砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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The denouement

 

舞い踊る砂塵が地平を隠す。

 

炙られた風は砂丘に風紋を描き、旅人に熱砂を吹き付けて、

雲は遠くごぼごぼと泡立って重なり、朧な地平に押詰っていた。

 

知らず観る者に、海の在るのはその雲の方だろうかと浮かべば、

意地拗た憧れが又一寸、擡頭する真似をするが如き砂の晩夏。

 

【挿絵表示】

 

陽除けの刻限も過ぎようかと言う頃合い、斜に傾いた陽射しが

隊商宿場イルドラードの日干し煉瓦を黄金に染めた。

 

「アルちゃん様の帰還ー」

 

酒場に乱入したアルフライラの顔面は、即座に店主の掌に握られる。

片手で板上にぷらんと吊るされた少女は、何故にと疑問を述べれば。

 

「何度だろうか、俺、言ったよな」

「なんのことかしらん」

 

後ろに居る人間大の海星は奇獣神ですよんと、創世の女神が騙るも。

 

「僕はキットゥ・アスワド、姉と妹がいつもお世話になっています」

 

いつの間にか海星は黒髪の青年の姿に変わっており。

 

店主は、深く頷いた。

 

「これ以上帝国に大神を持ち込むなってええええぇぇッ」

「ぐげょえぁあああぁぁぁぁッッッ」

 

かくして空気の読める元獣神の発言に因り、邪神は三度討滅された。

ナハースが真っ先に確保するべきは、この店主であったのかもしれない。

 

とりあえずアスワドはパイラに戻り吊るされた。

 

いつぞや邪神が吊るされていた梁に荒縄で、絞る様に縛られて、

ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよんと揺れている赤い海星。

 

「そう言や、タサウブたちは一緒じゃ無かったのか」

 

そんな邪教の祭祀をスルーして、麦酒を出しながら店主が問い掛けた。

氷を生成しながら受け取ったアルフライラは、悲し気な瞳で応える。

 

「タサウブは犠牲になったのだー」

「獣神から逃げ出すための贄にのう」

 

開拓者勢の内、タサウブ組はアルフライラたちから遅れる事になった。

 

追撃の姉折り獣神キッタ・アビヤド撃退計画の要として、

吟遊詩神ジャマール・シャムスを弾丸として使用したためである。

 

そして娘を見捨ててきた邪神の頭を、父親が握り掴みギリギリと搾り、

生きてるから、生きてるからと必死に腕をタップする創世の女神。

 

再度板上に煙を吹く少女を放置して、店主は軽くぼやいた。

 

「相互扶助の連中もまだ帰ってこねえんだよなあ」

「戦場からの帰り際に、男狩りをしてくると言っておったのう」

 

首尾良く捕まえたら戻らない、とか言っておったとハジャルが告げ。

 

「各部門の頭と党首は、そのうち帰ってくるんじゃないかな」

「アルちゃん、真実は時として人を傷付けるのよ」

 

とても正直な神の言葉を人が窘める。

 

変わりゆく世界の中で、何某かは持ち堪える事も在る。

だがそれもやがて、塵の如く時の流れの中に消えていく。

 

面々が座る席に置かれた皿に、店主が鍋から赤い汁物を注いだ。

 

「いや待てただの蕃椒煮込み肉(チリコンカン)だ、豚の血じゃねえ」

 

どこかの国境兵の糧食を連想する色に、一同が無言で距離をとれば、

何を想像したかと認識した店主が、慌てて言い募る。

 

「凄まじく紛らわしい外観」

「豆も野菜も無い、沈んでおるのは肉の塊だけじゃな」

 

言いながら麦酒片手に神と人が匙で掬えば、柔らかく煮込まれた牛肉から

これでもかとばかりの、ヤケっぱちの様な香辛料の刺激。

 

「森人風だ、豆も野菜も入れず蕃椒だけで肉を煮込む」

 

香草や香辛料で味を整えるがなと、調理人からの簡単な説明が在った。

 

「さては娘やお友達と共通の話題が欲しかったのかな」

「アルちゃん、気付いても黙ってあげるのが人の優しさなのよ」

 

「やかましいわこの人型破壊兵器ども」

 

ともあれ本日もイルドラードは普段通りであり。

 

やがて日が暮れれば麦酒を頼む開拓者たちで溢れ、

酔い潰れては広場に捨てられ、そっと少女が水を飲ませて回った。

 

気が付けば帰っていた女性相互扶助の者たちも混ざっている。

 

交易の季節にはまだ少し早いが、それでも商人なども幾らか姿を見せ。

続々と月の砂漠を越えて宿場まで辿り着き、酷使した駱駝を休ませた。

 

その頃にはアルフライラも自室へと帰還を果たし。

 

窓を開ける。

 

【挿絵表示】

 

夜と、空。

 

高きより風の只中に、想い出の破片の翻転するを見て。

 

広場には酔い潰れ転がる開拓者、休む前に水を呑む駱駝。

中には涼し気な夜の内、星月の下に旅立つ者も居る。

 

「出で発たん夏の夜は、身も世も軽くか」

 

季節は流れて城塞は見えて、無疵な魂など何処に在ろう。

 

それでも誰しも、今日を生きている。

 

人が人として生きる、人の為の世界に。

ようやくに帰り着いた魂は、短く告げた。

 

「おやすみなさい」

 

神はもう夢を見ない。

 

 

仰ざまに眼を瞑り、白き雲、汝が胸の上を流れも行けば、

果ても無き平和の、汝が物と成るにあらずや。

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