砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-05 6111A.D.

―― 6111A.D.

 

「最後の最後に、面倒な事だ」

 

人類保存施設最奥、全施設を統括していた中枢で老人が言う。

 

「予想はしていたのだろう」

「まあ、どこかの時点で襲撃は在るとは思っていたがね」

 

褐色に金髪の中位新人類が応えれば、益体も無い会話。

黄金を意味する名を持つ中位新人類試作1号素体、ザハブ。

 

遠くに響いていた破砕音が、段々と近付いてくる。

 

既に施設はその大半が閉鎖され、循環霊素を新人類へと受け渡していた。

 

ひとつ、またひとつと数が減り、新人類のコロニーへと形を変えて行く中、

段々と不穏な気配は蓄積され、最後のひとつに成った今に。

 

壁面が破壊される。

 

「あら、ザハブお兄様も居らっしゃったのですね」

 

破砕された場所から姿を見せたのは第12のアルコーン、名はベリアス。

 

生物的でありながら陸の生き物には無い独特の流線型の形状を持ち、

その双腕は無骨に厚い鋏の如き形状で、獣の口の様に開閉している。

 

「困ったな、あと30分ほど待てないかね」

「あらまあ、どうしましょう」

 

老人の気軽な声色の誘いに、楽し気な気配で受け答えをする巨神。

 

まあ最後ですし、少しだけお話をしましょうかと。

 

「何故に今まで動かなかったのだね」

「わかっているのにいけずですわね、糞チビが頑張ったせいですわよ」

 

かなり初期にその生を終えた、兵器廠担当の老人の事である。

 

各種近代兵器の廃棄、新人類へと継承させる一定の年代までの限定的な技術、

生存のための各種施設と重機の製造、12機のアルコーンも含むそれを終えて眠りについた。

 

ついでに、各種施設の防衛機能を限界まで活発化させてから。

 

「施設停止までの期間限定だから、採算度外視で凄い事になったと言っていたな」

「最後の一つまで減ってようやくですわよ、馬鹿なんじゃないですのあの爺ッ」

 

叫び声に、虚弱な娘と一緒にロボ部とか言って遊んでいた在りし日の老人を思い返す。

 

あ、うん、馬鹿だわ。

 

その場に居た野郎二人、物凄く素直に納得してしまった。

よく見たらベリアスも既に罅だらけで、各所が焦げて放電や発煙がそこかしこに見える。

 

「しかし既に魔素は散布され、今更施設を破壊しても無駄な事だと思わなかったのかね」

 

一同に思い浮かんだ小柄な爺の笑い顔を振り払う様に、話が戻る。

 

「全体を統括する使い捨ての中枢部分が、今から撒かれるのでしょう」

「やはり、知っていたか」

 

問い掛けに対する答えに、老人は頭痛を抑える様に額に手をあてた。

 

惑星一個分の循環を構成する魔素は既に撒かれていたが、

未来を考えれば急激過ぎる変化を地球に齎す構成には出来ない。

 

魔素による世界の変化は、かつての自然の如く極めて遅いものに設定されており、

そのため一時的、ある程度の惑星再生が行われるまで必要な使い捨ての加速中枢。

 

「億年はかかる惑星再生を千年、二千年にまで短縮するための最後の如何様」

 

巨神が、それが無くなれば地球再生は何万年後になるでしょうねと笑う。

ひとしきり笑い、次にもう良いかしらと言って持ち上げた巨鋏の顎を開く。

 

そして肩を竦めた老人を、庇うかの様に前に出た青年が口を開いた。

 

「ナハース、お前には声が聞こえているのか」

 

意味が分からない、そう言いたげな老人の視線。

 

「ザハブお兄様は、電波でも受信しているの」

 

虚を突かれた様な、呆れ混じりの無色な声。

それらを特に気にすることも無く、ザハブは聞こえないのかと頷く。

 

「あのひとは言った」

 

会話を期待していない、ただ思い浮かんだ事を口にしている風情。

 

「いつか私も、銀河の声を聴く時が来ると」

 

それがはるか時間の果てに吹き飛ばされた長女の事だと理解し、

巨神の繰り手と最後の老人はただ静かに言葉の続きを待った。

 

「ここに在るのは、遥か過去から遠い未来までを繋ぐ絆だ」

 

破壊の影響か、室内を照らしていた光源が堕ちる。

 

「新しい世界に贈る、古き人類の祈りだ」

 

