砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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After 夏日狂騒

 

それは、過たず神話の聖戦で在った。

 

【挿絵表示】

 

金剛石すらも凌駕する輝きを纏い、遥か天空を跳び廻り相対する大神たち。

その争いの余波に銀河の星々は砕け、世界を貫く虹すら粉微塵と砕け散る。

 

六道に在った魑魅魍魎が集い、赤銅の大神に因果の報いを受けさせる、夢。

 

戦場に在った誰しもが眠りの中で識った、神々の黄昏の物語。

 

かくして戦場に集った人々に、その全貌を把握する者こそ些少であったが、

赤銅の大神と王子の大神を討った偽りの大神、その偉業は周知されていた。

 

奇獣神パイラと共に、星々の彼方に描かれた最後にして新たなる神話。

 

紅玉が如き不死鳥を身に纏い、人々の夢に神威を示した美貌の少女。

そんな畏敬を以て語られるべき千夜神アルフライラは今 ――

 

鮫に捕食され猫に踏まれ、断末魔を響かせていた。

 

「ぬあああああぁぁぁ……」

 

正確には、鮫ぐるみから顔だけを出した状態で黒猫の上に仰向けに伸び、

足元と言うか尾鰭のあたりを虎猫に抑えられ、三毛に顔を揉まれている。

 

「ぬおおおおおぉぉぉぉ……」

 

ぶにぶにと肉球で顔面マッサージをされている最中で在った。

とりあえず、神の偉業に酔いしれている人々はそっと目を逸らす。

 

凝視しているのは、王女より捧げられた鮫ぐるみが使われている事を知り、

感涙に咽び泣く豚人族や、物陰から嫉妬の視線を飛ばす祟り神ぐらいである。

 

何にせよ、神々の黄昏を識り千夜神の偉業を称え合う人々の間には、

現実の千夜神は目の毒であろうと判断し、サフラがそっと板を移動させた。

 

例の如くエミーラの権能で造られた石造りの本陣、その厨房区画。

 

そして厨房区画に邪神の封印を果たすと同時に、封印者は気が付いた。

急造の竈の前に、遠隔操作の作業用ハンドが飛び回っていた事実に。

 

「いつの間に」

「のふー」

 

大柄な剣士が呆れを含んだ声を零せば、解れた邪神は鳴き声で応える。

 

そして竈から取り出された物は、船の形に成形された醗酵パンの中に、

溶けて表面が軽く灼けた乾酪が並々と揺蕩っている直球な料理。

 

そんな灼熱乾酪の海の中心に、卵を割り酪を放り込んだ。

 

「西部の乾酪パン(ハチャプリ)か」

「従軍していた兵士さんから聞きだしたー」

 

レシピ的な物を。

 

焼きあがったパンと乾酪の熱で、半熟に成った卵は溶けた酪に絡み、

千切ったパンを使いその卵黄を崩し、掬う様に付けて食べる代物。

 

円形に成形する土地が多いが、故郷では船形に成形していたとも。

 

アルフライラは作業用ハンドで猫と剣士と自分の分を配りながら、

板上で毛玉に挟まれ、もそもそと陽除け時間の昼食と洒落込んで僅か。

 

「あっついわああぁぁ」

「夏場じゃものなああぁぁ」

 

熱砂に炙られたマルジャーンとハジャルも、厨房に辿り着いた。

 

「アルちゃん、何かこう、涼し気な神の知識的なアレって無いのぉ」

 

板上の三毛に凭れながら、氷入りの果実水を受け取った人の願い。

 

「腰に手をあてて天を見上げながら、零さない様に飲むと良いよー」

 

投げやりな感じで神のお告げが下され、物は試しと試みるマルジャーン。

 

「あ、何か凄く満足感」

 

杯の果実水を飲み干して、意外そうな表情で感想を零した。

同じ様に試していたハジャルも、軽く驚きの表情で口を開いた。

 

「喉奥に溜めてから飲むから、喉が良く冷えるのう」

「あと、喉が伸びているから喉越しが凄く長いわね」

 

そして冷たさを感じる時間が長いと意見を受け、はたと気付いた顔。

 

「そうか、天を仰ぐのは顎を上げて喉を伸ばすためじゃな」

 

ハジャルの言葉に、マルジャーンも軽く補足を足す。

 

「喉が閉じているから、胃の腑に流れ入る水量も抑えられるわね」

「喉に太い血管が寄るから、脳髄と臓腑に回る血液も良く冷えるよ」

 

最後にアルフライラが、ついでの様な感じで考察を締めた。

 

そして腰に手を当て一列に並び、喉を鳴らし果実水を飲み干す3人3匹。

板上の神は、人と毛玉が行っている怪しい儀式を眺め少し遠い目をする。

 

厨房外に至った視界には、地に伏し猫に叩かれ続ける赤い巨大な海星神と、

その周囲で円を描く様に踊りながら、ぐるぐると回る様々な奇獣人たち。

 

「邪神度で負けているような気がする」

「何を張り合っておるのじゃ」

 

簡素な神の感想に対し、簡素な人の感想が返った。

 

ともあれ補水も済み、乾酪パンを齧りながら麦酒を受け取る妖怪たちと、

猫と猫弾き、剣士が邪神の祭典を眺めていたら、訪れた神が在る。

 

犬狼従者を連れた白き獣神、キッタ・アビヤド。

 

