月下に轟音が響き砂塵が舞う。
舞い上がる砂が月光を隠し、紅と獣の姿を夜の闇に沈めた。
砂の爆ぜる音、鋼の軋む音、そして連続する打撃音。
ただひたすらに、響き続ける。
喰らいつく獣、躱す巨神、撃ち込まれる拳。
紅の巨神の内部、装甲に守られた空間の漆黒で数多の立体映像に囲まれ、
中空に浮かびその挙動を操作していた剣士、サフラは嫌な流れを感じていた。
宙を踏みしめる違和感を覚えたのも数秒、即座に獣神への打撃を敢行。
左の拳を身の内より外に振る様に、そして踏み込みは右前方。
相対するカイナン・カミンの視界から見れば、打撃の拳は正面からの正拳に見える。
その軌道を辿り、その先に在る身体に食らいつこうとしても、其処には何も無い。
ただ痛烈な打撃のみが残された。
攻撃と身体移動のベクトルの噛み合わない戦闘法、大剣使いの基本である。
攻撃は筋力に、威力は武器に依存し、動作の全ては回避に使われる。
陣形戦の最前列、一般に死亡率が5割を越えるとまで言われる大剣使いが、
五体満足で足を洗うまで生き延びるために身に付けた、回避最重視の戦術。
これが本能のままに荒れ狂う獣に、丁度良くハマる。
戦術が嚙み合っている、否 ―― 噛み合い過ぎている。
ひたすらに避け、殴る、避け、殴る、避け、殴る、避け、砕く。
一方的な惨状と化した戦局は、それだけをみれば勝敗が決した様に見るだろう。
しかしそこには、時間制限がある。
180を数えるまで、アルフライラが巨神を顕現させていられる時間。
機能や術式には何の問題も無い、ただ負荷に耐える生命力が無い。
単純にして致命的な問題である。
「仕方ないか」
このままでは間に合いそうに無い。
背後に耐える少女は、機神は極めて丈夫だと語っていた。
信じられるか、信じよう、何も考えずに全肯定、迷えばその隙に死神が宿る。
拳激の僅かな間に深く息を吸い、止める。
サフラは、覚悟を決めた。
―― 45秒経過
正面からカイナン・カミンを受け止めた紅玉のアイオーンは、
噛みつかれるままにそれを放置して、ひたすらに獣を殴り続けた。
「もげろっぱああぁぁ……」
装甲に掛かる負担はそれを維持するアルフライラの生命力を刻一刻と削り続け、
蠕動する胃壁が食道を逆流させ神の威厳が口からエチケットダクトに降臨する。
板から生えたエチケットダクトは即座に内容物を情報分解して消去するので、
消臭機能も完備されており、何と言うべきかいろいろと安心な仕様であった。
酸欠気味の何か少し漏れていそうな表情の少女は、負荷に耐えながら思う。
やらかした、と。
アルコーンなどと言う自分の居なくなった後に作られた模造品の事などは知らないが、
巷にアイオーンと呼ばれる、夢と浪漫とブラック労働中の癒しな産物には心当たりがある。
60世紀の超科学で巨大ロボットを再現、心当たりしか無い。
そしてこの時に、二つの方向性があった。
作品設定を重視して実現可能な方向に落とし込むか、
あるいはビジュアル重視で原作再現を試みるか。
アルフライラは後者を選ぶ性格である。
粒子だ重力線だと設定に沿って作り上げるよりも、兵器から音を立てて
怪しい光線がウニョンと伸びて、格好良いポーズをとったら相手が爆散。
そんな非科学的な浪漫溢れるビジュアルを愛する嗜好であった。
この明らかに無理の在る光景を再現するために、近くに居た暇そうなマッドを巻き込み、
任意のタイミングで対象を確定で爆発四散させるためにはどうしたら良いかと考えた。
そして、指定座標に反物質を生成し対消滅させると言う力技で全て解決する。
馬鹿に超科学を渡した結果がコレである。
要は、紅玉と呼ばれている巨神に搭載されている兵装は基本的に破壊力過多である。
放たれたが最後、問答無用でカイナン・カミンを木っ端微塵に爆散させてしまう。
中にいるキッタ・アビヤドは、挽き肉より酷い事程度で済めば御の字だろう。
十中八九、塵すら残らない。
少し考えればわかりそうな事ではあったが、意外と直面しないと気が付かない物でもある。
「のげろっぱぁー」
体内から排除する物質を失い、乙女の尊厳の大部分を胃液が占める様な有様で、
反物質関連をオミットして使えそうな兵装、必殺技を何とか吐きながら生成する。
見れば紅玉はカイナン・カミンの頭を抱え込み、執拗に拳を振るい叩きつけている。
絡む獣神の巨大な双腕が紅の巨神を締め付けるも、その身は微塵も揺るぎもしない。
締め上げられたアルフライラの胃袋は致命傷であったが。
