砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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01-02 創世の大神

 

平パンを二つに割り、中を開いて麦粥を詰める。

 

「パサパサ塩酸っぱじゅーしー」

 

板から降りた少女が、鍋の中身を詰めたパンを食みながら言った。

 

ピタパンに似た外側はパサパサしていて、乾酪の塩分と酸味が舌を刺し、

蒸気を充分に吸った炒り小麦は膨らみきって水気を湛えていると。

 

「そして砂っぽい」

「砂漠の真ん中じゃからのう」

 

古今、砂漠の民の業病と言われている物に虫歯が在る。

 

飲食はおろか呼吸に至るまで、常に微量の砂が口の中に入る生活なため

歯を痛めつける機会が平野に比べて桁違いに多いからである。

 

「本来なら夜通し歩き、さっさと球体周辺を抜けたいところじゃがな」

 

夜半と早朝に動くと、食事を食みながら予定を示す言葉に

球体周辺に何かあるのかと、今一つ状況不明な感じの少女が聞く。

 

「狂える大神」

 

端的な言葉が大男から漏れて視線が向けば、くいと顎で遠くを示す。

遥か砂の向こう、何か大きい物を引きずる様な音が小さく響いていた。

 

「このあたり、頭がおかしくなった大神がうろついているのよ」

「球体の周りによく姿を見せる様でな、見境なく暴れる故に危険極まりない」

 

だから出会う前に逃げると、一同が砂混じりのパンを片づけながら語った。

一通りを聞いた板娘は黙し、やがて考えが纏まったか一つの問いを発した。

 

「大神とか神話っぽい名前を聞かされてもピンと来ない」

 

極めて根本的な疑問であった。

 

「そもそも、神族って何なのかな」

 

そう聞いて、ふむりと頷いた小男が素直に答えを詳らかす。

 

「神話に謳われる世界を維持する大神と、それに従う高位、中位の従属神じゃな」

 

各国の歴史、それの根源に繋がる大神たちの神話と。

 

「あとは特に何の関係も無い、種族的に同類と呼べる階位に至った数多の小神たちか」

「過去に隊で相対したけど、心底関わり合いに成りたくない化物って感じだったわー」

 

砂パンを氷水で流し込みながら、問手が気の無い声色で頷く。

 

「神話ねえ」

「まあだいたいこんな感じじゃな」

 

―― 光亡き世、千の夜を越えて十の大神が生まれた

 

はじめに王が在り、三の女神が生まれ

三の獣が集い、三の王族が揃う

 

「それら世界十神の後、黎明三神が生まれ、十三大神が揃う所から神話がはじまるの」

 

「10人と3人」

「13柱じゃ」

 

創世の神々じゃからのうと単位を改める。

 

「やがて神話は大神の争乱に至り、その中で黎明の三神の手に因り世界に朝が訪れる」

 

神話伝承に長く語られる内容を一言に纏めれば、流石に短いと思ったか剣士が補足した。

 

「夜の中に居た少女は天に昇り太陽となり、世界に朝が訪れる」

「ザハブの神話じゃな、まあそこらからの細かい所は国に因って相違が在る」

 

「ザハブ」

 

「うむり、銅の神国を統べる黎明の大神ザハブ、十三大神で唯一アイオーンを得た傑物よ」

 

その後の展開は各国の歴史やら神話やらでぐっちゃぐっちゃじゃから、まあどうでも良いなと

何やら沈思黙考に入っている少女に言えば、心無い雰囲気で相槌が返る。

 

「聞くほどに知らない単語が増えていき、疑問が増えていく」

 

眉根を寄せながらの感想が在れば、講師からは苦笑が零れ落ちた。

 

「現存する大神は8柱、内6柱が砂漠の向こうで国を構えておる」

「5、柱ほど減ったの、かな」

 

差し引きの数を問う。

 

「どの系譜の神話でも、妃と王子、犬と雄猫、それと白銀が天に還ったとされておるの」

 

獣が滅亡しかけているなーと、平坦な意を聞き頷く講師。

 

「そして唯一残った獣の大神、キッタビヤードが正気を失い砂漠を彷徨っておるのじゃ」

 

「キッタ・アビヤド」

「うむ、古代語で白い猫と言う意味じゃとか」

 

少女から、獣の系譜は滅亡待った無しではと、誰に言うでも無い印象の言葉が漏れる。

 

「最後の1柱じゃしのう、獣人たちが必死に何とかしようとはしておるが」

 

そんな言葉を拾い、軽く情勢の説明を追加する。

 

「獣人」

 

「うむ、見た事は無いか? 身体の一部が獣の者たちじゃ」

「似た様な、のー、なー……」

 

そしてパタQと倒れる。

 

座った姿勢のままで突然倒れ伏した少女の周り、何事かと空気が重さを持ったかの様に固まった。

視線を集める中、よく見れば随分と青い顔に成っている半死人が絶え絶えと口を開く。

 

「……血が、胃の腑に集まって、他が薄まって、死にそう」

 

食事をとり胃腸が活性化した事に因り、身体が急激な血圧低下を引き起こしていた。

 

「おおおおい、何か見ている内に顔色が青を通り越して黒くなっておるぞッ」

「ちょ、いや身体起こしたら駄目よねこういう時ッ」

 

騒々しい二人の横で、大男は言葉も無く淡々と狼狽している。

そんな偉丈夫に、死体の顔色の少女は親指を立てながら一言。

 

「板に放り込めばヨロシー」

 

即座に身体を引っ掴んで放り込む次第。

 

「こうか」

 

板の上に生じている不可視の障壁、柔らかい布の様な感触のそれに

問答無用で死にかけの肉体をねじ込む怪しげな儀式の風景。

 

ねじ込み終われば、その遺体もどきの全身から蒸気が噴き出る有様。

 

「だ、大丈夫なのか」

 

一息をつく剣士の横で、博士からの問いかけが在った。

 

「臓腑がひとつづつ丁寧に裏返されてぇいく様な感覚ぅー」

「どう聞いても大丈夫でないのうッ」

 

「貧血のー、他ー、何か『ういるす』をー、結構ー、拾ってたみたいー」

 

蒸気の中から、声色だけは呑気な発言が響く。

 

「ういるすが何かは知らんが、出発は見送るべきかの」

「だいじょぶー、寝てれば治るし板は勝手に動くー」

 

板が本体疑惑の生まれそうな便利さである。

 

そうなのかと、僅かに呆れの色を滲ませた返答で終わり、

のぎゃーとかぬおーとか呻く謎の物体を尻目に布を片づけ始める一行。

 

傾いていた陽は気が付けば砂と空の境目にまで姿を移し、

空を染める紅がはるかに遠く、どこまでも砂の丘へと写し込まれている。

 

そんな中、一息が付いたのか横たわったまま湯気が出なくなった少女は、

板から生えた紐とフックを駱駝の荷物に引っ掛けた。

 

ふよふよと運搬される様に、何と言うか便利じゃのうと呆れ混じりの声。

やがて大丈夫そうじゃなと注意が外れ、黙々と砂丘の狭間を歩み続ける。

 

「獣人かあ」

 

だからその呟きを聞き留めた者は無く。

 

「モンキーモデルかな、誰が作ったのやら、そんなもん」

 

ただ砂にだけ吸い込まれ消えていった。

 

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