帰りてえ。
だって目の前に見える妹が、発光して荒ぶっているし。
月下に肩下程度に伸びた白銀の髪を振り乱す可愛らしい白猫娘。
未だ宵の砂漠では発光現象が良く見えるし、何かな、怪談かな。
6千年ぶりに再会したら、何かジャンル変わってたよこの娘。
オーラ的な物とか出してワクワクドッカンバトルの住人になってやがる。
ジタバタ暴れて周囲の砂丘とか機神の破片とかを吹き飛ばしてるし。
「帰りたーい……」
見なかった事にして帰ったら駄目かな、とても素直な気持ちでそう思った。
とは言え何処に帰るのか、強いて言えば宿場の2階か。
やったね、私にはまだ帰る場所が在るんだ、こんなに嬉しい事は無い。
カイナン・カミンは破壊したんだから後は獣の人にまかせて良いのでは。
まあ対話が成立するまでにどれだけの被害が出るかわからんけど。
駄目かな、駄目だよ、駄目かー。
自問自答、諦め全部で板から降りて砂の上に立つ。
何時の間に戻ってきやがった我が良心、たまに家出してやがるくせに。
視界には砂、そして砕け散ったカイナン・カミンと荒ぶる戦闘民族。
近くで様子見してる剣士さんを、軽く動作で押し留めて歩を進める。
ボロボロの肉体は、既に板に記録されている情報に差し替えて一応の全快状態。
けど何か薄くなった様な気がする、何かよくわからないけど何かが。
まあ多分、魂魄を構成している霊素の消費だろう、肉体を補修したところで
魂ぱうわぁ的なそれの補填は成されない、魔素で多少代用できる分は前よりマシだが。
何であの娘、腕の一振りで砂丘を吹き飛ばしたり出来るんだろ。
生態系リンクの高位新人類、獣の大神の個体としての戦闘力は極限まで高い。
肉体の可能性を限界まで突き詰めた高位新人類素体に、世界が全力でバフをかける。
たぶん我が妹は、地上最強の生物だ。
逃げたい。
まあ断片的な情報ではあるが、状況は何となく把握はしている。
要するに球体の中では、とんでもない時間が過ぎ去っていたと。
兵器局の時間軸大好き研究員あたりが、ろくでもない作品でも作っていたか。
ロボ作成で一緒に、時間凍結式不壊装甲とか作って遊んでいた仲ではあるし、
まあ望んでやらかしたとは思いたくはない、私を吹き飛ばした件も込みで。
とは言えあの暇潰し爺、浪漫大好きだったからな。
作れたから作ってみた、を連発して悪用されまくった感じなのがすぐに目に浮かぶ。
そう言えばアルコーンに不壊装甲付いていなかったな、信じていたぞ心友。
いやー、何か砂が下の地面と一緒に抉れて吹っ飛んでいったー。
何であんなヒューマノイドタイフーンに近付いていってんだ私、馬鹿なの、死ぬの。
大神の玉座とか呼ばれてる、要するに私の板の複製品が要因だとは思うんだ。
生命維持権能強化情報保存、引きこもりに最適な幸せ万能空間のアレは、
まあ確かに何か凄く便利そうに纏まっていて、作りたくなる気持ちもわかる。
荒野でゆるキャン可能な自慢の装備は、どんな極限空間にも耐えてしまう。
とてつもなく長い時間、狂気すら風化する、自我も残るかどうか怪しいほどでも。
ならば精神が限界を迎える度に脳髄を保存した情報を元にリセットしてしまえば、
連結したシナプスも記録した情報時点にまで戻る、そうして記憶を消去し続ければ。
そんな感じで数え切れない回数の脳味噌リフレッシュとかやらかしていたんだろうな、と。
腕が吹き飛んでいった。
衝撃破飛ばしてくるなんて、漫画かよ。
おねーさまだから攻撃してこないかも、なんて考えはナイーブであったか。
いや直撃すれば私は挽き肉だし、腕一本なら何かギリギリ理性が残っているのかも。
痛みが信号と化して脳に至り、情報として記録される。
この有様だ。
出来るなんて記憶は無い、痛みや苦しみを知覚しながらも無視できる謎の技能。
幾度も繰り返される生体実験の果てに身に付き、記憶が消されても残ったそれ。
それはそれとして痛いんだけどね、泣きそうなほど。
この身をもって知っている、記憶を消したところで、何かが残ってしまう。
脳髄は確かに記憶や人格の大部分を占めるが、それだけが全てでは無い。
そもそもまっさらの素体に放り込まれた私が、何故に生前の記憶を持てているのかと。
だばだばと血が流れ、とりあえず太い血管を圧迫しながら前に進む。
キッタ・アビヤドは、永劫の時の中に囚われている。
正気には戻っているだろう、大神の玉座が肉体的には正常に戻し続けているから。
だから引き摺り下ろせばそれだけで大丈夫、では無かったなー、困った。
詰まる所は、恐怖。
カイナン・カミンの奥で、玉座から降りる事、記憶を重ねる事に怯え続けていた。
脳髄を何度も何度も何度も何度も元に戻し、記憶を消し続けても、まだ。
その身に恐怖は残り続け、蓄積されていった。
もはや目に映る光景の全てが、自らを苛む幻想の産物と見えているのだろう。
自分の知る影を視界に見つけ、それが自らの妄想が齎した幻覚だと識る。
そんな事を何度も繰り返した末が、狂乱のワクワクドッカンバトルかよおい。
詰まる所、寝惚けてやがんなコイツ。
しかし踏む砂は滅びた世界の残骸ではなく、今や光を受け生命を奪う熱砂だ。
呼吸する大気も、死の世界の残滓ではなく魔素が循環させた生命に満ちている、のかな。
あかん、砂漠だから何か凄く死の世界風味過ぎる。
まあ何だ、引きこもっていた玉座と言う名の布団は引っぺがした。
だからいつか、それこそ今まさに起きてもおかしくはない。
遠く、砂丘の先の空の色が変わっていた。
朝はもう、来ている。
肉が裂け、足が千切れ、それでもようやくに辿り着く。
残った片腕でしがみ付く、のは外聞が悪いから抱きしめると言い直そう。
駄目だな、血を流し過ぎた、どうやっても限界だわこれ。
見捨てるべきだったかなー、ここまでする義理なんてあったかなー。
想像の中の犬顔が無ーよと言って顔を覆う。
黒髪の猫耳が無いですと真顔で言って首を振る。
ああうん、だからやってしまうんだよ、そう言うとこだよキミら。
背筋を逸らして、狭まる視界の中で、あれ、何か目を見開いて止まってんぞコイツ。
いいや開拓者はー、たすけあいッ、後は剣士さんが私を板に放り込んでくれると信じて。
「目を覚ませボケ猫があぁッ!」
鼻面に叩きつけるような頭突き。
暗転する視界に、何か懐かしい声で名前を呼ばれた気がした。