陽光が灼熱を生じる前には辿り着ける距離の、砂中に在る。
砂は朽ち果てた城壁に纏いつき、散見する植物の根元に溜まっている。
往時は盛んであったであろう城郭都市跡は、今に至れば見る影も無い。
かの美食団最後の地であり、美食の騎士の眠る墓所でもある。
その晩年を墓守として過ごした美食の猫も眠る土地であり、人気の観光地だ。
墓所の前、数年ごとに建て替えられる庵にはその猫獣人の石像が置かれており、
各国から訪れる観光客の供え物が積み重ねられている。
その像の前に、アルフライラは跪いていた。
「妹が本当にすいません」
何か凄く訴えている受難の猫獣人像に、物凄く良心が咎められたらしい。
「姉が本当に申し訳ありません」
隣に白猫獣神も跪いて頭を下げていた。
「いや姉さんもアビヤドも、第一声がそれってどういう事」
「凄いなこの彫刻、大神2柱に膝をつかせたぞ」
「常日頃にどれだけ苦労させられたか訴える、迫真の表情じゃな」
青の女神の嘆きが響き、開拓者の野郎2名が冷静に感想を述べる。
墓所から出てきた、身なりの良い観光客が何事かと奇異の視線を投げていた。
そんな些細なやり取りの後に、近くの廃墟で陽除けの支度をする。
いつもの開拓者組に獣神組、青の女神と料理長、それにオーク隊商。
それなりの大所帯が入るだけの、大き目の屋敷跡。
行きかう観光客も途絶える中天の頃合、影の中でアズラクは立ち上がった。
熱気に茹る視線を集める中、てやと一声をかけて床石を引っぺがす。
「あー、えーと、階段?」
アルフライラが目に映る光景を問い掛ければ、アズラクは軽く答える。
「大き目の屋敷は地下水道で繋がっているのよ、ここ」
そのままに誘われるままに降りれば、崩れかけた壁と流れる水。
船団員とオーク商人は代表のみが同行し、残りは廃屋敷の防衛にあたっている。
他は全員で移動しているので、かなりぞろぞろとした集団であった。
「神代末期、オークは突然現れたわ」
角灯が薄ぼんやりと水路を照らす中、青の大神が神代を語り出した。
「誰が何のために造ったのかは、まあ多分マリクかナハースあたりだろうけど」
そこで女神は首を捻る。
「いや、アフダルも怪しいわね」
「容疑者が全然絞れていない件」
不審者の列挙に、弟妹の教育をやはり間違えたかと遠い目をした姉の言。
そもそもに、語っているアズラクもまた容疑者の一角である。
「まあアレね、神話にオークの王と謳われた異形たち」
語り手は肩を竦めるも、薄闇の中で僅かに動いた気配としか伝わらない。
「存在するだけで、生成したばかりの魔素を食い尽くす化物」
静かな言葉に、追随しているオーク隊商頭の表情が引き締まった。
「何故か、まあそう造られたのだろうけど新人類と互換性があってね」
その様な気配を微塵も気にせず、淡々と神代の出来事は語られる。
「雌を捕まえては孕ませて、さくさくとオークが量産されたわ」
地獄絵図だったわーと笑いながら言う神に、ぬめぬめしてたかーと嘆息の創世神。
人の心のわからぬ2柱はともかく、他の者は皆が表情から血の気を失っている。
気が付けば歩む内に水回りの汚れも減り、壁の造りも変わっていた。
「そして世界は滅びに向かい、ザハブが凄く頑張った」
そしていきなり雑に終わった。
「まあそこらは、終わった後で本神に聞いたんだけど」
私が語る事ではないわねーと、手を振りながら言うアズラクの姿。
いつのまにか水路の光量は増え、朧とは言え遠くを見渡せるほどになっている。
「ここからは水路の流れに逆らって進むわ、逸れると罠が作動したりするわよ」
アルフライラが周囲を見渡せば、光源と成っているのは壁に埋め込まれた光る石。
「このあたりは、古代文明の遺跡じゃな」
「上に街を作ってたのよ、まあそれも昔の話になったけど」
疑問顔の板神を見て、博士が軽く問いを発せば大神が過去を軽く語る。
そして歩は進み、それにつれ光量は増して角灯の火が落とされた。
天井を支える巨大な石柱は太く、狭間から眩しいほどの光が差す。
周囲を見渡した板神が嘆息し、姫が継いだ。
「先に進むにつれ、綺麗と言うか丈夫そうと言うか」
「造りもどんどん大きくなってるわね」
大きく立ち並ぶ石柱は、近寄れば細かな装飾が為されているのが見て取れる。
そしてその微妙な凹凸が、強い光を拡散し若干に柔らかい物へと変えていた。
「古代文明は、時代を遡るにつれ技術が高くなるからのう」
「崩れているのが後期、綺麗なのが前期って感じよね」
「つまり、古い方向に向かっているのか」
口を開いているのはいつもの面子であり、他の面々は光景を前に呑まれている。
聞きながらアルフライラは通り過ぎる度の装飾を横目に流し、言葉を繋いだ。
「和洋と言うより、華洋折衷と言うべきかな」
大きく西洋風の造り、小さく東洋風の装飾、今はもう誰も理解できない違いが在る。
「ワヨウ・セッチュウ、古代文明でよく聞く様式じゃな」
博士が頷いて知識を晒せば、青の大神が神代の秘事を語る。
「姉さんが良く言っていたわね、面倒だからワヨウ・セッチュウでいいやって」
「うん、聞かなかった事にしよう」
人が知るべきでない事柄を知ってしまった者たちの視線から、創世神は逃げた。
