―― 6.12.6081A.D.
生かさぬ大気に削られ生きれぬ岩肌が崩れ続ける、終わった世界。
塵芥の如くに大地にへばりつき残る施設は、人類最後の砦。
そしてのその中で、白い部屋の寝台に少女が身体を起こしていた。
目鼻立ちの整った彼女は、病衣の如き簡素な白い衣服を纏い、
薄く輝く金の髪は長く伸び、透ける様な白い肌へ掛かっている。
ただ中空を見つめ、呆けている気配。
「昨日」
力なく言葉が呟かれ、目の前で両手を握り、離し、自らの頬を撫でる。
「連続した、記憶が、残っている」
消されていない、そう口にして、困惑が見て取れる表情で固まった。
「起きたのか、65号素体」
部屋に入って来たのは、白衣白髪、白一色の老人。
彼は視線を向けた少女に、まず最初に伝える事をと口を開く。
「君の所属は、新人類開発局から環境再生局に移った」
新人類試作最終形千番台、その65号素体。
開発局の素材であった身分から、再生局の備品と成ったと。
言葉に首を捻る、この施設に余分な食い扶持を増やす余裕など在ったのかと。
脳髄に書き込まれていた最低限の知識からの疑問が出る。
「君の逃走を幇助した研究員、彼の持ち分が回される」
少女の昨日の記憶に在る、研究棟から彼女を連れ出した青年。
血溜まりに沈んだ彼は、最後に走ってくれとだけ言った。
環境再生局の敷地に向かって、文字通り血を吐きながら。
「名前すら、知らない」
「1年前からキミの面倒を見ていたそうだ」
言われた少女に表情は無く、ただ虚空のみを見つめている。
そして老人は僅かに言いよどみ、口を開いた。
「65号と呼ぶのもストレスに成るらしいな、生前の名で呼ぶとしよう」
その発言に合わせ中空に半透明の入力端末出現し、
そこから伸びた端子を老人は首の後ろに取り付ける。
やがて軽く頷いて、言葉を繋いだ。
「アルフライラか」
「そんな愉快な名前だった記憶は無いのだけど」
少女の頬が僅かに引き攣った。
「おかしいな、サルベージした西暦2千年の言語ではこう発音するはずだが」
「いや、響きからして生活地域があきらかに違う言語ぽい」
目の前で手を振りながらジト眼で言う素体に、首を捻る老人。
僅かの間の後、はたと気が付いたような風情で解答に辿り着いた。
「そう言えば、21世紀は言語が統一されていなかったのか」
突然に目の前に出現した21世紀世界地図画像の前で、
白衣がどのあたりかと聞き、少女が大陸の東の島国と答える。
問い手は答えを聞き、首の後ろの端末を抑えながら目を閉じた。
もぅマヂ無理 ( ∩'-'⊂ )パシュタ。 彼氏とゎかれた。
ちょぉ大好きだったのに、ゥチのことゎもぅどぉでもぃぃんだって。
どぉせゥチゎ湧きあがり、否定し、痺れ、瞬き、眠りを妨げる、爬行する鉄の王女
絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ
―― 破道の九十 黒棺
何か地図の上に重なって表示される。
「悪魔の言語か」
「母国語なんですけどー」
目を閉じたまま静かに所感を零す老人へ、少女は冷や汗を流しながらの苦しい抗弁。
「チャウ、いやシャーン・ヤーか」
「何かな、この地理的に惜しい所までは来ている感」
しばらくの対話と検索を繰り返し、終には頷いて白衣の検索者は宣言した。
「もうアルフライラで良いな」
「ぶん投げやがったこの爺」
さてと名前を決め、老人は寝台の横に椅子を生成し少女に問うた。
何か、聞きたい事などは無いかと。
「暇なの」
「暇だな」
棘の在る軽口に、真面目な声色で酷い返答。
環境の再生などと謳うもの、夢と希望がまだ存在して居たのは遥かに過去だと語る。
