砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-Ex 熱砂一番

紅に染まる砂はやがて色を失い、海原が闇に染まり青の宴席がはじまる。

 

日没を待たずして港町には篝火が焚かれ、音と光が飛び交っていた。

歌と踊りに騒ぎ料理は並び、大尽が持ち寄る面目が宴席に積み上げられる。

 

賓客からは贈物の名目で樽が置かれ、氷の入った麦茶が並々と湛えられている。

無作為に配られては、これが砂漠で昨今に有名な麦茶かとそれなりな好評であった。

 

そして宴席には船団より供出された山海の珍味が並び、宴席の客を悦ばせている。

物珍しそうに眺める通行の者に、振舞われるのは酢と油で和えた野菜の料理。

 

海水漬(マリネ)

 

「神国では、野菜を生で食べるのか」

 

その様な驚きを零しながら、口に運んでは味わいの中に在る水気に目を細める。

 

「ここらだと、生で食える野菜は胡瓜ぐらいじゃからな」

「胡瓜は果物よ」

 

宴席に客として在る博士が観察の感を述べれば、姫が軽く訂正を入れた。

 

「色鮮やかではあるが、豪勢と言う印象が無いな」

 

玉葱を口に運びながら剣士が言い、軽く笑いながら博士が補足する。

 

「帝国とは流儀が違うしのう、ここらで言う贅沢じゃとあのあたりか」

 

指し示す方に在ったのは、竈で焼き上げた大き目の肉の塊。

しかしその表面は香辛料で埋まり、肉の肌を僅かすら見せる事は無い。

 

「ああ、宴席でよく見る肉だ」

「落ち着くわねー」

 

主催者はこれだけの香辛料を使うことが出来る、ただそれだけを主張する肉であり、

帝国にてそれなりの立場に在る者の宴席では、定番と言って良い品目であった。

 

見ての通り、味が濃いのでそのままで食べる事は無い。

だいたいは軽く切って汁に混ぜるか、或いは薄く切ってパンに挟む。

 

見れば肉の横には大刀を構えた料理人が在り、焼き上げたパンに酪を塗っている。

そこへ萵苣菜などを一緒に挟んで提供するあたりが、青の神国の流儀であろうか。

 

「青の萵苣菜は、クセが無くて食べ易いのう」

 

語る内に博士が3人分を受け取りに行き、口に運んで軽く評する。

 

「わかりやすく美味い」

「野菜うまー」

 

そしてもそもそもと食を進め、一息をついて先程からの疑問を言の葉に乗せた。

 

「して、アルのやつは何処に居るのかの」

 

見渡せば獣神の席にも居らず、青の大神も姿を探しているのか見回している。

そんな折、頭痛を耐える様な表情の鬼瓦こと料理長が調理勢へと歩を進めた。

 

宴席の隅で目立たず、玉菜を刻んでいる料理人たちの中へ腕を突っ込み、

何か凄く見覚えの在る板神の首根っこを掴んで引きずり出す。

 

「ばーれーたーかー」

 

悪びれもせずに言う姿は、調理人の制服に身を包み、コック帽に付いた見習い印は

上から名誉調理神などと書かれた謎の札が貼りつけられて隠されていた。

 

あと何故か、右の二の腕のあたりに白い布が撒かれている。

 

「アルちゃん様、頑張れー」

「玉菜はもう大丈夫ですぅ」

 

玉菜を刻んでいる調理人から声援が挙がり、連行される神の後ろには板が憑いている。

 

「何でウチの船員を掌握してんの姉さんッ」

 

頭を抱えて叫ぶ青の大神の有様に、苦笑しか零せないいつもの3人。

 

「先日に作った顔見知りを見つけて話しかけ、そのままなし崩しに作業に入ったか」

「そもそも調理作業の気配に引かれて、のこのこと寄って行った感じじゃな」

 

「服装の時点で確信犯ね」

 

玉菜の千切り班の手が足りないとか昨日言っていたしと、姫が足す。

そして件の玉菜の千切りを挟んだパンに、魚の揚げ焼きを乗せながら見物が続いた。

 

「何か空気が変わったな」

「食材と香辛料が次々と運び込まれておるのう」

 

「粉に砕いたパンを纏わせてから白身魚を揚げているのね、凄い工夫だわ」

 

