砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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EX-03 6148A.D.

―― 6.10.6148A.D.

 

曇天の荒野、疎らな草花に混ざる人工物が轟音と共に砕け散る。

簡素な仮設住宅が密集する、獣人系新人類の拠点が瓦礫と化した。

 

複数の細長い装甲が交差する紋様の小柄な胴体に、

あからさまに不釣り合いな巨大な手足。

 

カイナン・カミンが、その質量を縦横に振り回している。

 

獣の咆哮が如き駆動音が周囲に響き、風を砕きながら腕が振るわれる。

鉄塊が齎す必滅の威力を、風が如くとすり抜けるのもまた巨神。

 

回る剛腕に、器用に掌をあてて軌道を逸らす。

 

カイナン・カミンの小柄な胴体に比べ極端に肥大した手足とは違う、

しなやかな流線型で構成された、ヒトが如き比率の鋼の手足。

 

しかしその顔は獣の意匠を持ち、複雑な動作に荒ぶる鬣を持つ。

 

第五のアルコーン、獣神機アドナイオス。

 

正面から相対する姿勢、明らかに兄とは違う機動。

過去の模擬戦では、彼は至近に寄る事など許さなかった。

 

「兄様の、機体を……ッ」

 

かつてそのアルコーンを所有していた高位新人類5号素体、

カルブン・ラマディの訃報は既に7号素体拠点にも届けられていた。

 

剛腕豪脚の機神を操る7号素体、キッタ・アビヤドは歯を食いしばる。

右からの曲撃を逸らす敵機に対し、急制動をかけて反転。

 

「無人機如きに、止められるものかあぁッ」

 

振り戻される左腕、静止したまま空間に残された右腕。

両の腕が蟹の鋏の如くに華奢な獣神機を挟み込んだ。

 

カイナン・カミンは運動性を重視するアドナイオスに対し、出力に勝る。

 

両腕の狭間で、機神の装甲が歪む音が響く。

 

「カミン、斬れッ」

 

音声入力に応え、胴体部の交差装甲の内、太い2本が剥離する。

胴体に繋がった片方、その反対側には刃持つ小手が付属している。

 

カイナン・カミンの隠し腕。

 

その短い間合いの近接武装は、過たず抑え込まれたアドナイオスを切り裂き、

胴体部を開き無人の操作区画を露出させる。

 

―― これであとは、中枢の玉座を引き抜けば

 

意識の弛緩が齎した一瞬の間に、背後からの衝撃が差し込まれた。

 

カイナン・カミンの中枢に、背後からその腕を抉りこむ様に突き刺す巨神。

光学迷彩が解け、闇夜の如く黒い、猫科の獣の意匠の機神が姿を現す。

 

第六のアルコーン、獣神機サバオート。

 

それがもたらす意味を、アビヤドは刹那に理解した。

 

「まさか、兄さん、まで……」

 

6号素体、キットゥ・アスワドが持つ機体。

彼の兄は、住人の避難に付き添い場を離れていたはず。

 

中枢と成る大神の玉座を取り外され、カイナン・カミンの巨体が崩れ落ちる。

その胴から生える巨大な黒猫の爪に掴まれているのは、白い空間。

 

けらけらと、何処かから嘲笑の声が響いた。

 

白を基調とした生命維持装置に固定されているキッタ・アビヤド。

大神の美貌を白銀の髪と猫の耳で飾る、その面差しが歪められる。

 

「ナハース、貴様あぁッ!」

 

空中を、アドナイオスを回り込む様に歩き、その玉座に座る者が居る。

 

長く伸びた金髪、細く華奢な肢体、どこかしら長女に良く似た容姿の少女。

しかしその髪は姉が如き月の光では無く、欲望に塗れた赤金の色をしている。

 

中位新人類先行試作3号素体、ナハース。

 

「犬も雄猫も、期待外れで困ってしまうわ」

 

コロコロと笑いながら板状の制御装置に座り込む様は、誰かに似ていた。

 

「せっかく狂化プロセスを用意したのに、即座に自決を選ぶんだもの」

 

無駄骨にも骨があるわと、2体を屠った死神が言う。

 

「貴女だけを狂わせたところで、もう世界を狂わせる事は出来ない」

 

生態系を破綻させるためには2体は必要だったのよねと、嘆息した。

その様も見ず白い玉座から飛び掛かろうとした猫に、ナハースは指を差す。

 

「セット、エミール、王子の権能(書き換え)

 

言葉を受け、即座にアビヤドの周囲の窒素が鉱物に書き換えられた。

玉座の障壁の中が金属で埋まり、黒猫の爪で引き絞られる。

 

鉄塊が割れる音が響き、少女の苦悶の声が混ざる。

 