そしてまた別の、知るべきでない事柄を得た豚人の頭領が静かに問う。
「俺たちは、いったい何なんですかい」
アズラクは平坦な声で答える。
「世界の敵、存在してはいけない物」
アルフライラは首を捻る。
「それなのに青の神国は、比較的オークに優しいんだね」
言葉に固まった集団が板神の言を受け、青の大神へと視線を集める。
問われる視線を受けた神は、軽く視線を逸らして呻いてから口を開いた。
「美食団ってあるじゃない、私が建国前に連れていたって言われている」
球体から解放された後、食べ歩きをしていた時に知り合った騎士を連れ歩く。
いつのまにか拾った猫獣人と3人で、世界の果てまで歩き続けた。
「神国の建国前、諸王国より遥かに前の戦乱の時代じゃな」
「戦乱とは言うけど、まあそんな世界中で争ってたわけではなかったわね」
どこかで誰かが覇を唱え、小競り合いが起こされ続けていただけと語る。
「要は大国が無かったから、便宜上で戦乱と言っているだけかしら」
そして小さい都市国家に属していた騎士が、亡国の果てに神の同行者と成る。
演目に謳われる内容であり、後に美食の騎士と呼ばれた誰か。
「彼は、オークだったわ」
特に感情の籠らない声が、静かに水路に響いた。
「まさか、実在した、のか、秘術人間化身」
オーク族の絞り出す様な驚愕の言葉に、大神は首を振り軽く補足する。
「それはわからない、単にヒトの特徴が強く出ただけかもしれないし」
「要は何か、普通にありえる話っぽいのかー」
妹の言葉に、しみじみと要点だけを見る姉の言葉。
「この水路の奥で、彼の出生を知った」
語り手は歩む先に視線を向け、淡々と続けた。
「アズ姉さん……」
その心の内を慮って、獣神が声を掛けるも言葉が続かない。
そんな妹の思いに軽く口元をほころばせて、姉は軽い口調で言葉を紡いだ。
「いやまあ脳髄再生しちゃったから、もう記録でしか知らないんだけど」
てへりと音が聞こえてきそうな笑顔に、方向を失ったアビヤドが頭から柱に突っ込んだ。
壊れるはずのない古代文明初期の石柱に、びしりと音を立てて亀裂が走る。
「つまり、当時の私が何をしたにしても今の私は無実と言う事よ」
さりげなく足された猫獣人が草葉の陰で絶叫しそうな発言に、長女が頷いて宣言。
「アビヤド、後でこの馬鹿あの像の前で土下座させるから」
「了解です」
「姉妹に対する優しさが皆無過ぎないかしらッ」
長女は生命力が無さ過ぎるので、実務は獣神の役割であった。
そして終に、水路の終焉へと一行は辿り着く。
水路脇の広場に、辰砂に飾られた石造りの兵士たちが守る巨大な扉。
そこには巨大な獣の顔が彫り込まれ、周囲の光を受け影を作っている。
曲がった角に巨大な瞳、獣の牙を持つ怪物の意匠。
「オーク王の文様だ」
異様な風景が齎す静寂の中に、オーク族の呟きが響いた。
「神代ではこの奥に、オーク王の拠点が在ったわ」
呟きを拾うかの様に、アズラクが扉を指し示しながら言葉を繋ぐ。
そして軽く姉に視線をやって、静かに語った。
「先史時代の遺跡、私たちでは開ける事が出来なかった」
アルフライラは、感情の抜け落ちた顔のまま無言。
「後の文明もそうだったみたいでね、こうやって封じて隠すので精一杯」
視線を切った青の大神が語り続ければ、博士が扉に刻まれた文言を読み上げた。
「貪る獣を神に封じ此処に祀る」
見渡せば、兵士の石像の脇に様々な供物の彫刻が為されている。
その狭間をアズラクはうろうろと歩き回り、そして最後に首を捻った。
「誰かがどうにかして開けたのかと思ったのだけど」
そもそも誰かが立ち入った痕跡すらも無いと。
「他に入り口が在るんじゃないかな」
疑問に訪れた静寂に、静かにアルフライラの言葉が響いた。
「この立派な門は後の時代に造られたもので、中身が正門とは限らないよね」
そもそも出入り口がひとつとも限らない、そんな考察を言の葉に乗せる。
「何か根拠が在るの、姉さん」
「だって、港で水の流れが変わっていたし」
提示された疑問と根拠、それらが青の大神に頭を抱えさせた。
水源から港に至るまでの地下水道、それのどこかに何かが起こっていたと。
それはつまり、捜索範囲の拡大であり美食船団の調査期間の延長でもある。
「うあうああぁぁ、予算がぁ、物資がああぁぁ」
「あ、アズ姉さん頑張って」
「我らも合力致しますが故ッ」
沈み込む青の大神に、慌てた様相の獣神の一党が言葉をかける。
豚人もそれに加わりやがて、良し切り替えたと叫んだ神が勢いよく立ち上がる。
とりあえず帰るわよーと元気な叫びが水路に響くも、アルフライラの視線は扉。
「アルよ、何ぞ気になる事でもあるのかの」
有様に気付いた博士が問えば、静かに少女は答えた。
「饕餮文様」
オーク王の装飾は、かつてそう呼ばれていたと。
それは何かと問う前に、淡々と言葉は紡がれる。
「財を貪る者が饕、食を貪る者が餮」
感情の籠らない、無機質な言葉の連なりが薄明に静かに響いた。
「合わせ示すは貪る獣、世の全てを喰らい尽くし、終には自らすらも喰い尽くす」
そして視線を切り、最後の言葉が口から紡がれる。
「後には何も残らない」
遺跡はただ静かに、そこに在り続けた。