周囲の気配を伺う野郎2名と、我関せずと食に注目する若干1名。

そんな見物席から見えた光景は、板の前で指を差して宣言する青の大神であり。

 

「姉さん、いやアルフライラ」

 

接続された世界が、この場をアズラクの所有と認め宴席に圧力がかかる。

 

「今日こそ私は、貴女を越えるッ」

 

周囲の視線を集める中で宣言が広場に響き、次の瞬間、誰もが息を呑んだ。

 

支配権の簒奪。

 

世界がこの場の所有者をアルフライラと認め、全ての影響が解除された。

大神の神威すらも苦も無く捻じ伏せ、自らの物と化す絶対の神威。

 

突然に表れた脅威に、誰もが口を開く事も出来ずただ注視する。

その中で、当然の如くと上位者の傲慢を滲ませながら、板の上の少女は口を開いた。

 

「良いだろう、6千年の研鑽とやらを見せて貰おうか」

 

篝火に照らされた髪は月光を宿し、数多の視線の中で透明感の在る声色が響く。

 

「こうして見ると、アルのやつは間違いなく大神じゃな」

「戦線で見かけたら、脇目も降らずに逃げる算段をする類だな」

 

「玉菜の千切りうまー」

 

そしていつもの面々はいつも通りである。

獣神一派の席でも、特に騒ぐ事無く食事が続けられていた。

 

そんな有様に特に関わる事も無く、宴席の中央には様々な食材が持ち寄られる。

アズラクとアルフライラを挟んだ中央で、料理長が野菜を丸齧りして眉を顰めた。

 

そして後ろに立てかけられていた巻物の封が解かれ、中に書いていた文字が晒される。

 

―― カレー

 

かつて青の女神が創世神より授けられたと言う、伝説の料理の名。

衆目がその名を囁き合い、宴席が俄かに騒がしくなった。

 

「何かはじまったぞ」

「ぬう、これはもしやアレか、青の神国名物の料理対決じゃなッ」

 

そこで何の合の手も入らない事に気が付いた博士が振り向けば、席は空。

 

「マルジャーンは何処じゃ」

「ふむ、料理でも取りに行ったか」

 

言われ軽く見渡せば、遠くに焼いた白身魚に刃物を入れている見慣れた姿。

 

「焼いた粒芥子って、どうしてこんなに味わい深いのかしら」

 

審査員席とかかれた札の立つ席に、何か居た。

 

「ちゃっかり審査員席に座っておるーッ」

 

次いで席に在るのは獣神、それと港町の纏め役、伊達者の大商など若干名。

かの青の女神の料理が頂けるとはなどと、何かそれっぽい賛美を語っている。

 

「私はカレーには少しうるさくてですな」

「ほう、流石は大店を構えるだけはありますな」

 

「アズ姉さんのカレー好きー」

「うーん、期待が積み上げられていくわねー」

 

そんな審査員の目の前、臨時に設営されたキッチンコロシアムにて、

調理に関しその名を神話に残す大神姉妹が互いに包丁を構えた。

 

まあ長女側は包丁を構えているのは作業用ハンドであるが。

 

そして僅かの間、刹那、まな板を叩く軽快な音が響き渡った。

次々と切断される食材に、麻布の上に取り出され包まれる様々な香辛料。

 

玉葱を繊維に対し垂直に切る間に、布は叩きつけられ香辛料が配合される。

 

そして姉妹は、鏡映しの如く互いに玉葱を弱火にかけた。

 

玉葱を低温で加熱する事に因り、全体の7割を構成する水分が外に出る

 

それにより起こる、味の濃縮。

 

そして細胞壁は壊れ、糖や蛋白質、芳香性物質が酵素反応を起こす。

 

ここでアルフライラは、軽く一つまみの塩を入れた。

 

「何だ、味付けにしては少ない」

「何故に塩を入れたんだ」

 

「水を出すためか、それとも、いや何のために」

 

調理を見守る料理人たちが疑問を囁けば、少女は調理から目を逸らさずに答えた。

 

「塩を入れる事に因り、玉葱の細胞壁を構成しているペクチンが溶けやすくなる」

 

そして全ての工程は加速されると。

 

聞いた料理人は、細胞壁、そしてペクチンって何と言う、疑問の増えた顔。

それはともかくと、何か凄い事を言った雰囲気に呑まれ聴衆は盛り上がった。

 