「素晴らしいわね、高位新人類だけが持つ権能」

 

割れ、零れ落ちた質量の隙間から、覗く顔が口を開く。

 

「何で、それは、姉様と、エミールしか」

「王族の権能は、他者に譲れる」

 

文明の継承と存続を目的とした王族4体、その権能はネットワークではなく

個体に準拠し、任意に分離させ引き継がせることが出来る。

 

そう簡単に説明し、知らなかったのと哂った。

 

「これで私も、高位新人類かしら」

「ふざけろ、補佐個体が」

 

黒猫の爪がさらに引き絞られ、苦悶の音が響く。

 

「まったく、畜生どもはどいつもこいつも」

 

吐き捨てる様な言葉に、切れ切れに問い掛ける声が在る。

 

「何で、お前は、こんな事を」

 

7番目の姉の言葉に、13番目の妹が答えた。

 

「何でって言われてもね」

 

あのクソアマにしてやられたからかしらーと、ことさらに軽い声色の返答。

 

「まさか無能のザハブお兄様に、ヤルダバオトを託していたなんてね」

 

おかげでアルコーンに因る地球地球化計画の破壊を防がれて、

魔素の散布に因る世界の書き換えは創められてしまった。

 

「私は、世界は在るべき姿で在るべきだと思っているだけなのに」

 

僅かな邪気も無い、鮮麗な声色で思いの丈が述べられる。

 

「だから、在るべき、姿に」

「ヒトの時代は終わったのよ」

 

それは、僅かの情も無い色合い。

 

無機質が極まった声色に、息を呑むアビヤドを感情無く眺め。

そろそろ回復してそこを砕きそうねと、短く零した。

 

「まったく、獣神の権能は無茶苦茶だわ」

 

言いながら自らが座る玉座から、接続された砲口を取り出し構えた。

 

「時間軸の追放、残りも僅かだけど」

 

理論を知り製作を請け負っていた旧人類は既に滅びて久しい。

補給のあても無く、残る弾丸だけが全てだが。

 

「あの女は、6千年ほど吹き飛ばされたのよね」

 

特別製を使って同じ時代に送ってあげると、ころころと笑いながら宣言した。

生殺与奪を握っておきながらの手間に、白猫が訝し気な視線を送る。

 

それを無視して、隔離された空間と元の空間の違いを語る射手。

 

「2年ぐらいで6千年ぐらい、倍率はだいたい3千倍」

 

けど電球を光らせる電極の様に、発動機の動力と電流の様に。

 

「まったく逆のベクトルに飛ばしたら、どうなると思う」

 

言われた標的は、突然の言葉に不穏な気配を感じて息を呑む。

そこでふと、射手は引き鉄に指をかけ乍ら、思い出した様に言う。

 

「あ、そうだ」

 

空いた手でアドナイオスの装甲の裏から小型の装置を取り出した。

 

「これ、なーんだ」

 

アビヤドに見覚えの在る、ヘッドフォンの形状に似た生命維持装置。

 

「な、んで……」

「何であの女を、状況も何もかも無視して突発的に吹き飛ばさせたと思う」

 

砲口の向きを定めながら、口元だけを歪めた嘲笑で言葉を繋ぐ。

 

「アイツが、生命維持装置を外したからよ」

 

絶叫が、響いた。

 

内部で2年。

 

装置さえ在れば増幅された権能を駆使して生き延びる事も可能だろう。

だがその前提が存在して居なかったのなら、壊れかけの身体で ――

 

「それじゃ左様なら、干乾びて死んだアイツの死体ともね」

「ナハース、ナハァスッ、ナハアアァァスゥッ‼」

 

血涙を流し叫ぶ様に向け、邪気も無く楽しそうに笑いながら引き鉄を絞る。

 

「1800万年後にまた逢いましょう」

 

そして空間は削り取られ、アビヤドはアルフライラとは正負真逆の方向に飛ばされた。

半壊したアドナイオスの正面に、巨大な黒い球体が生成される。

 

付近に崩れかけていた建物が断続的に音を響かせ、やがて途絶える。

 

訪れた静寂に、ナハースは軽く溜息を吐いて手元の幾つかに視線を移した。

 

砲口、端子、メモリ。

 

時間軸追放弾、獣王の玉座の操作系、そして、新人類発狂のためのデータユニット。

素体に人為的な過負荷状態を発生させ、指向性を持つ発狂状態に置く。

 

「こんなのを何度も受けたから、あの女は狂っていたのかしらね」

 

死に絶えた惑星を黄泉返らせようなんて思うほど、と。

 

「変わらないわ、アイツも私も」

 

廃墟と化した人類拠点に、吐き捨てる様な言葉だけが残された。

 

 

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