砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

54 / 217
Ex-08 鋼蟹逃避行

 

穴居人集落は鍛冶の里であり、かつての隠れ里である。

小さな港を囲む様に岩山の聳える陸の孤島であり、岸壁に穴を掘り隠れ住んでいる。

 

陸路は唯一隧道が在るのだが、その通行は日替わりの一方通行であり、

入り口には門番が立ち、日取りが合わなかった旅人は手前の広場で夜を明かす。

 

やがて広場には様々な者が集まり、個々に集団を作り身を休めていた。

そして岩山と岩砂漠の狭間に夜が訪れ、篝火が焚かれる広場に吟遊詩人が謳う。

 

ウルの牙を名乗る犬狼の若者が、望まぬ婚姻を果たした姫を救い出す物語。

佳境の時計塔の決戦場にて、伯爵の手勢に向けて閃く神刀スガリ・マール。

 

朗々と響く物語りに、酒精の混ざる喝采が疎らにあがった。

 

首狩丸の入手時期を見れば、明らかに時系列がおかしいが言わぬが華と言う物。

ちなみに以前にこの物語で閃いていたのは、砂漠でへし折れた神斬りの霊剣である。

 

「あああああぁぁ」

 

そしてその段を聞いて、姫の大神エミーラは頭を抱えて呻いていた。

周囲の視線を僅かに集めた玉座の上で転がる少女神に、ジャルニートが問う。

 

「えーと、エミーラ様いきなり何です」

「神代でお姉さまにあれほど欲しいと強請った首狩丸が人の手にいいいぃぃ」

 

何か変な角度からカフラマーンが妬みと嫉みを買っていた。

 

「その刀って、そんなに凄い代物なんですか」

「お姉さまと旧神のお爺様が一切自重せずに作った質実剛健の極致ですわよッ」

 

知る者が聞けば、厄ネタの臭いしかしないと冷や汗を流す組み合わせである。

 

「いやエミーラ様、貰った所で使う機会無いでしょ普通は」

「収集は使うためのものではありませんわ」

 

飾るだけで気が済む性格ならば、アイオーンに戦闘能力は付かなかった。

実物大ブンドドへ浪漫を見出さない者にロボ部は厳しいのだ。

 

「ゴネたら代わりに、お姉さま製三種のネタ神器を頂きましたけど」

「三種と神器の間に何か変な単語が挟まってませんか」

 

などと語り合う内に物語も終焉に近く。

 

―― おのれ卑しい獣人風情が、まんまと盗んでいきおって

―― あの方は、何も盗んでなどおりません

 

「あー、何か昔にお姉さまに寝物語で語って貰った覚えがある展開ですわ」

「神代からずっと使われてんですねえ、この物語」

 

―― いいえ、彼奴はとんでもない物を盗んでいきました

 

言葉に救われた姫が身構えと謳い、篝火に照らされた弦がひとつ鳴る。

 

―― 貴女の、心です

 

幕、喝采とおひねりが飛び、詩人が礼を見せて銅片を拾い集めた。

 

「そう言えば、黒の神国にも神族は居るのだし追手が砂漠を越えませんかね」

 

焦麦砂漠を越えて穴居人自治区まで一直線、未だ誰も追いつかず。

とは言えこうして通行を待つ間にも差は縮まり続けており、油断は出来ない。

 

そもそも焦麦砂漠は、どれほどに通行を阻害してくれるのだろうかと。

 

「水神や砂神と様々が居ますけど、まあ越える事が出来るのは極少数でしょうね」

「やっぱ居るんですか、と言うか何で少数なんです」

 

物語も終わり詩人も交代し、篝火の広場には旋律が流れている。

 

「小神の権能は、接続した世界のどこをどれだけ保有したかで決まりますわ」

 

しかしその、接続した世界とはどの様な物であろうか。

 

世界の所有権は基本的に創世10神の物であり、故に小神は2種に分かれる。

大神の保有する世界を貸し与えられるか、管理の届かない部分を勝手に使うか。

 

なお、本来ならば権利の無いザハブとナハースが神国として保有している世界は、

それぞれ妃の大神マリカと王子の大神エミールの世界を継承したものである。

 

「従属神と野良神の違いですわね」

 

まあ大神も全否定ではなく、問題無い範囲なら普通に解放していますがと補足。

 

「あー、ウチの神族が他国で微妙なのは」

「わざわざ敵対勢力の権能を認める理由はありませんもの」

 

故に神国は守るに易し攻めるに難し、国外では従属神の権能は著しく制限される。

 

「つまるところ神国の勢力争いは、大神の所有権の奪い合いなんですのよ」

「ああ、だからウチの勢力が小さめで、黒がやたらと……」

 

そこでジャルニートが、何か嫌な事に気が付いた顔色を見せる。

 

「私の分の世界が流出したわけですから、黒の神国は大騒ぎでしょうね」

「うわあああああぁぁ、そりゃ全力で追手もかかるわ此畜生ーッ」

 

ころころと哂う姫の大神に、頭を抱える神殿戦士。

 

「そして現時点で砂漠地帯は、アルフライラお姉さまの所有になっていますわ」

 

大神が直で姿を見せない限り、一切の干渉が出来ない極限の聖域。

 

「アルちゃん様が神族の権能を制限してるわけね」

「元から住み着いてる、野良な小神の方々は無制限みたいですけど」

 

余所の大神の都合は一切のそれを認めないと、静かに締めた。

 

「無法地帯だった帝国が、アルちゃん様の加護で神国みたいになったのか」

「と言うか話を聞くに、アビヤドお姉さまが落ち着くまでの制限みたいですわね」

 