そしてアズラクが玉葱を火から降ろし、次の工程に移っても

アルフライラはただひたすらに玉葱を炒め続けた。

 

「長い、いったいいつまで炒め続けるんだ」

 

注視する審査員が、緊張感を含んだ声でそれを評した。

 

そして玉葱は炒め続けられる、焦げ付かない様に、適宜に水を足しながら。

やがてショ糖が熱分解され、葡萄糖と果糖に分かれた。

 

「見ろ、玉葱が、まるで飴の様に」

 

繰り返されるメイラード反応が、玉葱の表面に独特の照りと艶を齎す。

熱に応え、どこまでも深みを増し続ける積層の玉葱、それを少女は語る。

 

「蕩ける舌触り、極限まで濃縮し昇華された甘味の玉葱」

 

そう、これこそが。

 

飴色玉葱(メイラードオニオン)

 

衝撃が宴席を貫いた。

 

しかし聴衆の勢いに抗う様に、青の女神が叫ぶ。

 

「見事ね姉さん、でも野菜の食感こそが青の誇りよッ」

 

言いながら、酪で炒めた小麦の上に香辛料をぶちまけた。

 

「かつて貴女に教わった、香辛料の黄金律」

 

絶対の比率で謳われたそれ、その中の自由に入れ替える事が許された

僅かな香辛料の隙間に、極限まで試行錯誤を繰り返した配合。

 

「それを36種の香辛料の組み合わせで作る、至高の黄金律」

 

そして大鍋にカレーペーストを溶かしながら宣言した。

 

「これこそが青のアズラク、至高のカレーよッ」

 

匂い立つ、香辛料の暴力的な香りが宴席を席捲する。

 

長い時間をかけて作られた至高の黄金律、この完成度を越えてくる事は

流石のアルフライラでも出来るはずが無いと、アズラクが、勝利を確信した。

 

そして姉の方を伺えば、青い顔をしている料理長。

 

何だ、姉は何をやった。

 

「蕃椒、使われている蕃椒が、アズラク様の物よりも遥かに多いッ」

 

細かいレシピを知るが故の、思わずと漏れた料理長の驚愕に、

アズラクの背に電撃が放たれたかの如き衝撃が在る。

 

何故、黄金律の一角を担う蕃椒(とうがらし)、それの比率を変えてしまうなどと。

 

しかしアルフライラは、静かに玉葱をカレーに変えながら口を開いた。

 

「黄金律は、ふたつ在る」

 

発言の衝撃が、再度に宴席を貫いた。

 

「貴女に教えた、万民の黄金律と対を成す配合」

 

アズラクよりも遥かに赤い、刺激の強いカレーの香りが宴席を侵略する。

 

「神代すら遠い遥か彼方で、かつて赤道直下に謳われた、灼熱の黄金律」

 

などと勿体ぶって言ってはいるが、要は南インドと北インドである。

 

「これこそは熱砂の象徴、灼熱のあるふカレーだあッ」

 

そして互いに煮込み時間に入った。

 

微妙な間を、芸人が歌ったり踊ったり、審査員が語ったりと持たせている。

その間も鍋を注視するアズラクと、パン生地を回し観衆にアピールするアルフライラ。

 

「アルの奴、全力で場を味方に引き入れに行っておるな」

「並ぶ者が居なかったが故か、アズラクはそこまで気が回らない様か」

 

盛り上がる場から一歩離れ、俯瞰した意見をいつもの面子が語る。

やがて料理が審査員席に運ばれ、雌雄が決する時が訪れた。

 

炊いたライスにカレーで煮込んだ豚肉の汁をかけた至高のカレーに、

赤く刺激的な香りで鶏肉を煮込み、発酵させた平パンを付けたあるふカレー。

 

「ふむ、ではまずは青の女神の至高のカレーから」

 

まずは禿頭の港町纏め役が口を開き、匙で掬ったライスを口にした。

 

途端、天の闇が晴れ世界に光があふれ出す。

 

厳かな讃美歌が天地に響く中、降臨した天使たちがその手に持った

豚肉と酪で審査員たちを優しく包み込み、母の如き温もりを与えてくる。

 

優しさ。

 

刺激の中に油で纏められた柔らかな味わいが、確かなそれを感じさせる。

肉と脂にくるまれながら、悦楽の表情で顔から様々な液体を垂れ流す一同。

 

