そして船は行く。
イルドラードより南方砂漠地帯を越え、港湾都市へと至り、
各所に寄港しながら大型客船で赤の神国へと向かう。
甲板の強い風に耐えながら、ジェーン女史は陸を臨んだ。
銅の交易都市イルガルブを発ち、赤の交易都市イルカルフに向かう。
その狭間には小国が在り、かつては海賊都市と呼ばれていた。
「建国神話、初代海賊王は紅玉のアイオーンに認められたとか」
海賊王とは言え、実は海に出たのは後代ですがねと軽く笑う。
アルフリーフが軽く謳う様に由来を語れば、杯の氷が鳴った。
甲板に作られた席には、生の岩牡蠣と白の葡萄酒が在る。
「何だろうね、確か投げ槍の名手とかだったか」
「合ってます、そしてその腕前を認められ褒美を賜ったとか」
ちょっと信じられないかなと応える王国人に、
まあ意思の在るアイオーンではありませんからねと旅の詩神。
イルドラードに滞在する間に、現在は特に目的地も無いからと
アルフリーフが旅の同行を申し出て、ジェーン・ドゥはそれを受けた。
そして現在の海の上である。
「閑話休題、入荷仕立てのイルガルブ岩牡蠣はお薦めですよ」
「おお良いね、この僅かな渋みに白が合うのだよキミ」
誘い誘われ、席に着いて牡蠣を呑む1柱1人。
「牡蠣と粉屋焼きのイルガルブ、かの淑女の街だったか」
「レディ・バルセィーム、王国ではそう呼んでいるのでしたか」
帝国分裂後、大陸北方の国々と銅の神国での会談に訪れた神族で、
その洗練された振舞いは北方の文化に多大な影響を与えたと言う。
「彼女が来なければ、我々は礼儀作法を持てなかったかもしれないよ」
「マナー本、確か食事の礼儀作法を定めたのはそれ以降でしたね」
まあ共和国ほど大仰なのはやり過ぎだと思うがと王国人が言い、
当時は王国でしたし面子が在ったのですよと、歴史の証神が補足。
寄港する土地の様々な物語を語る内に陽も暮れ、日付も変わり、
やがて船は航路の終端、イルカルフへとたどり着いた。
「おお、ここが赤の南端イルカルフか」
「簡単な紹介、酒を水で割らない土地ですね」
どんな酒も基本はストレート、ロックは許されるが割る事は避けられる。
通りすがりに屋台で軽食を買い、流儀に合わせた
羊の頭の肉を削ぎ、非発酵の平焼きパンに赤茄子と共に挟んだ物。
そして、どこか棗椰子の果肉の甘い香りが漂う麦酒の杯。
「王国とは屋台のノリが違うなあ」
「頭部直置き、客寄せ文化の相違ですね」
とりあえず食んで、呑む。
細々と語り合いながら雑多な街道を進み、高速鉄道の駅を通り過ぎた。
その日は神殿直営の宿に泊まり、明け方に出ようと決める。
そして相部屋をとり、手持無沙汰な時間が在った。
「回線健在、アルちゃん様のライブが観れますね」
「この手のには詳しく無いが、何と言うか手頃な娯楽なのだね」
言いながらアルフリーフが起動させた液晶パッドをジェーンが覗けば、
そこに映っていたのは、とてもナイスなボートが河を行く光景だった。
詩神が軽く口笛を吹き、動画のコメント欄が爆速に動いている。
「ええと、何かなこれは」
「定番行事、アルちゃん様が致命傷を負うと画面がコレになるんですよ」
しみじみとアルフリーフは思い出を語った。
砂漠南部で過去に食べた事も在るから余裕だねとイキり倒した後に、
生肉食で速攻食中毒からのこの画面などと、過去の素敵船動画事例を。
「僥倖吉日、明日はきっと良い日になるでしょう」
「どうしよう、最近の流行がやっぱり理解できない」
平穏と困惑に分かれた旅行者の夜は更けて、やがて朝は来る。
宿を発ち、早朝発の高速鉄道の席を買い乗り込む2名。
「神国縦断、神都までは1日ですが私たちは道中までですね」
「これが話に聞く赤の縦断鉄道か、思ったよりも揺れないのだな」
言いながら乗客に無料配布の薄っぺらな挟みパンと飲料水のボトル、
そして車内販売のスゴクカタイアイスを席に置いた。
「開通は第一帝国時代だったか、歴史の長さに気が遠くなるな」
「技術革新、今と違い当時は何日もかかりました」
開通当初は道中に駅の数も1つしか無く、そこが目的地であると続く。
中間の駅、千夜物語と瀕死探偵にも記載の在る古くからの宿場街である。
芸術的に薄い羊ハムと鮮度の悪い葉野菜を挟んだパンを齧りながら、
それっぽい観光名所は在るのかねと、詩神に聞く只人旅行者。
「何でしょうね、主殺しの咎人が開いた千夜神殿ぐらいでしょうか」
古来より道中駅として栄えた土地だから発展はしているが、
観光名所への拠点であって土地の名所はやや寂しいと語った。
「ふむ、神都に向かわずそこで降りるのは何故かね」
「位置関係、神都側からだと天羽楼国を突っ切る事に成りますから」
イルカディア湖に向かうなら、途中下車し砂漠を越えるべきだろうと。
「やはり軍事政権下だけあって厳しい国柄なのか」
「多少の相違、単に難民受け入れで常時忙し無い国でしてね」
国外からの旅行者が首都に入るとかなり注目されると補足が入った。
「受け入れ、保護と職業訓練などしっかりとやってはいるのですが」
「関係の無い者は痛くも無い腹を探られ続けると言う所か」
どうしても貧民街なども出来てしまい、治安も一定までしか保てない。
そんな土地だから、砂漠を突っ切り最短距離で行く方がまだ安全と。
「無法でも無し、国の庇護も無い地域ではありますが」
「
そちらなら多少のコネも在り、金次第で安全が買えると詩神が告げた。
「観光客向けの民族かと思えば、結構血生臭いんだな」
「世界大戦時のまま、西大陸はまだ動乱の地ですからね」
アルフリーフの言葉にジェーンは、西大陸に進んだ王国や共和国の兵が、
外に住む者たちに付きまとわれ削りきられた戦史を思い出した。
「追い立て続け端から削っていったのだったか」
「よく言いますね、足が止まった者から首が落ちていったと」
詳しいですねと詩神の感嘆に、これでも3大陸で従軍したからと女史。
「歴戦の軍属、するとこちらには休暇ですか」
「軍医さ、今は気楽な非常勤だよ」
お医者様でしたかと白々しく驚く声に、結構な名医さとお道化る声。
女だてらに生きるには、軍属以外の進路は乏しい国だからと自嘲が続く。
「我が国にも、かの相互扶助開拓団の様な傑物が居て欲しかった物だよ」
貴族の地位を捨て、開拓者として相互扶助団体を立ち上げた伝説の女傑。
千夜物語にも記載の在る、極めて知名度の高い大陸南方の偉人であった。
「そんなわけで、曲者の同居人に胃を痛くさせられる日々でね」
「完全理解、何もかも放り出して旅に出たくなりますよね」
気が付けば愚痴が続き、しみじみと頷き合いの手を入れる神。
そしてアルフリーフは懐に生やしていた調整済の
ジェーン・ドゥの酩酊した大脳皮質が正常化するまで、相槌を打ち続けた。