生まれた時点で絶望しか無く、継承した文明を抱えて無為に歳を重ねていく。
死の世界と化した惑星表層に、辛うじて残る塵の如き人類保管施設。
「もはや僅かな人員で世代を重ね、その度に擦り減っていく文明の残滓でしかない」
だからお前も暇に成るのだと、何か酷い結論を押し付ける人型残滓。
「なら何でわざわざ、私みたいなのを造るのかな」
「間に合わないと知っていても奇跡を信じて過去の課題を果たす、と言うか」
綺麗な言葉で飾ろうとして、何か意味が無いと諦めた様な表情。
「ぶっちゃけ、ただの暇潰しじゃないか」
「酷すぎる見解が来た」
選ばれた言葉は酷かった。
「わざわざ何でか知らないけど、21世紀の古代人を造るのが暇潰しって」
「ああ、それは単に魂魄改造の可能性が無い最後の時代だからだ」
少女が最後の世代と言われて首を捻れば、知識を書き込まれてないのかと問う老人。
問われた側は考え、脳内を検索し、コレかなと自信無げに口を開いた。
「21世紀後半、霊素の発見」
霊魂の、科学的解明。
機械と生物を分かつもの、生命と言う物質の加工が始まった時代。
その解答に白衣の老人は意を得たとばかりに頷いて、そこへ言葉を繋げた。
「まあ、当初は医療目的程度の魂魄改造ではあったが」
齎された成果は奇跡と呼ぶに相応しいだけの物。
そして数十年、生涯で数えれば長く、歴史で数えれば短い期間で
世界は霊素を、自らと周囲の恣意的な魂魄改造を受け入れた。
「ヒトのみならず動植物まで、全てが霊素の恩恵を享受した時代が訪れた」
人は風よりも早く走り、雲よりも高く飛び、手羽と脚のやたら多い鶏は卵を産み続け、
上質の肉を持つ牛は常時芳醇な乳を出し、山の如く肥大した豚が食肉と化す。
災害は迅速なまでに破壊され、自然環境は須らく人工の前に膝を折る。
農場は溢れんばかりの肥大した穀物と果実で埋まり、あらゆる人の不幸は駆逐された。
あくまでも公的な見解だがと断りが入り。
「夢と希望に溢れた新世界であったそうだ」
「悪夢かな」
何処がだと問い、ビジュアルが怖いよと語る古代人と、理解できない未来人。
「そしてまあ、そこから更に何十年、何百年と過ぎれば流石に気が付くわけだ」
災害と乳幼児死亡率の、異常な増加に。
「詰まる所、ひたすらに浪費した霊素は資源でしか無かったと言うわけだ」
「使い切ってしまったと」
「生死のサイクルを司り、惑星へと返し循環させるはずだった霊素」
人類はそれを堰き止め、ただ浪費し続けた、全ての動植物を使ってまで。
素晴らしき作物も素晴らしき生物も、それは全て世界に返すはずだった霊素を使い込み、
請求を踏み倒して作られた虚飾の産物でしか無く、やがてツケを払わされる時代が来る。
「単純な歴史的事実として、使い切るまで誰も浪費を止められなかった」
循環する霊素が無ければ、新しい個体に生命を宿す事は出来ない。
世界の循環を担う悉く、大気を構成していた悉くから新しいと言う存在が失われた。
かくして地球から生命は消え、僅かな残りでこうやって文明の残滓を保持している。
「そして惑星に年輪の様に積み重なった発散霊素の層をサルベージして、こうだな」
まだ魂魄の正常な時代の、世界の循環に沿う生命の鋳型を確保したと。
「年輪の様にって、それは霊素じゃないの」
「流石にそれに手を付けると惑星自体がな」
惑星霊は霊素を返す対象であって、削ってしまえばもう完全に終わると。
そして、やらかしかけた馬鹿は昔に居たそうだがと短く呟く。
「だからこう、施設で世代を重ねて少しづつ少しづつ循環霊素を増やしているわけだ」
「山脈の土をスプーンで掬って平地にするような話かな」
