砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

46 / 217
02-04 玉葱の果てに

数多の船舶が海上に在り、石造りの桟橋に並び午後の影を作っている。

その先の石畳は倉庫へと繋がっており、荷を抱え忙しなく行きかう人足の姿。

 

古代遺跡を活用する様に造られた港町は様々な点で不揃いで、

桟橋から倉庫までの石畳こそ平坦だが、それ以外はそこかしかに高低が残る。

 

例えば、意味不明に地面から突き出た膝丈の石柱。

 

その場所を境にする様に、僅かに一段高い石畳の広場には噴水が在り、

景気良く飲用水が噴き出ては排水路から海へと流れ込んでいた。

 

「海の側なのに、塩水じゃ無いんだね」

 

排水を受けた盥の中で、作業用ハンドで玉葱を刻みながら板神が問う。

 

何故か今日は白の調理服を纏い、見習い印の付いたコック帽を被っている。

そして問いに、横で根菜の皮を剝いていた初老の料理人が答えた。

 

日に焼けた濃い鬼瓦の様な顔から、不似合いな落ち着いた声色が出る。

 

「遺跡の中に水源から上水道が通っているらしい」

 

小気味良い包丁がまな板を叩く音と、サクサクと皮を剥ぐ音が続く。

他の料理人は微妙な距離を取り、二人の言動を横目に伺っている。

 

「しかし、景気良く水が出てるねー」

「そうだな、前来た時はここまで勢いは良くなかったんだが」

 

カカカと水越しにまな板を叩く音を響かせながら、少女が周囲を見渡せば

船団屋台の周囲には人が集まり、様々な音に溢れている。

 

人が集まればそれは商機と言う事で、小売りに励む交易商人も居れば、

職人に飲食を売り歩く子供、芸事を魅せては寺銭を受ける芸人、住人、旅人。

 

「やたらと人出も多いし」

「まあ最近は、失踪の噂のせいで外出が控えられがちだったからな」

 

質の悪い開拓者や捨てられた船乗りなども在り、治安が良いとは言えない港町で、

人が居なくなるのも珍しくは無いが、しかしそれでもと囁かれている失踪事件。

 

「これだけ人が居れば大丈夫、って感じなのかな」

「まあそうやって人出が人出を呼んでいる面は、確かに在るな」

 

夜半に予定されている青の宴席のせいで浮足立ってもいるのだろうと語る。

 

「撒き餌にならなきゃ良いけど」

 

ぼそりと呟いた言葉は、人の歓声に搔き消される。

 

種々雑多な人の群れを挟み、広場の奥には演台を設え演劇の興行が行われ、

飾りの鎧を纏った優男の周りにで、猫耳と青髪の2人の女優が踊っていた。

 

「何か、身なりの良い客が多いかな」

「ここは船団の前身、美食団最後の地だからな」

 

観光地としてそれなりな人気だし金持った観光客なのかもなと語る老人に、

聞き慣れない単語を受け、そもそも美食団とは何ぞやと首を捻る少女。

 

「世界を踏破した青の女神の美食団、神国が建国される前の神話だ」

 

港町の向こうに墓が在り、猫娘の像と記念碑も立っているとの観光案内。

 

そして互いに包丁を動かしながら横目を演劇に移せば、青髪女優が何かを齧り、

そのまま台に倒れて騎士と猫耳が頭を抱え、聴衆からは盛大な笑い声が響く。

 

青の美食団漫遊記、長く愛されている人気の演目らしい。

 

「大神の扱いが、アレで良いのだろうか」

「いやまあ、お頭はいつもあんな感じだしな」

 

本神の居る場所で演って良いの内容なのだろうかと冷や汗を流す板神の疑問に、

目を逸らしながら若干にハイライトが消えた遠い瞳で老齢の料理人が応えた。

 

無言のまま、包丁の音が響き続ける。

 

「ところで、この大量の玉葱は何に使うの」

「おいおい、海に来て海水漬(マリネ)を作らないなんて在り得るのか」

 

海水漬、野菜や鮮魚、燻製などを海水で和えて皿に盛る神国の伝統料理であり、

今夜の宴席の振る舞いや賄いのために大量生産している所だと。

 

「まあ帝国は海水に抵抗が在るらしいし、今回は酢と果実油で和える予定だが」

「余裕が在るなら、胡椒とか軽く混ぜ込みたいね」

 

新人わかってるじゃねえかと、初老が呵々と笑った。

 

「料理長が笑っている、あの石頭鬼面が」

「あの新人、さっきからレシピの理解度が半端無いしな」

 

その有様を見た若者が恐々と慄けば、果物を剥いている神族が悔し気に言う。

 

「わ、私の方が可愛いし」

「いや諦めろ、同じ神族にしてもモノが違い過ぎる」

 

有様を見る者が居れば、包丁を見る者も在る。

 

「そうか、後で水に晒すのなら水中で切っても同じ事なのか」

「大量生産に慣れてやがる、何者だあの神族」

 

鍋を振りながら語り合う料理人の狭間に、演台から演者の良く通る声が響いた。

 

―― 控えい控えい、このお方をどなたと心得る

 

盛り上がっていた観客は、最後の見せ場を前に固唾を飲んで見守りに移り、

途端に広場に静寂の間が訪れ、僅かな隙間に緊張感が生まれる。

 

「ところで新人、良い刻みっぷりだが名前は何てんだ」

 

良い刻みを見せていたのは作業用ハンドであり、板である。

 

操作能力を褒めた言葉ではあるのだが、半自動運転である事を知る者は居ない。

敢えて称賛を受けて言うならば、優れているのは刀工ではなくプログラミング能力か。

 

「アルちゃん様と呼ばれているぜー」

「度胸も良いな」

 

少女の物怖じのしない言動に、料理長は苦笑で返す。

 

演台は終には幕を迎え、板の上で胸を逸らす少女の元にも歓声が届いて、

そして無い胸を挟む両肩を、後ろからがしりと捕まえた人影が在った。

 

「私の姉ですから」

「あうち」

 

引き攣った笑みの青の大神であり、掴まれた少女はやべえと表情が物語る。

 

「あー、お頭、何か怖い単語が聞こえたんですが、その新人が何ですって」

 

歓声の残る広場で、鬼瓦が引き攣りながら問い掛ける。

 

「姉よ、長女よ、創世の大神よ、私が今夜の宴席に招いた主賓よ」

「うわやべッ」

 

怖すぎる返答に、料理長のみならず周囲の料理人までもが凍り付いた。

 

「と言うか姉さん、何で小神に偽装してまで船団員に混ざってるんですか」

 

神の格は、接続した世界に自らの支配権をどれだけ認めさせるかで判断される。

 

そして本来ならば魔素に対する影響力が最上位に設定されているはずのアルフライラは、

現在は全力で支配を放棄しており、港町は妹たちにされるがままの現状であった。

 

つまりは、自らを大神の支配に抗えない小神と偽装している状態である。

そんな有様の板神は、船団の何某と理解できる者や小神勢からはどう見えるか。

 

ああ、またアズラク様が何か拾ってきた、表情が語っていた内容はそんな感じ。

 

「いや何か尋ねたら制服渡されて、ココで玉葱刻めって言われたのだけど」

「それで素直に刻むなこの仕事中毒がああぁぁッ」

 

相手の勘違いに全力で乗る、むしろ積極的に勘違いさせていく。

無駄に愉快犯な長女に、三女はヘッドロックをかましながら絶叫したと言う。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。