であった。
「ちょいと開拓団に中央からありましてね、お話を通させて頂きたいんで」
「何で下っ端風なんですか」
「庶子だったんだから仕方ねえだろ、身に染みついてんだよッ」
「今のアンタは嫡男だこの馬鹿ーッ」
騒々しく騒ぎ立てる一団は、呆気にとられる開拓者たちの間を抜け、
店主と共に奥の通路へと姿を消せば、後に残る何とも言えない静寂。
それを見ていた剣士と博士が、一連を軽く評した。
「まあ、見事な危機回避ではあるな」
「毒気が抜かれたのう」
そして横で延々と羊肉燻製を齧っていた少女がようやくに呑み込み。
「硬かった」
「我関せずかい」
微塵も人の世に興味を持っていなかった神に呆れの声。
そのまま博士が視線を回せば、姫も燻製肉をひたすらに噛み続けている。
「静かだと思ったら」
嚙みながら何かを訴えかける視線。
「これ硬い、凄く硬い」
アルフライラの言葉は、おそらく視線に込められた感情と同じものであろう。
「どんなものかの」
言われて、どれひとつと口に運ぶ男二人。
無言で無限咀嚼に至り半目に成る博士と、嚙み千切る剣士。
「北方の山羊乳飴ほどではない」
「比較対象にとんでもないものを出すでない」
肉食獣の言葉に顎の弱い方が無限羊肉から口を離して受け応えれば、
それなにと興味津々な表情の少女に気付き、軽く説明を入れた。
たまに北方の高原から交易で流れてくる、山羊酪飴だと。
常に吹き続ける強風と昼夜の凄まじい寒暖差が、軒先に吊るした
酪の水分を恐ろしいほどに奪い、他に類を見ないほどに硬く固める。
「噛めば歯が砕け、嘗めれば一粒が口の中で半日溶けぬ」
「それは本当に食べ物なのかな」
「行軍の時に口に放り込んでおくと便利だった」
一通りを聞き、見てわかる購入の決意を固めた無謀な少女と、
未だに羊肉を噛み続ける半目の女性、混沌とした朝の酒場であった。