月の沙漠をはるばると、駱駝と人が在りました。
金と銀の髪を持つ、姉妹は静かに板の上。
夜の星空を眺めながら、アルフライラは自らにしがみ付き頭を擦り付ける妹を撫でる。
抱き枕状態の彼女に対し、申し訳なさげな表情で獣人一同が
板は引っ張っていくので状態を維持してくださいと頼みこんだのは宵の口。
特に誰か口を開く事も無く、黙々と歩み続ける夜の砂漠。
「そろそろ蹴り落として良いかな」
「姉様ッ⁉」
微塵も情の無い姉妹の対話が夜の砂に響いた。
「アルフライラ様、それは、それは余りにもッ」
「ええい聞けぬ、聞けぬのじゃ、暑苦しいんだったらさっきからー」
「ああ、ご無体なッ」
「と言うかさっきから、私の肋骨が定期的にポキポキ言っとんのじゃあああぁぁッ」
そして、どげしと蹴り落とされる全自動姉の肋骨をへし折るマシーン。
アルフライラも一応は、板上でなら妹を蹴り落とす程度の体力は維持されていた。
そして俄かに騒ぎだす獣人たちの目の前で、板から砂上に転げ落ちる獣神の姿。
「アル姉様、姉妹との感動の再会とか、そういうのに対する忖度は無いのですかッ」
「元気な足が在るんだから歩けーい」
そもそもキッタ・アビヤドは獣神権能を持つ大神である、普通に歩いて何の問題も無い。
蹴り落とされた白猫が慌てて手を出すも、既に板上の空間の営業は終了していた。
「ああそうだカフラマーン」
ついでとばかり、寄って来た虎縞の獣人に一振りの太刀を投げ渡す。
先日に砂に突き、杖の代わりにしていた代物である。
それが実は、60世紀科学の粋を凝らした厨二武器である事を識る者は居ない。
「神威大上段業物、首狩丸」
「すがりまる、でございますか」
受け取り、僅かに鞘走らせれば覗いた刀身が月の光を受ける。
斬れる。
見で理解できる、周囲が魅入り訪れた静寂すらも、音を斬ったかと感じるほどに。
「折れず、曲がらず、好くしなり、届けば大神の首すら墜とす」
「それをこのタイミングで渡す意味は何ですか姉様ッ」
不穏極まりない表現に、身近に居る墜とされ可能な首が叫んだ。
と言うか何でそんなもの持ってるんですと問う妹に、製造者責任として大神を屠る術の
十や二十程度は用意しておいてしかるべきだろうと、素の声色で返答する姉。
「そういうとこですよ姉様ああああぁぁぁッ」
叫び叩くも、板が張っている無敵の障壁は微動だにしない。
そしてアルフライラは板からタオルケットを取り出し、妹の叫びを聞き流しながら横に成る。
「ラマディの牙ならば、二度と折れるな」
背中越しに小さく、ウルの牙に言葉が届けられた。
聞き、固まったカフラマーンは、即座に正気を戻し砂に膝をつく。
「神命、確かにこの魂に」
かくして修復の蒸気を吹きながら、ふて寝モードに突入する姉。
「うう、この塩対応、本物の姉様だー」
カリカリと障壁に爪を立てながら、何とも言えない複雑な表情で獣神が鳴く。
「まあ、肋骨ポキポキ言わせとったら、そりゃ蹴り落とされるじゃろうて」
大神の常識についていけない博士が、引き攣り顔で所感を漏らした。
そんな直接的な感想を聞き、興味を得た獣神が振り向いて口を開く。
「ええと貴方は、姉様の同僚の方でしたか」
「そこまで丁寧に問われる様なものではないが、まあ同僚じゃな」
そして姫と剣士も視線が向け、白猫はぴゃあと言って博士の影に隠れる。
これが獣神の姿かと、冷や汗を流し問われれば決まり悪い声色の返答。
「いや何か、姉様を玉座に入れてくれた時に少し」
怯懦は剣士に対するものであったらしい。
僅かの間、静寂を嫌う様に開拓者をやっておられるのですねと獣神が問い、
