球体の消滅と、荒れ狂う巨神。
始原の球体が存在していた場所は硝子化し砕け、石と化して散乱していたと。
そんな報告を受けたのは翌日の深夜、臨時に作られた各勢力の会合の場であった。
宵闇色の砂の上には、銅、赤、青、緑、黒、天羽楼、そして獣人勢力。
それぞれに何名かが出席し、獣人勢力の後ろにのみ開拓者たちが居る。
互いの関係性を語るかの如く、微妙な距離を空け対話が続いている。
「ああ、銅の神国が在るせいで天羽楼は銅を名乗らないのか」
「うむり、かつて聖女を取り返そうとしてヤルダバオトに散々な目に合わされてのう」
いつもの板と3人も、獣人の背後で気配を消しながら乾酪茶を啜っていた。
そんな我関せずな態度の雑談の間も、話し合いは進んでいく。
「かの黄金の王の雲耀の前には、いかなるアルコーンも太刀打ちできんでな」
「『……フラッシュドライブを積んだのはやりすぎだったか』」
会話の中で頭を抱えて古代語を漏らす神と、いつもの事と流す面々。
いつも通り過ぎる流れに、不安を覚えた剣士が問えば姫が答えた。
「しかし、話に参加しなくていいのか」
「まあ、後はもう見届けるだけみたいなものだしね」
補給線は断ち、援軍は国軍が散々に蹴散らしたと聞く。
もはや残るはこの場に在る勢力のみであり、物資も枯渇寸前である。
ならば撤退を、と言う流れにしては少しばかり剣呑であった。
原因は主に天羽楼と、赤の女神の勢力に在る。
天羽楼側は疑惑の視線を物ともせず、言いたいだけを言い、煽るだけ煽り、
外交官1人を残してさっさと会合の場から退散してしまった。
彼らの言を信じるのならば、これから撤退を試みるのだろう。
聞き流し、さりげなく分けられた乾酪茶を啜りながら銅のジャルニートが訪ねれば、
赤の勢力、才気煥発な気配の在る若者は絞り出すような声色で宣言する。
「大神のお言葉は、全てに優先する」
よもや大神の意志をと、さきほどまでに語られていた言葉は各勢力に刺さっていた。
スルーできるのは既に主亡き獣人と、扱いが雑な銅ぐらいである。
帰りてえ、そんな気配を多分に滲ませた幾つもの集団が苦々しい表情で語る。
カイナン・カミンの破壊を確認せねば帰れないと。
矢は尽き、刀の突き立てられぬ鋼の暴風に、
せめて立ち向かい散り果てねば申し訳が立たぬと。
「どう聞いても集団自殺じゃのう」
過ごし易い気温の闇の中で、茶を口に含んでいた博士が所感を零す。
そして、ここで彼らを見捨てればまあ予定通りじゃなと、板神に水を向けた。
さて神は情に折れるか、利を選ぶかと僅かに興味を持って為された質問に、
月光の女神はどちらでもなく理を示した、身も蓋も無く。
「ぶっちゃけ邪魔」
カイナン・カミンが丁寧に襲撃者を皆殺しにしてくれるのならば問題は無いが、
事が終わった瞬間に身近に生き残りが居られては何をされるかわからないと。
「神っぽい発言じゃのう」
なので全員帰って欲しいけどと、首を捻る少女が居た。
獣の後ろに在る柄の悪い集団の、襲うか、蹴散らすかと不穏な相談が小声で為される中、
ヒトなのだから対話から入るべきだと思うのーと、無駄に綺麗事を口にした諸悪の根源。
「とりあえず、頼んでみよ」
そう言って少女は板からすらりと一振りの太刀を引き抜き、砂の上に降りた。
獣人勢力の後ろから、素足で砂を踏みしめる音が響き、僅かに前に出て止まる。
集まる視線の先に、月の光が如き髪と、それを受ける砂の如くに白い肌の少女。
空気が、変わる。
接続された世界がこの場をアルフライラの所有と認め、存在に圧をかける。
場に在る誰もが呼吸すらも忘れ、息を呑み見つめ続ける。
そして彼女は目の前の砂に太刀の鞘を音を立てて突き立てると、口を開いた。
「キミら、邪魔だから帰って」
コミュニケーション能力ーッと、何か懐かしさを覚える叫びが少女の背後から響いた。
おそらくはルンの支族あたりに何かしら言い伝えられていたのだろう。
突然の乱入神に、会談のどうしようもない方向性の意思を率いていた赤の若者が、
無礼か同情かと訝しむ表情を一瞬見せ、疲れた声色で優しく返答した。
「神族の様だが、残念だが我らは大神の言葉しか聞けぬ」
「ならば、大神を名乗ろう」
間を置かずの返答に、場の空気が凍った。
「はぁ?」
大言かつ聞き流せぬ不敬に、空気から僅かの情も消え殺意の色が滲む。
「守るべき土地も、付き従う民も持たぬ身の上だが」
聞けぬとあれば仕方ないと、僅かの空気も読まず言葉を積み重ねる自称大神。
「即座に撤回するのならば、聞かなかった事にしてやる」
「そも、大神と神を分けるのは何ぞ」
剣呑な声色の言葉にも滲む人の良さに、苦笑した神は聞かず言葉を続けた。
少し惑い、13柱の神話と呆れ混じりの声で語る若者に、少女神は言う。
「それはキミが、判断するべき事なのか」
そして困惑の場は思い至る。
―― ああ、この神は、我らを生かして帰すために敢えて犠牲に成ろうとしているのだ
その言に、場に在る勢力が息を呑んだ。
見も知らぬ者たちを生かして帰すがために大神を騙る、だがしかし、
のこのこと帰りその報告を主へと上げたら、この少女の立場はどうなるのか。
ああ、しかし、しかしだ、我らに何ができると言うのか。
示された思いに知らず俯かされ、湿気の混じる声で絞り出す様に若者が言う。
「後悔する、ぞ」
「さてな」
気負わぬ気軽な返答に、幾人かが顔を覆い俯いた。
何故と、どうしてそこまでと問う事も無く、神も何ら語る事は無い。
関わり無い場所から示された無償の慈悲が、神国の民の胸を強く打つ。
嗚咽すら聞こえる会合の場に、神は優しく微笑みを浮かべて託宣を述べた。
「疾く帰り、それぞれの主に伺いを立ててくるが良い」
その様は凛として清冽。
「この砂の上に、偽りの大神アルフライラが在ると」
ちなみに開拓者たちと獣人は、詐欺師を見る目でアルフライラを見ていた。