砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-20 泡沫の夢

 

旭光が砂上を走る。

 

硬い物がぶつかる音と、名を呼ぶ言葉が零れた呆けた顔、陽光がその瞼を灼く。

そして白銀の髪と白い肌を朱に染めた白猫の大神は、その瞳に理性の輝きを戻した。

 

彼女の両手から、かつて姉だった物が零れ落ちる。

 

『あ……』

 

鮮血は鉄錆の香りを大気に充満させ、水分は間を置かず砂中に染み込んでいく。

 

『ね、姉様、姉様が』

 

肉を抱え周囲を見渡せど、砂の平原と化した暴虐の地の只中には何も無く。

ただ一人、熊の如き体躯の青年が駆け寄ってくるのが見えた。

 

『な、何だお前、姉様をどうするつもりだッ』

「畜生、言葉が通じねえッ」

 

剣士は両手を使い、二本の指で板と肉塊を指し示す。

 

『え、何で、姉様が玉座を』

 

僅かな驚きの間に、差し込まれた腕が妹からアルフライラを引きはがした。

 

放物線を描き放り投げられたアルフライラ胴体パーツは、すかさずトラップ姿勢に入った板が、

脚が付いていたらシュートされて超エキサイティンなのだろうなと思わせる感じに受け止める。

 

蒸気を吹き板上に転がされ続ける物体から響く、もぎゃふとか何か謎の叫び声。

 

目を見開いたキッタ・アビヤドが、口を開こうとして通じない事に気付き、唇を嚙む。

そして右腕を虚空に突き込み、渦の如き視認可能な魔素溜まりを発生させた。

 

腕から肩にかけ、瞬く間に血管が肥大し破裂する。

 

「貴様、姉様をどうするつもりだッ」

 

過負荷で腕を灼きながら、言語を自らに書き込んだ。

 

「いいからそこの足拾って放り込めッ」

「あッ、はい」

 

そして言われて素直に聞く白い猫。

 

「サフラ、受け取れいッ」

 

その頃には続々と砂丘を駆け降りる人影が在り、いち早く走り込んでいる博士が

途中で拾ったアルフライラの腕パーツを剣士へ向かって投げ渡した。

 

受け取り、即座に投げつける。

 

問題は傭兵上りの剣士サフラ、当然の如く戦場投擲術も修めていると言う事である。

 

「ぶべらッ」

 

受け取り、間を置かず投げつけられた腕が、見事にアルフライラの顔面を直撃した。

 

衝撃に身体が縦回転して、血染めの嬉しくないパンチラが在る。

 

それでも即座に接続交換と板が容赦無く修復作業に入り、のぎゃあと悲鳴が続く中、

目を逸らして無言であった剣士に、ようやくに追い付いた博士と姫がジト眼で言う。

 

「もっとこう、手心と言うかのう」

「ちょっと今のはどうかと思う」

 

目を逸らしている剣士の頬に、冷や汗が一筋流れた。

 

うぴょっふうなどと、気の抜ける悲鳴の響く砂の上に、ワラワラと集まる人の群れ。

 

当然に虎縞と長毛に率いられた、獣人の集団も混ざっている。

彼らは白猫に向かい、ある程度の間を空けて止まり、そして一斉に膝を折った。

 

「大神キッタ・アビヤド様にご生還を、お慶び申し上げます」

 

頭を下げ、拳を砂に置き長毛のサヤラーンが寿ぎを伝える。

砂中に陣を張る日々の中で、既に名は正確な物に正されていた。

 

言葉を贈られた獣神は狼狽え、僅かに後退る。

 

犬狼の支族、彼女の兄に仕えていた一族の言葉である。

 

「何故、私を責めない」

 

噛み締める歯の隙間から、絞り出す様に零れる疑問の声。

 

何故と。

 

自分こそが汝れらの主神が命を落とした要因であるのにと。

 

「犬狼様も、黒虎様も、貴女様を生かす事だけを望みました」

 

災厄に呪われ、1柱しか生き残れぬと悟ったその瞬間に、迷わず妹が生き残る道を選んだ。

ただ1柱残される獣の神、キッタ・アビヤドがために。

 

「かつて我らが主神、カルブン・ラマディ様は言われました」

 

吹き抜ける風が砂の熱を帯び、サヤラーンの頬を撫でる。

 

「愛は、示し応えるために在る」

 

故に犬狼3支族は、大神の遺志に応えるがために存在していると。

 

言葉が過ぎ、静寂が熱砂の上に在る。

 

歴史的場面よりも自らの命が大事な開拓者一同は早々にテントを立て、

その傍らで板の上の少女が、煙を拭きながら直伏姿勢で痙攣している。

 

微動だにしない獣人の前、どれほどの時間が経過していたのか。

 

「ここに宣言、する」

 

震える声が、白き獣神の口から零れた。

 

頬を水滴が流れ、唇は歪む。

 

震える肩は、誰にも支えられる事は無いとしても。

 

「私は大神キッタ・アビヤド、獣の王として此処に在る」

 

あるいは、兄たちの意思が今も肩を抱いているのかもしれない。

 

「忠誠、大儀である」

「犬狼3支族は常にお傍に」

 

獣人の眼からも零れ落ちる物が在る、遺志は今こそ正しく応えられた。

長きに渡る主亡き放浪が、今、報いられたと。

 

零れる涙が熱砂に沈み、消えていく。

 

「お主ら、そろそろテント作らんと死ぬぞーい」

 

そして身も蓋も無い博士の言葉がかけられる。

開拓者一同は既にテントを立て、日陰に潜り込み熱砂をやり過ごしていた。

 

ぶち壊しである。

 

愁嘆場の長きを許さぬ砂漠の現実に、獣人たちが慌てて荷物に駆け寄っていく。

キッタ・アビヤドも背後に自動修復された自らの玉座へと振り向き、そして僅かに怯んだ。

 

生命を維持するためのそれは、彼女にとっての恐怖、その象徴でも在る。

そこで、何故か姉も大神の玉座を持っていたし入れて貰おうと思い付き、振り向けば。

 

姉は板の上でふて寝していた。

 

「あの……姉様?」

「良く考えてみたら、私は少しは怒っても良いのではないだろうか」

 

近寄って声を掛けてみたら、何か凄い事を言い出している。

つい先ほどまで、蘇るのだこの電撃で状態だったアルフライラである。

 

いまだに頭の上あたりから少々の煙が吹いている、端の方は少し焦げていた。

 

無言の間に、恐る恐るとキッタ・アビヤドが手を伸ばしてみても、

板の上には不可視の障壁が張られ、どうやっても手を入れられない。

 

「本日の営業は終了しましたー」

「姉様、姉様あああぁぁッ」

 

獣神が障壁に爪を立てて掻き毟ってみるも、微動だにしない無敵の板であった。

 

「おお、あれこそはまさに放り出された猫を無視する月と太陽の乙女」

「古き言い伝えは、真であったのだな」

 

「何を言い伝えとんのじゃ、お主ら」

 

急ぎ陽避けのテントを張っている獣人たちの中で、サヤラーンとカフラマーンが感極まり。

 

手伝いで陽光の下に出ていた博士の胸の内で、犬狼3支族に対して、

実は単に大神の日記を勝手に言い伝えているだけではないのか疑惑が抱かれた。

 

「姉様あああぁぁぁぁ……」

 

かくて熱砂に野獣咆哮し、鳴動した砂の泰山はやがて再び風に作られるであろう。

 

ともあれ、しばらくアルフライラの不機嫌は治りそうにない。

 

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