旭日が海面を染め、東雲が砂を飾る。
やがて朝凪が絶える頃合に、海原を風が渡って来た。
陽光に暖められた砂に海上の空気が流れ込み、海岸の砂丘を下げる。
夕凪より後に海へと寄せられ断崖と成っていた砂は、崩れ風に飛んだ。
そして砂丘の上で仁王立ちしていたアルフライラも、コロコロと転がされる。
「のわー」
すかさず後を追って砂壁を滑り落ちる剣士サフラが首根っこを引っ掴み、
後ろも見ずに放り投げれば、的確に板が拾う、そこはかとなく雑に。
板上で数度バウンドした少女は、横たわって煙を吹いた。
本日の創世の大神、海風に敗北す。
「何故、無謀に板から降りて死にかけるのか」
すっかりと大神放り込み係が板についてきた剣士がボヤいた。
まあ正直、放置しても死にかけの物体が不気味に蠢いて板の上に乗り上げ、
そのうち勝手に蘇生するのだろうが、時間の無駄が甚だしいとの判断である。
「姉さん、神代では常時生命維持装置を装着していたから」
転がる大神を追いかけてきた、青の大神が遠い目をして補足を入れた。
実はアルフライラは、自分の身体の限界を感覚として理解できていない。
頭では理解してはいるのだが、行動選択の端々に雑な所が残っている。
具体的に言えば、21世紀日本の黄色人種な感覚で陽光に肌を晒す。
生前ならば何の問題も無かったであろう、しかし現在ではただの自殺である。
そんな粗忽な少女の周囲には、肉片が散らばり体液が砂の色を変えていた。
魔素の流れにおびき寄せられ、中心と成っているアルフライラを捕食せんと迫った
原初に近いオークたちの慣れの果てであり、排除すべき化生の類だったもの。
ひとしきりに砂漠へ異臭を撒き散らす内、やがて陽も昇りきり朝に至る。
間引きと言うよりは駆除に近く、今は港町の戦力の全てが砂の上に集い、
続々と海面から姿を見せる怪物たちを、その腕で物体へと変えている作業の最中。
ふと、煙を吹かなくなった少女の周囲の景色が歪み、砂が舞った。
「ふッ」
板の上で横たわるだらけ神の横で、青の大神が鋭く息を吹けば破裂音。
殻に包まれた触腕を持つ、巨大な水母の如き化生がその姿を見せ、
身体内部の水分に弾かれた様にその身を破裂させた。
砂の上に、形容しがたい色合いの粘液が飛び散る。
それは、連続した。
幾つもの空中に浮かぶ水母が破裂して、その身を砂の上に落とす。
大神姉妹の周囲に放射状に撒き散らされた粘液の向こうで、汁が空中に浮かぶ。
掛かった液体が朧にその姿を模れば、それは擬態を解き砂の上に身を現した。
背に幾つもの棘を背負い、数多の触腕が蠢く巨大な肉の塊。
「やっぱ出たわね、体液操作できないほどの知能持ち」
アズラクが舌打ちをして語れば、アルフライラが無言で障壁の中から革袋を渡す。
姉の差し入れを妹が受け取れば、革袋の中の水が空中で踊り出す。
「世代が結構進んでいるって事は、もうあまり猶予は無いかな」
「犠牲になった人間たちから、完全な陸生を獲得するのも目前よね」
踊る水が矢継ぎ早に振るわれる触腕を打ち払い、時折に切り捨てる。
その横で剣士が大剣を抜き、身体の正面、足元に刃を置いた構えから、
踏み込みとは異なる方向へ、持ち上げる様な剣閃で打ち払う。
音は続き、神は呑気に口を開いた。
「魚類を経由していないから、人型には成りそうにないのは救いかな」
「魔素枯渇で近海の魚は絶えているのが、良かったのか悪かったのか」
水撃で怪物を押し込み、少しづつ距離を開けながらアズラクが首を捻った。
「と言うか、何で魚類」
「水中を泳ぐに適した左右対称の身体、後に四肢と成る前後の鰭」
遥かな古代に陸上に生を見出した魚類、陸上生物の祖先にあたるそれ。
その肉体的特徴は、後の人類を含めた陸上生物全てに継承されている。
「陸上生物が四肢を持つのは、鰭四枚の魚類が進化の根源だからだよ」
逆に言えば、魚類を経由しない陸上生物は人型とは違った形質に成る。
「元が鰭6枚の魚とかだったらどうなっていたのかしら」
「腕4本マンとかが人間として生きていたんじゃないかな」
体液が飛び散り、異臭が充満する世界で呑気な姉妹の会話は続く。
「あー、姉さん、もしかして有翼人やドラゴンとかの四肢と翼を持つ生き物って」
「初期に6枚魚に欲情したオークの末裔かもしれない」
真面目な顔で、何か凄く馬鹿っぽい考察を口にする創世神。
あるいは爺婆どもが何か浪漫を暴走させたかと苦笑して、ふと真顔で聞き返す。
「と言うか、ドラゴンって居るの」
「居ますわ」
さらりと答える世界を踏破した大神。
「さて、潰しても被害が来ないだけの距離は確保できましたわね」
「アイオーンでプチッと行こうか?」
「破壊力過多は黙ってすっこんでいてくださりやがれい」
新しい入り江を作って良いかと聞かれた妹は、言葉遣いを混乱させながら拒否。
そして青の大神は続いて剣士に下がる様に指示を出し、その腕を振り上げる。
「水術、ミーゾ ――」
刹那、横から砂を吹き飛ばしながら人型の魔素が槍の如くと突っ込んできた。
「獣神必殺、まっすぐいってぶんなぐーるッ」
猫の如く尋常ならざる加速で瞬間的に最高速に達した獣の神は、
しっかりと腰を回し振り抜いた拳を異形の生物に余さず叩き込む。
爆発した様な、爆ぜる音。
へし折れる余地も無く叩き潰された胴体部に引かれる様に、
全身を引き千切られながら粉微塵と成り吹き飛ばされる棘持ち化生。
そのまま海岸沿いの砂丘に散弾と化して叩きつけられて。
丘が、消えた。
「姉様たち、ご無事ですかッ」
無駄に見通しの良くなった砂地で、アビヤドは振り返り姉たちに声を掛けた。
「あああ、6千年ぶりの姉さん直伝水術お披露目機会がああああぁぁ」
「うーん、これは見事な環境破壊」
とても微妙な反応に白猫は少し固まり、そっと自分の後ろに視線を戻す。
そこには砂丘は無く、どこまでも青く広大な海原。
無言の世界を、海風だけが通り抜けた。
「よし、見なかった事にしよう」
すぱこんと、白い妹の後頭部を青い姉がシバく。
そしてわらわらと砂坂を降り、集まってくる獣人、豚人、料理人。
手には様々な獲物を持ち、肉片と体液がそこかしこを汚し灼いている。
「うわ、とりあえず海水で洗うから並びなさーい」
そして獣神と青神が少し慌てた様相で集団に走り寄り、板と剣士が残された。
「水、貰えるか」
「あるふ水流ぅ」
静かな会話と、水の流れる音が砂の上に消える。
「何か気になる事でもあるのか」
「いや、人里にへばりつく様に生きているなと思って」
軽い疑問の言葉に、アルフライラは海原に視線を流しながら、静かに応える。
「せっかくの、呪われてまで押し付けられた自由だと言うのに」
砂丘に開いた穴で、風が音を立てながら砂を崩していた。