大神にそこまで丁寧に言われる様な仕事ではないぞいと、博士が答える。
「と言うか、アルが人に交じって働いておる事に思う事は無いのかの」
「アル姉様、仕事してないと死ぬヒトだから」
獣神の目のハイライトが消えていた。
「そう言えばアルのヤツも、ああいや、アルフライラ様と言うべきかの」
口では怠けたいと言う割に、手持無沙汰になると自分から仕事を探し行く。
そんな宿場での日々を思い起こしながら博士が口を開き、今更に気が付き問うた。
「アルでいいでしょう、私が何か言う事でもありません」
そして懐の深い返答、と言うか周囲が何を言っても本神が雑すぎてどうしようも無い。
「大神アルフライラか、偽りでも何でも無く」
「まあ、だからと言って何か変わるわけでも無いけどねー」
歩みの中で近付いた剣士と姫が、会話に混ざり所感を零す。
開拓者集団の中で女性相互扶助の隊員が、ヤベぇ、あたしら大神様に丸洗いされてると
日頃の生活を思い起こして馬鹿笑いをしていた。
「神話に名を謳っておったなら、追い返した勢力も冷や汗をかかずに済んだのにのう」
俄かに騒々しくなった一団を眺め博士が言えば、言葉に首を捻る白き獣神。
「姉様の名前なら、どの創世神話も最初に謳っていますよね」
不思議そうな声色に、それはどういう事かと問い掛け、神と人との対話は繋がれる。
それらを背に受けて、ふて寝していたアルフライラは寝返り視線を天に向けた。
ふよふよと動き続ける板は、優しく肋骨連続骨折少女を癒している。
とりあえずは終わった。
これから何処に行って何をするべきか。
何も思いつかず、ただ疲れた心が休息を求めている。
気が付けば視界を埋める星の夜空に意識は飛び、会話の声は遠く響く。
音が邪魔に感じ、板からイヤホンを引き出して耳栓代わりと耳を塞いだ。
ふと思いついて、記憶に残る懐かしい声を再生する。
球体に放り込まれた、施設のマッドな爺どもからの最後の音声。
役も終わり何度か消すべきかと考えはしたが、特に思う事無く残していた。
時間軸を追放された後、生存の痕跡は全て隠蔽した事。
後に起こった出来事とその顛末、脱出のためのソフトウェアの解説。
様々な連絡の後に、僅かな長さの私信が乗せられていた。
聞き慣れた、もう二度と聞けない声が耳元に囁く。
風は、肌を撫でているだろうか。
砂が混ざって痛いかな。
太陽は、優しく人を照らしているだろうか。
ヤツは私を灼きに来ている、間違いなく。
想いとは多少ずれた現実が、少女の口元に僅かな苦笑を浮かばせた。
他愛の無い言葉の連なりが続き、やがて睡眠欲が少女に忍び寄る。
その耳元に、ただ静かに旧人類の最後の言葉が伝えられ続けた。
アルフライラ、お前は私たちにとって光だった。
私たちは皆、闇の中に居た。
自分が何処に居て、何に向かっているのかさえもわからない。
そんな宵闇の中で巡り逢えた光だった。
誰もが生きているとは言えなかった。
あの何もかもが終わった世界の中で、お前だけが正しく生命を持っていた。
新しい世界を、新しい人々を。
お前が語る生命溢れる惑星に、繋げるために文明を維持していたのだと思わせてくれた。
だから今では我らは皆が信じている、この宵闇にもいつか朝が訪れると。
今から全ての工程が終わる、誰もが未来を確信して笑いながら後を託した。
私もまた、魔素と共に世界を新しい人類に託して此の世を去ろう。
お前のおかげで、私たちの生は意味を持てた。
故に尽きせぬ親愛と深き感謝を。
叶うならばキミが訪れる世界が、いつか語った翡翠の園である事を願う。
我らの娘、