獣人勢力拠点の朝は遅い。
と言うよりは、かなりあやふやである。
熱砂の昼にはまともに動く事など出来るはずも無く、活動は主に夜間と成る。
それも深夜に休む者、夜通し起きる者、昼は休む者、寝る者と様々であり、
とてもではないが規則正しいとは言い難い生活が蔓延する世界であった。
3人と板が拠点に辿り着いた後に近況を受け、考えた博士が提案する。
ひとまずの、見と。
時間経過でまだ各勢力は削れるだろうとの判断である。
なので微妙に手持無沙汰なアルフライラは、特に時間など細かく気にすることも無く、
朝方だなと思ったら水瓶の水を交換し、氷を放り込んでテントで休む日が続く。
巨大な水瓶はうっかり板上に生成し、成人3人がかりで必死に降ろした代物である。
水屋的には拠点を引き払ったら捨てて行けば良いと考えていたそうだが、
何故か先日、拠点に遠方の獣人組織から荷車が運び込まれた。
巨大水瓶は、後日に持ち帰り獣人集落にて神器なり何なりの扱いと成るらしい。
ともあれ水瓶に水を張っていれば、テントの隙間に在る布を張った出入り口に
昨今に知り合った壮健な美女、ローブの下には少々露出高めの姿が見えた。
銅の神国の勢力を纏める深い赤毛の神殿戦士、名はジャルニート。
「あ、すいませんアルフライラ様……」
物凄く申し訳なさそうな態度で、空の革袋を幾つか渡してくる。
「はいはい、水の補給ねー」
「有難いです、本当にもうウチも限界で」
何故か最近は補給も滞りがちでと弱り切った表情で零す女性に、
素知らぬ顔で大変だねーと受け答えをする諸悪の根源の一角。
この神、宿場を発つ前にさりげなく元傭兵団に捕獲された謳われ商人に対し、
よろしくねと笑顔で貯め込んだ有り金を全部渡し圧を掛けていた。
様々な勢力の思惑も絡みはするだろうが、何にせよ現在は副王都から交易都市、
砂漠の王都に至る帝国南部全域からの各勢力補給線、ほぼ全てが途絶えている。
「撤退とかは考えてないのかな」
「いや、ウチ的にはもう帰りたいんですけど、他勢力の様子見もありますし」
何をすると言う気も無いが、他勢力が何をやらかすかは見ておきたいと言う。
そのために残念ながら、限界までは滞在を粘る方向だと。
「とは言え結構、今では他勢力にも帰りたがっているのが多いみたいですね」
しかし戦力が足りないので攻め込めず、信仰が邪魔をして撤退も出来ずと
自縄自縛で身動きが取れなくなっているのが現状だろうと語る、ところで。
何か音が鳴る。
そっとアルフライラの視線がジャルニートの腹部に向かった。
「簡単なものだけど、食べていくかな」
「申し訳、ないです……」
物事に触れずに少女が朝食に誘えば、美女は小さく縮こまって話を受けた。
そのままテントの中央に誘い、生成した氷を放り込んだ器と酒の革袋を用意する。
作り置きの平焼きパンに、鍋の中の少ない水分で乾酪と煮込んだそら豆を挟み、
塩分と蛋白質を口に入れながら、外に住む者から譲り受けた乳酒で流し込んだ。
乳酒は、夏の風物詩と言われている。
駱駝、馬、山羊などの乳を発酵させた濁り酒で在り、意外とサッパリと呑める。
極めて栄養価が高く、食事の補助、もしくは食事の代わりとして重宝されている。
食欲の落ちる夏には食事をとらず、ひたすら乳酒を呑んで済ます者まで居るほどである。
携行食としてとても便利なので、補給路、もしくはたまに仕事帰りに拠点に寄る
外に住む者たちから毎度買い付けるなど、あの手この手で入手を図っていた。
「うう、身の内に染み込んでいくぅ……」
そんな呑む栄養点滴みたいな酒を、涙目で呑み干す妙齢の女戦士。
この人も平野では威風堂々とした立派な戦士なんだろうなあと思えば、
板神の薄い胸の中に僅かに在る良心の様なモノが疼いた気でもしたのか。
「限界そうな子が居たら、ここまで連れてきても良いよ」
水で良ければたらふく飲ませるからと、ノーコストな恩義のボッタクリ。
しかし言われた側は感涙に瞳を潤ませ、夜に連れてきますと嗚咽混じりの返答。
湿気た空気を纏いつつ平パンを片付けた神殿戦士は、一息をつき口を開いた。