深海にはまだ生命が在るはずだから、頑張っているのは我々だけではないと返る。
「まあ結局は、太陽と惑星が世界を何億年かかけて再生するだろうが」
「人類文明の残滓は、時間に磨り潰されて消えていくと」
様々な文化が頭数と言う絶対の数字の前に既に絶え、これから更に消えていく。
だからこの施設に残った僅かな人類は、ただ生きて、死んで、失う事しか残されていない。
ほら、暇だろと老人が笑う。
「今更に再生した世界を生きる新人類、だけ作ってもな」
世界再生のための手順、かろうじて成果が在ったのはそこだけだったと語る。
世界を再生する手順なんて在ったのと少女が聞き、老人の疲れた声。
「駄目だったんだ、霊素の代替物質に成るはずだった人造霊素が」
環境再生のための最後の希望、様々を失いながらただこれだけはと臨んだ夢。
しかしどうやっても、様々な試行錯誤の末に、世界に戻らず霊素の循環に乗らなかった。
「人類最後の魔法、魔素と仮称されていたそれが唯一の希望であったのだが」
その話を聞き、何か理解できない表情で少女が一言を口にした。
「それのどこが、問題なのかな」
理解できなかったのかと、話し手は簡単な言葉に言い直す。
「世界に戻らないんだ、だから霊素の量を増やす事が出来ない」
「つまり、霊素が行う全ての工程を魔素で代用できるって事なんだよね」
空気が凍った。
「完璧、では、無かった」
「いや、こんな土壇場で何で完璧主義」
土壇場、確かに土壇場だ、だからかと狼狽える老人は自己を完結する。
完成に届かなかった、誰もが期待していた、だから心が折れた、そのせいかと。
「我々に足りなかったのは、手段を選ばず世界を変える意思、なのか」
もはや少女の事も構わず、思考に耽り口から思いつく限りの内容が零れ落ちる。
―― 魂魄への感応、連結からの惑星の量子コンピュータ化、ナノマシンの循環
複雑な数式と共に零れ落ちる知識に、少女は何か有難いお経でも聞いた様に、
要するに意味不明な寝言をスルーして眠気に身を任せようとする、のだが。
寝台から少女が持ち上げられる、肩に、魂魄改造時代の老人は当然にマッスルである。
「これから忙しくなる、人手は幾ら在っても足りん」
「いや私、中身一般人」
まずは人をかき集めるぞと宣言、どうぞご勝手に私を置いていけと返答。
米俵が叫ぶ、私そこらの人、頭普通、しかも古代人だから無理と。
「案ずるな、必要な知識は直接書き込む」
「安心の要素が無いッ」
所属が変わって、検証のための生体実験から解放された物の、
何故か受ける待遇がそれほど変わっていないと言う不思議。
などと口では言う物の抵抗しない有様に、老人が首を捻る。
「過積載の権能が肉体を蝕んでいるのだったか」
単純に、抵抗するだけの生命力がアルフライラに無いのだ。
「人権、基本的人権はどこにッ」
「ああ、アイツはいいヤツだったよ」
「冥福を祈られてるッ」
まずは脳髄に知識を書き込み、取り急ぎ脊髄経由の生体維持装置かと。
少女を担ぎ上げた老人が呵々と哂いながら言葉を投げる。
「お前が始めたのだ、そして今から改めて始まるのだ、責任はとれ」
白い部屋の扉が開く。
「この爺、さては若い頃は情熱に溢れていやがったな畜生ッ」
生命力の希薄な力無き絶叫に返るは、呵々大笑。
そして以降、施設内の魔素の散布に因る霊素循環の改善を皮切りに、
数年で新規素体、制式高位新人類作成段階にまで辿り着く事に成る。
全ての残存施設が連動し、改めて新しい世界を作り上げるための新計画。
中心と成った少女が付けた名称が、そのまま計画名に採用された。
即ち ―― 地球地球化計画。