夜間に肌寒いと感じる日も増えてきた砂漠の晩夏。
気が付けば時折に商隊などが訪れる日も在り、秋の訪れを知らせている。
とは言え日中が殺人的な事に変わりは無く、今日も昼の酒場には人が溜まる。
そんな昨今の宿場酒場では、琥珀色の飲料が流行していた。
麦茶である。
水の如く、されど味が在る分、むしろ水よりも飲み易いとの好評であった。
いつもの面子も気に入ったらしく、博士は熱茶に椰子砂糖をいれ、剣士はそのまま。
姫はさりげなく獣神の隣に座り、神製な大量の氷のお相伴に預かっている。
アルフライラ産の氷である。
ごく自然に妹を甘やかしている姉であった。
それだけに留まらず、他の開拓者や隊商の商人、あるいは旅人と。
全体的に好評を博す勢いであり、今日も冠水瓶の麦茶は高速で消費されていく。
需要が加速すれば供給が必要に成る物で、今日の酒場の厨房では
板に乗った神と店主が鉄鍋の前でひたすらに大麦を炒っていた。
焙煎した大麦、と言うのがまたいけない。
茶を作った後の出し殻がどうとでも使えてしまう。
苦く硬いが、食えない事も無い。
駆け出しの開拓者の賄いの粥に入れるも良し、日中に日干しした後に
砕いて小麦に混ぜ、パンの嵩増しにするも良し、煮物焼き物に振るも良し。
そんな有様が、商人の目に留まったのもいけなかった。
気が付けば作る端から消えていき、アルフライラの賽銭箱には銅片が積み上がる。
「だいたいこんな感じかなー」
「焦げ付かせずに焦がせば良いんだな」
「ん、で最後に余熱で中に熱を通す感じで」
などと言いながら少女は作業用ハンドを操作して鉄鍋を台上に降ろさせ、
その上で底面が焦げない様に軽くかき混ぜてから放置した。
麦茶とは要は、大麦を焦がして苦みとコクを、熱を通して甘みを出すものである。
そんなレシピの伝授に実例を添えて、ようやくの区切りであった。
作業を終え軽く伸びをした調理神は、無言のまま視線を作業台の端に向ける。
そこに在るのは、白く輝く様な上質の紙で作られた手紙。
近年は帝国でも製紙が盛んであり、時折に交易に乗る品目ではあるが、
その品質はいまだ神国のそれに遠く及んでいない。
速駱駝で宿場に届けられたそれには、青の神国の名が記されており。
その表面には墨文字が毛筆で、超古代悪魔の言語が認められていた。
―― 果したの状
書きたかった事は、わからないでも無い。
「ひと狩りいくべきかー」
「これ以上帝国に大神を増やすな」
中も読まずに不穏な託宣を告げた神を、店主が鍋を降ろしながら押し留めた。
獣神だけでもかなりの騒ぎに成っていたと言う。
主に獣神神殿の建設を白兎族が請け負った件について。
岩砂漠に在る家猫白兎の集落は、開拓初期に家猫族が切り取った土地であり、
後に白兎族を受け入れた、隣接領との至近に在る集落である。
副王とは仲が良いとは言い切れない微妙な間柄の隣接領との境界に、
幾らかは獣人の戦闘力をあてにして、とりあえずの自治を認められた土地。
そんな場所が大陸全獣人の聖地と化す。
犬狼族からの神殿設置の要望を受けた副王は爆笑していたそうだ。
それはそれとして、これ以上増えては堪った物では無い。
と言うか青の女神を確保などしようものなら、まず青の神国がブチ切れる。
「ならばシバくか、いやそれともシバくか」
不敬かつ不穏極まる大神の神託に、呆れ顔の博士と獣神の感が出る。
「選択肢が豊富じゃのう」
「アズ姉さん逃げて―ッ」
叫び声に少女が視線を向ければ、冠水瓶を抱え麦茶を注いで回る獣神の姿。
「アビヤド様は、青の大神とは仲が良いのかの」
「アズラク姉さんは、お菓子とかよく作ってくれましたね」
新しい麦茶に口を付けながら博士が問えば、神代の出来事を語る獣の大神。
「まあまずは、中を読んでから考えた方が良いのではないかのう」
そして博士が、ほれ、何より可愛い妹もこう言っておる事じゃしと水を向ければ、
え、毎日姉の肋骨をへし折る妹に気を遣ってもと、座った眼で応える長女。
「何かもう、表だけで充分じゃないかな」
挑発は即座に受ける、虚弱な割にヤンキーの理に生きている創世神である。
「いや読んであげてください」
反省の姿勢を見せる姉の肋骨へし折り神からの涙目の懇願。
そして仕方なしと、折られ神は手紙を開いて中を読みだした。
「内陸に行くと帝国との関係に緊張を生むから、港町まで来て欲しいと」
そこでふむりと、無言のまま頷いて考え始める。
「アズラク姉さん、姉様を止められない無力な私を許してください」
「アビヤドは、いったい私を何だと思っているのかなー」
シバき祭り確定でしょと問う妹に、シバかないシバかないと呆れて否定する姉。
「いや、この場所まで海に沈めて進軍しそうな子が、成長したなあって」
「お主にとっての青の女神は、どれだけ大災害の元なのじゃ」
少女の読破した感想に、冷や汗を流し博士が言う。
「まあ後は、6千年前の約束を果たしてほしいと」
そう続け、そっと久遠を見つめる遠い視線をした女神の姿が在った。
約束って何ですかと問うた獣神も、その寂しそうな微笑みを見て何も言えない。
そして人は言う。
「意味深な笑顔で誤魔化すと言う事は、憶えてないな」
「大方、ノリと勢いで適当な事を言ったのじゃろうな」
「アルちゃんって、結構わかりやすいわよねー」
「あるぇー」
ザハブあたりならこれで騙せるのにと、酷い事を言う長女の姿が在った。