砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-14 銅貨と尊厳

 

中天の陽も傾けば、熱砂も幾らかは人の世に戻ってくる。

 

大部屋から抜け出し排水路で水を浴びる者、出立のために荷物を積む者、

そして酒場に訪れ幾らかの食事を頼む者と、様々な人影が見える様に成る。

 

そんな僅かに騒がしい夕の刻限に、少女は静かに遠くを見つめていた。

 

板の上に足を投げ出し、何をするでも無い。

 

その様を見ていた剣士が何事かを口にしようとし、上手く言葉に成らず、

幾度か繰り返した後、頭を掻き毟ってはすがる様な視線を相方に送った。

 

苦笑した博士は、少し考える様相を見せてから口を開く。

 

「のう、アルよ」

 

何かなと振り向く瞳には、普段の力が無い。

有様に眩暈を覚えた博士は、軽く眉間を揉んでから言葉を続けた。

 

「何を悩んでおる」

 

言われ考える少女は、やがて肩を落とし取り留めの無い回答をする。

 

「どうにもならない」

「どうにもならぬ、か」

 

暫くの無言が訪れ、静寂に押される様な言葉の連なりが零れる。

 

「神話には、全ての獣神が災厄に毒を盛られ狂わされたとある」

 

故に二神は自らの死を選んだと。

 

「理屈は理解できる、動植物の調整に接続されていた獣の神は

 非常事態のため『ネットワーク』に代替機能を設定していたから」

 

狂えば世界を乱し、消去すれば活動は正常に保たれる。

 

理解されようとする意志の無い、ただ思い浮かんだ内容を垂れ流すだけの

洗練されない言葉の連なりはなおも続き。

 

「肉体的な物なら差し替えられるから、それが魔素の『ネットワーク』に

 対する『ウイルス』的なものかと ――」

 

やがて何を言っているのかとの表情で言葉が止まり、思いが漏れた。

 

「考えが纏まらない」

 

俯く少女に、ひとつづつ考えていくのじゃと聞き手が促す。

 

「何を悔やんでおる」

「弟を、死なせるために付けた機能じゃ無かった」

 

いつか生きる事に飽いた日のためだったと、誰にも理解できない言葉。

 

「何をやりたい」

「妹を解放したい」

 

けどどうにもならないと、はじまりの言葉に戻る。

それを受けて、まあ意味の半分もわからなかったがと置き。

 

「本当に、どうにもならぬのか」

 

問い掛けに、神がはじめて顔を上げる。

 

「この場の全員を使っても、まだ足りぬか」

 

気が付けば二人は酒場の視線を集め、少女の顔に困惑が滲む。

 

「開拓者は余力の許す範囲で援け合う、まあそうじゃな」

 

お道化た気配の軽い言葉に、酒場の開拓者たちから苦笑が漏れた。

 

女性相互扶助の面々が杯を上げる、裂傷を治療された新人が頷く。

獣人たちが姿勢を正し、故郷の村の水利を正された面々が頬を掻く。

泥酔を介抱された傭兵上りが顔を覆い、普段の面々が目を逸らす。

 

まず数えろと、お主がこの短い期間にどれだけを援けてきたのかと。

 

「援け合うと言うのなら、お主も援けられる覚悟をせよ」

 

想定の外の言葉に目を丸くする古代人に、改めて聞こうと言葉が在る。

 

「本当に、どうにもならぬのか」

 

言われ、天井に視線を逸らした少女は、そっかーと何度か零し、

軽く髪を掻き毟ってから正面を向き、望みを口にした。

 

「カイナン・カミンを破壊したい」

「いきなり前言撤回したくなる難度が来たのお」

 

引きつり気味の博士が、問いを続ける。

 

「出来る算段が在るのか」

「私の代わりに戦ってくれる人が要る」

 

一言に、酒場の視線が全て剣士に向かった。

 

「やればいいんだろう、やればッ」

 

熊がヤケッパチの様に叫べば、間髪入れずに少女が問い掛ける。

 

「剣士さんは3『分』、180数える間に獣を殴り殺せる?」

 

意味を取りかねて戸惑う熊に、さらに条件を追加する。

 

「痛みは無い、身体も壊れない、衝撃は在る」

「余裕だ」

 

ならいけると板娘が簡単に言い、改めて周囲に向き直る。

 

「周りの勢力が邪魔だ」

 

各国から始原の球体周辺に送られている勢力。

全てが砂漠に拠点を設置し、自国からの補給と増援を受け続けている。

 

「仕事先で、傭兵廻りの増援を止められるだけ止めておこう」

 

剣士の古巣の頭首が言葉を出せば、相互扶助の頭首が続けた。

 

「ウチから戦闘班を出すわ、頼り無いけど露払いぐらいにはなるわよ」

 

言葉に隊員が、予算大丈夫なんですかと笑いながら問い掛ければ、

年始にもウチの娘たちを丸洗いしてもらわないといけないのよと返す。

 

会計係が、特別予算を組む理由に充分ですねと太鼓判を押した。

 

「纏め役にも苦労してもらいましょうか」

 

姫が頷きながら言えば、違いないと酒場の面々が盛り上がる。

彼こそが現時点での、アルフライラの最大受益者であるのは間違い無い。

 

そこに、聞こえてるぞと奥から入って来た酒場の店主が、

各勢力を抑えるのは帝国の方針でもあると言葉を続けた。

 

「いつから聞いておったのじゃ」

「さてな」

 

本来なら中央からそれなりの軍団が来るはずだったが、諸要因で流れたと。

それでも無視はできないと、貧乏籤を引かせた一団が先程到着した。

 

「帝国からは準男爵の軍勢が入る」

 

大口依頼だ、砂先案内が要ると言えば、何人かが勢いよく立ち上がる。

 

「そして歌姫と有害な二人組と板、指名依頼だ」

 

幾つかの革袋に入れられた帝国銅貨が、カウンターの上で重い音を立てた。

ロハでやる事じゃないよなと、山賊が獰猛な笑顔で内容を語る。

 

―― 始原の球体周辺の調査、及び諸勢力への圧力

 

「デカい鉄屑を目の前でぶち壊してやれば、一発じゃねえの」

 

嗤いながら言った店主が、酒場の開拓者に向き直り口を開いた。

 

「この砂漠は、帝国が開拓する土地だ」

 

魔物を間引き、魔素を広げ、砂の土地をあるべき姿へと変えて行く。

本来の面積まで砂漠を削りきるがための、帝国南方開拓団。

 

「即ち、俺たちの土地だ」

 

そして、砂の際に住む全ての者たちの場所だと。

 

「紛れ込んだ余所者をぶちのめして追い出すぞッ」

 

咆哮は歓声を以て迎えられた。

 

 

 

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