砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

5 / 217
01-Ex 博士の考察

 

冷え込んだ空気が肌を刺す。

闇色の砂が星の光を受け、砂丘の形を浮かび上がらせている。

 

【挿絵表示】

 

そっと息を吐けば白く蒸気。

 

吹く風に崩れる砂、遠く狂神の響きが在れば近くに駱駝の鼾。

 

意外に夜の砂漠は騒々しい。

 

夜半への行軍も済み、二人の女性も寝静まったそんな深夜の底で、

少し離れ夜番に起きていた相方の剣士を見つけ、近付いた。

 

サフラ、と名を呼ぶ。

 

そろそろ交代じゃと声を掛け、湯で溶いた乾酪を渡す。

 

乳の乳清を取り、残った酪を乾燥、岩塩で固めたものが砂漠の乾酪となる。

湯で溶くも良し、煮込みの味に付けるも良しとの万能性を誇る。

 

「アレ、何なんだろうな」

 

言葉少ない問いかけが在った。

 

「さて、神族なのは間違いないじゃろうが」

 

座り込み、自分の分の酪湯に口を付けながら答える。

 

「間違いない、と言うほどの根拠が在ったか?」

「美しいじゃろう」

 

根拠と言うには浪漫溢れる言葉に、少しばかりの静寂が訪れた。

静寂の合間に、狂神の響きと駱駝の鼾が木霊する。

 

「美と言う物は文化によって変わる物でな」

 

一息を入れて語る。

 

日に焼けた肉体の強さを魅力とする部族、日に焼けぬ白い肌を貴重とする部族、

様々な文化でその文化に沿った美醜の基準が在ると語った。

 

「太ってない商人なんか魅力も信用も無いって感じか」

「まあそんな感じじゃな、別の地域では太さは自堕落の象徴と忌み嫌われたりの」

 

「そして全体的に共通の傾向で言えば、大神こそが人々の美の基準となる」

 

詰まる所、神が美しい姿を持つのではなく

神の姿こそが美しいとする基準で文明が発達してきたのだと。

 

「ゆえに我らが美しい、過ぎると感じるのならばそれは神族の疑いが強い」

 

言葉に、そっと互いの脳裏に淡雪の肌と月の髪色の少女の姿が思い起こされる。

 

「確かに、過ぎるな」

「いつぞやの小神などと比べ物にならぬ美の化身が、神族で無い方が驚きじゃな」

 

ずずいと湯を呑み進めながら言葉を積んだ。

 

「あれだけ外見の格が違うのなら、大神かと疑えるか」

「いや、大神にしては能力が低すぎる」

 

人の魔術師としては破格じゃが、神としては話にならんと繋いだ。

水を呼ぶも、一晩もかけて溜め池一つ分しか作れない程度の能力。

 

何より、飯を食うだけで死にかける極端な虚弱体質。

 

「青の女王ならば腕の一振りで国を沈めるほどじゃのにな」

「心底、関わり合いに成りたくない話だ」

 

そう言う意味での厄ネタが、今まさに近くの板の上で寝息を立てている。

 

「まあ古代神、青の系譜あたりに連なる従属神、または小神と言ったところか」

 

魔素の使い方が独特過ぎるから、少しばかり判断に悩むがと。

 

「独特」

「魔法ではなく、魔素を直で水にしておる様な感じじゃったな」

 

冷え込んだ空気の中、湯が尽きる頃合まで会話を繋げたが、

まだ何やら疑問顔の大男に、まだ何かあるのかと問いが在る。

 

聞かれた者は、僅かばかりに言いよどみ、自らの両腕を眺めながら口を開いた。

 

「柔らかくて、良い匂いがしたんだ」

 

死体もどきを板上に放り込んだ時の話らしい。

聞かされた問い手は眉間を抑えながら呆れた声色を紡ぐ。

 

「何を初心な小僧みたいな事を」

「あ、いや、そうじゃなくて」

 

何やら女を買いに行った事も無い駆け出しの様な発言だったと、

慌てて言わんとする事を伝えようと言葉を重ねる。

 

「髪が、柔らかくて良い匂いだったんだ」

「髪が、良い匂いじゃと」

 

ようやくに驚きが在った。

変態かと聞かれ、そうじゃねえと重ねて否定。

 

「おかしいよな、女の髪って便所のすえた臭いがするものだよな」

「う、うむ、よほどの高級娼婦ですら髪の臭いは嗅げたものでは無いがの」

 

世間一般の常識である、ぶっちゃけ男の髪も普通に酷い。

 

そのえげつない臭いをどのように美化して語るかが

巷を回る吟遊詩人の腕の見せ所などと言われている。

 

「あ、洗って香油を付けておるのではないのか、そういう民族も居るらしいぞ」

「いや、何かうまく言えないけど油じゃない、花みたいな柔らかい香りだった」

 

香油、髪の臭いを誤魔化すために頻繁に使われるマストアイテムである。

 

「もしや、上位神なのか」

「上位の神族って髪が良い匂いなのか」

 

騒々しい砂漠の雑音の横で、何が何だかわからない疑問が結論となる夜だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。