薄闇の中、僅かな光に浮かび上がる青年の声。

 

「守るべきだと信じ、守りたいと願った」

「ならばどうすると言うのです」

 

連なる言葉を遮ったのは巨神の言葉。

破損は在れど鋼の巨神に、徒手空拳の中位新人類がひとり。

 

「彼女は言った」

 

どれほどの言葉を尽くそうとも、ただ無謀としか言えない光景。

 

「やるべき事とやりたい事が一致する時、ヒトは銀河の声を聴くと」

 

だがザハブは、ただ言葉を尽くしその腕を振り上げた。

 

()にも今、聞こえた」

 

光源が生まれる。

 

―― 起動せよ

 

高く、遠くまで響く音が鳴る。

 

声に応える様に中空に生成された巨大なメダルが、回り始めた。

その周りを囲う様に空間に線が引かれ、引かれる度に段階的に質量と化す。

 

回転の音が響き渡った。

 

数多の光柱が立ち昇り、その中央には無色、水晶の巨神が形作られる。

騎士とも、神像とも、様々な印象を与える複雑な形状。

 

「ま、さか……」

 

圧力に押され、地響きを立てて後ろにズレるベリアスから驚愕の声が漏れる。

その眼前で光輪は生まれ、水晶の下から頂点までを一息に通り抜ける。

 

共鳴を続けていた水晶に、色が付いた。

 

無骨な骨格は黒く光る金属に、外装はただ光り輝きその色に黄金を纏う。

全身を覆う黄金の装甲は、幾何学的な意匠が随所に彫り込まれ神威を示す。

 

【挿絵表示】

 

透明感の在る澄んだ音は、響き続けた。

 

「お前か」

 

ナハースが、静かに呟いた。

 

高位人類素体を使用しながら、中位新人類の性能しか設定されていない試作体。

その空き容量に権能はおろか、何一つ入れられていなかった無能のザハブ。

 

「お前だったのか」

 

ならばこそ、そこに何かを入れる事が出来ると。

 

「お前が、ヤルダバオトを託されていたのかザハブウウゥッ!」

 

12体のアルコーンが配備された時、ただひとりザハブにだけは何も与えられなかった。

中位新人類は、あくまでも補佐的な立ち位置であるが故の事かと判断されていた。

 

そうではない。

 

ただ既に、自らの神威をその身に得ていただけだったと。

 

模造品であるアルコーンなどとは違う、秘匿された記録にただ名前だけが残るそれ。

紅玉、鉄城、様々な名前の後に記されたアイオーン計画最後の神機。

 

大いなる者、黄金巨神ヤルダバオト。

 

「ふざけるな、ふざけるなふざけるなあああぁッ」

 

轟音が響き、施設が崩壊する。

 

絶叫に続く打撃音に、受ける、輝く巨神の腕の装甲が歪み、断裂する。

 

「は、何の事は無い見掛け倒し、だ ――」

 

ナハースの言葉は不自然な場所で切れた。

その視界に在る装甲が、瞬きをする間に生物的に脈動し破損カ所を塞いだからだ。

 

そしてすぐに、何事も無かったかの様にその輝きを取り戻す。

 

それは、秘匿情報に記された名。

紅玉に備えた不壊装甲と対を成す、黄金に施された新素材の名。

 

「幻想、装甲ッ」

 

そして神像内部空間にて、思わずと両腕を交差させていたザハブも驚愕していた。

 

あきらかにおかしい、この機体は。

 

もはや半壊した施設は、その内部に既に古き人を生かさぬ死の大気が混ざり、

吐血しながら哂う老人、そして惑星を覆う曇天が崩れた天井から見える。

 

光無く、薄暗がりの世界の中で自ら輝く黄金。

 

ザハブに接続された意識から伝わる性能、武装、それらは先日までに目にした

各種のアルコーンとは明らかに一線を画し、明確に兵器としての性を提示している。

 

「武装、武装が在るのか」

 

言葉に応える様に、神像後背に設置された様々な機能が鳴動する。

高い音を立て、頭を越える様に一振りの太刀が射出された。

 

そしてヤルダバオトに手に収まったのは、黄金の意匠を纏う白銀の剣。

 

剣を構える黄金の前に、立ち塞がり続ける咢の巨神。

 

「はッ、だがベリアスは周囲の魔素を食い尽くす、手間取った貴様の負けだ」

 