そして気が付けば、纏め役の頭も毛髪に溢れふさふさとした姿を取り戻していた。

 

「き、奇跡だ」

「アレこそが至高、まさに青の女神の至高のカレー」

 

その有様に、聴衆は衝撃を受けて囁き合った。

 

やがて食べ終わり、慈悲と慈愛に溢れた聖人の如き雰囲気を醸し出す審査員たちが

改めて次の料理、灼熱のあるふカレーに手を付ける事になる。

 

4人の審査員が平パンを千切り、カレーに漬けて口に運び。

 

そして、僅かに時間が止まった。

 

次の瞬間、身体中のありとあらゆる穴から火焔が吹き出し絶叫が宴席に響く。

ふさふさとなった髪は一瞬で散り、その肌が篝火を受けて夜の闇を照らしている。

 

辛い、いや熱い。

 

極限の辛さを口に入れた4人の審査員は、行くあても無き無限の熱砂を彷徨い歩く。

灼熱の太陽が全身を灼き、熱せられた砂が足元からその身を焦がしていく。

 

「み、みず……」

 

渇きに耐え切れず堪らずと誰かが漏らした言葉に、砂が応えた。

砂中より噴出した甘露の激流に、審査員たちは呑み込まれ天空へと運ばれる。

 

「あ、甘いッ」

 

飲んだ水が甘い。

 

灼熱が去れば、そこにあったのは豊かな香辛料に包まれた酪と玉葱の甘味。

そして気が付けば旨味に逆らえぬ腕が、再度の灼熱を口に運ぶ。

 

熱い、冷たい、甘い、辛い、それはさながら幾度も繰り返される砂漠の無間地獄。

 

甘露に流され砂漠の天空に打ち上げられ、繰り返し太陽に焦がされ続ける審査員たち。

広大な香辛料の熱砂を縦横無尽に駆け回る甘露の水流滑動部(ウォータースライダー)

 

そして彼らと彼女の全身から噴き出ていた汗が、やがてさらさらとした物に変化する。

 

その干乾びた肌は瑞々しい物に変わり、照らされた禿頭はハゲしく光量を増す。

全身の筋肉が盛り上がり、顔つきが精悍な魅力溢れる物へと変わっていった。

 

突然の変貌に驚愕していた聴衆の中で、料理長が絞り出す様に言う。

 

身体毒素排出(デトックス)だ」

 

繰り返される熱と休息に、身体が毒素の排出を行ったのだと。

 

やがて食べ終わり、篝火に肉体美を照らされポーズを付ける3人の審査員。

4人目であった白猫獣神は、辛すぎたせいで途中でリタイアしている。

 

「カレーを知って、はじめて受け入れる事の出来る次世代のカレーか」

 

料理長の感嘆の言葉が、静かになった宴席に響いた。

 

「そんな、アズラク様が負けるなんて」

「いったいあの神族は何者なんだッ」

 

何かいつのまにか雰囲気が勝敗を決していた。

 

そして料理人たちの声に応える様に、アルフライラの右腕の布がずれ落ちる。

その下に在ったのは、古代文字の周りを龍が囲む何か凄くアレな紋章。

 

「あ、あれは、特級厨神の印ッ」

「まさか、あの方が初代特級厨神の……ッ」

 

そしてアズラクが膝をつく。

 

「私の負けね、姉さん」

 

言葉を受けたアルフライラは、穏やかな微笑を浮かべ暗闇の海面を見つめている。

 

「私は、黄金律に居ついて新たなる世界を探す事を怠ってしまった」

 

その様な心の差が、結果に表れたのだと語る。

ちなみにアビヤドはアズラクの方に票を入れている。

 

「何より、自らの料理に奢り、地域性、食べる人の事を見ていなかった」

 

涙ながらに語る妹に、姉は優しく微笑んで板の上で両手を広げる。

 

「アルフ姉さん……ッ」

 

育った妹が、痩せ細り小柄な姉に抱き留められる。

6千年の時を経て、姉妹の心が通じ合った瞬間であった。

 

「途中で正気に戻ったものの、収拾に困ったと言った所か」

「微笑みで全部誤魔化しに入ったな」

 

あまり通じて無かったかもしれない。

 

そんな光景を見て、審査員から分けて貰ったカレーをパンに付けて食べながら、

いつもの面々は身も蓋も無い感想を出していたと言う。

 

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