「やっぱりアルフライラ様、ウチに来ません?」
「私は砂地の生き物だからー」
砂地の生き物が聞いたら嫌な顔をしそうな発言である。
そんな断りを半ば予想していたのか、誘った側は少しも残念な気配も見せず、
それでも念のためにと、待遇は優遇しますよと誘いの言葉をさらに重ねる。
銅の神国は雑多な種族の混成国家故に、小神も過ごし易い環境だと。
「ぶっちゃけザハブ様、可愛い娘の言う事なら何でも聞いちゃう感じですし」
「はっはっは、『あの野郎どうしてくれようか』」
思わず口から零れた姉の責任は、咄嗟に古代語に変換したため意味を取られず。
そんな小規模な食事会も終わる頃、外回りをしていた博士が戻ってきた。
「そろそろ減る人数も頭打ちの様じゃよ」
補給の途絶に対して、最近は各勢力も人員の削減などで対応していたが、
それもそろそろ限界で帰るに帰れない立場の者だけが残っている現状と。
「もう少し減りそうではあったのじゃが、天羽楼の連中が煽っておるからのう」
「ああ、ウチの方にもいろいろと言って来ていますよ」
例えばと、大神の命を果たせぬ不甲斐無い者は居ないだろうとか、
様々な褒め称える様な口振りで、逃げ場を塞ぐように誘導していると。
「ウチは普通に聞き流していますが、赤や黒の勢力あたりは刺さりまくっていますね」
「忠心篤いとも言えはするがのう」
しかし大神ザハブは臣下に親しまれていると言うべきか、むしろ扱いが雑。
「もしかして、狂信」
「言うな」
「口にしてはいけません」
などと様々、俄かに二つの勢力が互いの情報の交換に努めた。
「はてさて、何のためにそんな事をしているのやら」
「一人でも多く場に残し、カイナン・カミンに殺されて欲しいってとこかな」
「あー、急激に頭数が減り始めたからか、慌てて引き留めてるって感じでしたね」
自然と言葉が途切れ僅かな静寂が生まれ、短い黙考の数瞬が過ぎる。
「詰まる所そろそろ、何かやらかしそうじゃな」
ろくでもない仮定が導かれた所で、一旦に場はお開きと成った。
そして水を抱え帰っていく者、戻って来た者は陰に籠り灼熱をやり過ごし、
砂丘が陽を隠したあたりで銅の神国勢力から干乾びた集団が訪れる。
水屋が普通に水を出し、乾いた者の喉は潤され革袋が満たされた。
そして更に神は感涙に咽ぶ者たちを掻き分け、弱った者に乳酒を渡す。
幾度も、嗚咽と感謝の言葉が夜の砂漠に静かに響き続ける。
そんなすっかりと集団が調略されてしまった有様を見て、
神の奇跡の反則染みたえげつなさに、博士たちの頬が引き攣った。
ただそれだけの時間、しかして僅かの間。
突然に轟音が砂漠に響く。
「何事じゃッ」
音の方を見れば砂丘の向こうに、白く膨らんだ大きな煙が見えた。
低圧力波が凝結させた水蒸気の、光輪が如き凝結雲を纏う。
そして僅かの間もなく響き渡る機械の音。
機神の咆哮。
急ぎ砂丘に砂を蹴立てて昇り、様子を窺った者たちが見た物は、
削り取られ砂の下の大地が見えている砂漠の大穴と、荒れ狂う巨神。
「様子を窺いながら距離を取るべきじゃな」
博士が言えば、それを聞いたカフラマーンが全体に指示を出す。
「テントは置いておけ、旅路の荷物のみを積み出立、出来る限り距離を取るッ」
俄かに動き出す集団と、さらにと足を進め銅の者たちの場に至る獣の牙。
「一旦避難し、それから銅の神国の者たちとの合流を目指す、故に同行を願いたい」
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします」
始原の球体の付近に陣を張る獣人勢力とは違い、銅の神国は
ある程度の距離を取り、全体を俯瞰する方針の位置取りをしていた。
かくしてかの如くに集団を纏め、可能な限り速やかにテントを後にする。
「人と言うよりは神の御業の規模だが、何があったのだろうな」
「高位の神などアル以外に居らんかったし、まず古代兵器じゃろうな」
歩みながら先頭の剣士と博士が所見を交え、集団がそれに続く。
闇が世界を覆う深夜に至る頃、ようやくに拠点に辿り着き、誰しもが息を吐いた。
未だ轟音の遠く響く中、闇色の砂が砂丘に踊っていた。