奇獣人たちも踊りを止め、大神を迎える姿勢を見せる中で、

無重力弾を受けた宇宙恐竜の様に、空中にふらりと浮かんだ奇獣神パイラ。

 

「ピポポポポポポ、はじめまして我こそは奇獣神パイらぁッ」

 

低音から高音へと上がる電子音を響かせていた海星型の奇獣神が、

名乗りの途中に異音を響かせ球体と変わり、海星に戻りながら地に墜ちた。

 

互いの正中線を結び、最短距離で叩き込まれた獣神の正拳が、

その拳圧でパイラの肉体を瞬間的に膨張させ、そのままの流れで撃墜して。

 

「ま、守ろう宇宙道徳ぅ」

「何を遊んでいるのですか、兄様」

 

のたうつパイラを眺めるアビヤドの視線は、凍て付いていた。

 

「ななな、何の事かな、僕は奇獣神パイラ、ただの宇宙神さ」

「ア、ス、ワ、ド、兄、様」

 

目を逸らし言い募る赤い海星神を、触腕の肩的な部分をしっかりと掴み、

ハイライトの消えた瞳で白き猫神が絶対零度に覗き込んで告げる。

 

主神の発言に騒然と化す犬狼族の前、妹の手の圧力で変形していく海星。

 

「あ、待ってアビヤド、パイラそっちに曲がる様に出来てない、ないのおぉ」

 

奇獣神が響かせる姉に救けを求める文言は、やがて悲鳴へと変わり、

ひとしきりの後に板上で煙を吹く海星の横で薄荷茶を嗜むアルフライラ。

 

「え、ええと、本当にその方がキットゥ・アスワド様なのですか」

 

長毛のサヤラーンの疑問に、長女神は遠い目をして肯定する。

 

「まあ成れの果て、的な」

 

創世神の託宣に、獣人たちが大きく騒めいた。

 

「し、しかし、そのお姿は一体」

「ああ、ナハースが獣神としての姿を完全に破壊したからね」

 

奇獣神としての側面で生き延びたみたいとか、適当な事を言う。

 

「では、やはりラマディ様は」

「まあ残念だけど」

 

察する物があり、意気消沈する犬狼族にどうにもな言葉を掛ける長女神。

 

「しかしまあ、海星姿とは言え生きていてくださっただけで何よりです」

 

気を取り直して寿ぎを述べたルンの支族の長である犬狼の前で、

普通に死んでたから蘇生かなと言いながら、海星が板の上に座り直し。

 

「いや、外見だけなら普通に獣神の姿にも成れるのだが」

 

その場に居たのは、癖の無い黒髪を肩口に切りそろえた猫耳の美青年。

 

実の所、奇獣神パイラは長期の魂魄情報化を経てから復活しているので、

もはやその肉体は大神と言うよりも、精霊に近い存在と変化していた。

 

物質化している情報生命体。

 

なので外観の変更に関する自由度は、生物に比べ極めて高い(なま)物である。

 

そして集まっていた獣人たちが悉く石化し、その中で家猫族だけが動いた。

次から次へとわらわらと集まり、その顔面を黒き獣神に叩き込み続ける。

 

「のぐふぉッ、何、何事なのかッ」

 

筋肉の塊の猛獣たちに因る全身全霊の親愛行動の打撲音が響き続け、

たこ殴りの様相を見せる中で、パイラことアスワドは気が付いた。

 

獣人たち、特に大型猫科の獣人たちの視線が自分の耳に向いている事を。

 

何となく無言のまま、猫頭顔面打撃の音だけが木霊する時間。

 

時間経過と共に増していく謎の圧力の中、獣神は自分の耳を揉んだ。

先の尖った猫耳から、丸みの在る大型猫科の耳へと変形させる。

 

「おのれなはーすぅ」

「おおおおお、まさに黒虎の大神でございますッ」

 

そっと全てを末妹の責任に棒読み転嫁しつつ、長き歴史の流れの中で、

勝手に虎に改変されていた黒猫獣神は空気を読んだ対応を果たした。

 

「のうアルよ、黒虎の大神とはもしかして」

「かこよりもみらいにめをむけて、いまをいきよー」

 

気付いてはいけない歴史の真実に気付いたハジャルの疑問を受け、

目を逸らし棒読みの声色で全てを歴史の闇に押しやる創世の女神。

 

「い、今の僕は奇獣神パイラ、それ以上でも以下でも無いよ」

 

猫にびしばしと叩かれながら疲れ果てた様相で板へと戻り、

もうパイラに戻って良いですかねと姉に伺えば、まだ駄目と却下される。

 

何でと嘆く弟に、軽く方角を指し示す長女が居た。

 

示された板から少し離れた場所に、涙目のまま上目遣いに睨む白き獣神。

 

「えー、あー」

 

気が付いた兄が何かを言おうと考えるも、何か言葉に変わる事も無く、

話すべき事も大量に在るはずなのに、不思議と互いに何も出て来ない。

 

とりあえずとアスワドは両手を広げ、アビヤドは飛び込んだ。

 

しがみ付き胸に顔を埋める妹の頭を、優しく撫でる兄。

 

そして、万感の獣人たち、その誰もが静かに、微笑ましく見守る中、

ぼきりと、シンプルにキットゥ・アスワドの背骨がへし折れる音が響く。

 

後に、芸術を識らなければ致命傷であったとパイラが語った。

 

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