「うけふッ、うけふッ、けぽ、うけふッ」
もう吐く物も無く、それでも吐瀉の動作を望む肉体が空気を吐かせ、
たまに新しく分泌した胃液が混ざり、食道から口までを強酸で灼きあげる。
素直に痛い。
何かもう、キッタ・アビヤドを塵も残さず消し飛ばして良いんじゃないかと思うぐらい。
そろそろ命キケンな領域に両足を突っ込んでいる実感が在った。
―― 90秒経過
背後から響く何か断末魔の様な響きも、まあいつもの事とサフラは無視する。
板に乗っていれば大丈夫だろ、そんな認識である。
抱え込まれた形のカイナン・カミンは、何とか抜け出そうともがき続けるも、
紅の腕でがっちりと抱きかかえ重心を合わせている以上、剥がされる事は無い。
そしてようやくに装甲が砕け、空いた腕が内部に差し込める様になった頃。
あとは引き千切るだけと考えるアイオーンを、突き飛ばす腕が在った。
カイナン・カミンの胴体部から生えた隠し腕。
だけでなく、脚も在る。
何事かと見る一瞬に、組み付いた上半身を残し下半身が分離して距離を取った。
「何だありゃあッ」
「て、手長足長ッ」
巨大な腕と小さい足、細い腕に巨大な足。
「あ、そうか、カイナンとカミンなわけね、うげふ」
バランスを崩し、たたらを踏むアイオーンに、剛腕でしがみ付く上半身。
「足側、顔が動いたッ」
「畜生、本体は下半身かッ」
揺れる視界の中、少女が観察結果を剣士に告げる。
「下半身頭部のあたりが操縦席っぽいッ」
「つか上半身邪魔過ぎる、何とか出来ないかッ」
締め上げ、組み付かれていたカイナン・カミンの上半身。
必殺のための位置が今ではただの重りと化して邪魔と成っていた。
引きはがす、時間が無い。
「兵装起動、『回転すれば何とかなる』」
言葉が響くや否や、視界が高速で輪転する。
紅の巨神が、物理法則何それ美味しいのと言わんばかりに
直立姿勢のまま空中で縦方向に高速回転を果たしていた。
サフラは遠心力で吹き飛ばされた推定カイナンを視界の端に認め、
ようやくに停止した後、中空に両足を踏みしめ息を整えた。
背中側から聞こえていた断末魔の悲鳴は無視である。
―― 135秒経過
「超高速で、動く、腕伸ばす、引っ掛ける、千切れる、相手の位置、低い駄目」
終には限界の向こう側に至り、白い肌をさらに白くして
終焉直前の穏やかな世界に在る少女が、小刻みな単語で意思を伝える。
「何だろうな、何でか死にそうな割には元気だよな」
「今にも死にそうなのに、誰よりも長生きしそうとはよく言われたー」
何故か言葉もはっきりとしてくる、つまりは蝋燭の最後の輝き状態である。
「要は、下半身側の位置が低いから高くしろと」
操手の言葉に返答は無く、アルカイックスマイルで涅槃を見る女神。
あ、これガチでヤバイやつだ、そう思い至り剣士の頬が引き攣った。
改めて前方に意識を集中し、標的との位置を測る。
「向かってきてくれるのは、有難い話だ」
狂える2匹の獣は腕と足で、砂を抉るかのように噴煙を上げ蹴立ててくる。
サフラの意識が下半身側の獣に集中されていく。
もう時間も無い、と言うか限界を軽く超過している気配が酷い。
音が消える。
上半身に飛びつかれ、紅の巨体が揺れる。
色が消える。
ゆっくりと落ちる砂の向こう、コマ送りの様に近付く下半身。
時が止まる。
獣の挙動の僅かの隙に、下から掬い揚げるように足を差し込む。
色が戻る。
巨脚を持つ獣神が紅の巨神に蹴り上げられた。
―― 175秒
「兵装起動、『フラッシュドライブ』」
それは名称の形式も何もかもが違う、別の原典から流用している兵装。
原作再現のための見えない場所で使われた超技術の一角。
かのヤルダバオトにも搭載され、雲耀の名で呼ばれる神速の機動兵装、その初期型。
同一存在の対消滅を避けるため時間軸に沿い、位置座標の書き換えが行われ、
瞬間、相対していた紅の巨神は姿を消し、獣神機の背後に出現した。
即ち、空間転移。
そして前と後、二点の狭間の空間に「物質が移動した」と言う事象が発生する。
アイオーンに組み付いていた推定カイナンは、全身に事象を書き込まれ粉砕された。
そして下半身、恐らくはカミンであろう巨脚の機神は、
通過した事にされたアイオーンの腕に座標を抉られ、真っ二つに千切れ飛ぶ。
中空に飛んだ紅玉のアイオーンは砂埃を上げ着地し、その巨体を停止させた。
―― 180秒
砂煙が静まり夜の色が戻り、全ての巨神がもう動かない。