その前に立つ巨神が双腕の咢を開き、そう宣言した。

 

アルコーンは基本、周囲の魔素を吸収しながら起動している。

それらが無くなれば、機動には様々な制限が加えられるはずと。

 

しかし剣は振り抜かれる。

 

「見えな、い」

 

振りぬいた姿勢で背後に出現したヤルダバオトに、ベリアスの腕は斬り飛ばされた。

 

「解析不能だとッ」

 

エラーを吐き出し続ける操縦席に、ナハースの叫びが響く。

 

どう動いたのか、どれほどの加速をその機体に受けていたのか。

何もかもが理解の外に在る異常。

 

何より、周辺の魔素は尽きているのに何故動けるのか。

 

僅かに解析が終わり、少しだけ理解が進む。

 

「まさか搭乗者の霊素、生命を消費しながら動いているのか」

 

そもそもお遊びで作られているアイオーンに、継戦などと言う発想は無かった。

その事実を知らないナハースにとっては、設計思想が狂気の沙汰としか思えない。

 

「あの狂人女ああぁッ」

 

絶叫の中、寸刻みに分断されていくアルコーン。

 

やがて時間を置かず、達磨にされたベリアスからナハースが転がり落ちる。

それは丁度、白衣を血に染める老人の目の前。

 

ザハブの背筋に冷たい物が走る。

 

ナハースは瞬間に思った、このまま生身で老人を潰し装置の破壊をと。

 

しかし老人は、血染めのまま何も慌てず静かに珈琲を淹れている。

 

黒い液体に口を付け軽く息を吐くその様の、あまりの場違いさに言葉が零れた。

 

「最後に運が向いていたのかな、私に」

「いや、もう手遅れだよナハース」

 

血の味がするがまあ良いかと、軽く咳込みながらの言葉。

 

「彼女なら、私の言う事など耳を貸さず即座に破壊に移っただろうな」

 

誰の事かと聞くまでも無い、しかし困惑の色を見せる襲撃者に老人は言葉を重ねる。

 

「何で私の言う事を信じたのかね」

 

最初に言った、30分待てと。

 

ナハースの頬が引き攣る。

 

黄金巨神のなかで、ザハブの顎も落ちている。

 

とうに終わっている。

 

全ての工程を終えたから、施設はその役目を終え光源も落ちたのだと。

 

「ナハース、お前はアルフライラには成れないよ」

 

カラカラと哂いながら囁く老人に、聞かされた顔が醜く歪む。

 

「くたばれ糞爺ッ」

「いやまあ確かに、もう持たんがね」

 

そして止まった時間が動き出す様に、全てが動き出した。

 

黄金の巨神が近付き、ナハースは即座に瓦礫に隠れる様に離脱する。

残されたのは、毒の大気に肺を灼かれ血染めで死にかけている老人。

 

ヤルダバオトを消去し駆け寄るザハブを、軽く口元を歪めて迎えた。

 

「いやお疲れ様だね、お互い」

 

「アルフライラ姉さんの人間不信は貴方のせいだったのでは」

「アレは彼女の生まれつきだよ、濡れ衣だ」

 

少しばかり恨みがましい声色に応え、呵々と笑って血を吐き続ける死に損ない。

語り乍ら放り投げた物は、施設に在った保管庫の開錠パス。

 

スタンドアローンで作られているから、鍵が無いナハースには入れないはずだと言う。

 

「施設は崩壊するが、その前に拾っておきたまえ」

 

時間跳躍弾頭はじめ、幾つかの何かが残されていると。

 

そして視界を回す。

 

魔素の循環が始まったとはいえ、いまだ深い曇天に人を許さぬ大気の灰色世界。

 

だがしかし、見えている。

 

世界の全てが作り替えられた後の、いつか語った翡翠の園がそこに。

 

無言の世界に、静かな呟きが零れる。

 

「ああ、これで私の生も意味を持てた」

 

力無い万感の言葉に、釣られて顔を上げたザハブの目には。

もはや鼓動も止まり、満足そうな顔のまま瓦礫にもたれかかる老人だった物。

 

それは、旧人類の終焉。

 

「お疲れ様でした」

 

深く頭を下げた。

 

そしてここより、神話がはじまる。

 

数多の神々が入り乱れる、後の世に大神の大乱と謳われる騒動。

全ての大神を球体に封じ、先の未来へと送り付けた黄金の大神の神話が。

 

 

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