最終的に帝国は、獣神国としての加護に移行するだろうとエミーラが予想する。

 

「これは帰国したら、獣人勢力に気を遣う方向かな」

「黒の神国は排他してますからねえ、帝国との仲が一層に冷え込みそうですわ」

 

僅かにしみじみとした空気が漂い、そして話が最初に戻される。

 

「神族が大挙して追いかけて来れないのは理解しましたが、例外は在ると」

「ええ、私の様に大神が直接干渉して無理を通すか、現地の小神を頼るか」

 

そしてエミーラはひとつひとつ、焦麦砂漠を越える方法を挙げる。

 

「活性化した肉体と自身の能力と根性で無理に渡ってくるか」

「あれ、何か普通に脳味噌筋肉」

 

玉座も無しにそれをできる神族って居るんですかと聞けば、首を傾げ応え。

 

「高位従属神、特に古代神あたりならいけそうですわ」

「普通に強敵が追ってくるって事じゃないですか嫌だー」

 

気が付けば夜も深く、詩歌の合間に里へと帰還した穴居人たちが集まり、

穴居人の伝承に残る単眼の鍛冶神、タイタン・ボウの賛歌が篝火周りに響く。

 

「鍛冶神タイタンって居たんですか」

 

穴居人の伝承に記された名であるが、神国の記録には残っていない。

曖昧な空気のままに問い掛けられた大神は、知らないけどと断り言葉を紡ぐ。

 

「そう呼ばれた物が、過去に在ったのかもしれませんわね」

 

そう言って玉座に横たわり、歌声を聞き流しながらエミーラは身を休めた。

ジャルニートも静かに布を身に纏い、座り込んだ姿勢で軽く目を閉じる。

 

そして夜も更けて。

 

やがて東雲が空を染め、されど日輪は未だ姿を見せず。

 

―― 永遠の歓びをふいにする者は 我が身を欺き虹の上に楼閣を築く

―― やがて虹が消えれば その者はどこに自分の家があるのかわからない

 

寝ずの宴を続けていた篝火にて、美貌の詩人が静かな声で謳っている。

 

―― 此の世に在って私は自分が何者であるか 自分でもわからない

―― そう自分でもわからない 私は何者であり私は何処へ行くべきか

 

謳いながら詩人は歩を進め、篝火を背に玉座へと近付いてくる。

 

―― 此の世は総じて何をしているか 年経るほどに世界は悪くなる

 

横たわる大神が軽く瞼を開ければ、神殿戦士は片目を一度だけ開けた。

 

―― 長い間変わりなく永続するものは 現世では何一つ創られていない

 

ふたりの前にまで至った詩人は、両の手を広げ歌を止めた。

 

「探しましたよ、エミーラお嬢さぶべらッ」

 

抜き打ちであった。

 

ペコッと可愛らしい音がして、話しかけた詩人が縦に3回転して吹き飛んでいく。

 

玉座から引き抜いた巨大な槌、その頭は黄色く蛇腹で構成されており、

柄の根元には星の模様が入った真球の宝玉があしらわれている。

 

端的に言えば、ピコピコハンマーであった。

 

「三種のネタ神器の壱、夢のトンカチ『熱海』ですわッ」

「間抜けな音なのに何か凄く酷い制圧力ッ」

 

ちなみの残り弐つは、愛の番傘鬼怒川と希望の弓矢草津である。

ともあれ、とるもとりあえずの逃走に移る大神一行。

 

「エミーラ様、黒の勢力に歯向かえないんじゃなかったんですかッ」

「ふふふ、このトンカチはお姉さまが全力で加護を込めた、ツッコミ専用ですわッ」

 

使用者と対象の安全に限界まで気を遣っているので、攻撃判定されないらしい。

 

そして朝焼けの下、街道を走れば突然に山羊の行列が逃亡者の行く手を塞ぐ。

山羊の放牧に行き当たったかと思えば、その内の一匹が突然に立ち上がる。

 

「逃がしませんぞエミーラ様ッ」

 

ああ何という事か、怪人が山羊の毛皮に身を包み四つ足で這っていたのだ。

 

「ただの山羊だと思ってすっかり騙されましたわッ」

「いや無理が在りませんそれッ」

 

手を伸ばす山羊男を、ジャルニートが受け取った熱海で殴り飛ばす。

吹き飛ぶ怪人を尻目に、山羊を掻き分け街道を一目散に疾駆する。

 

山羊の行列が遥か後ろになう岩肌の近く、歩を緩め神殿戦士が息を整える。

周囲は人影も疎ら、そして街道の真ん中に突然に何某かの神像が設置されていた。

 

「あら、誰の像かしら」

「目が二つあるし、タイタン・ボウでは無いみたいですね」

 

言葉を発した二人に向け、像の瞳がギョロリと動き体の向きを変える。

おお何という事か、怪人は身体に石膏を塗り石像に変装していたのだ。

 

「ただの石像と思ったら、何という変装術ですのッ」

「いやだから無理が在りますよねッ」

 

路を遮る様に立った石膏怪人に、無言で夢のトンカチを構えるジャルニート。

 

「いやそれやめてください、話が進まないでしょう」

 

両手を挙げてじりじりと下がる石膏と、じりじりと間合いを測る赤毛の剣士。

その様な有様に、少し離れた姫の大神は静かな声色で宣言した。

 

「お姉さまはかつて言いましたわ」

 

そして玉座の上で拳を握り親指を立て、そのまま下に向ける。

 

「とりあえずぶっ飛ばす、話はそれから聞いてやる、気がしない事も無い」

 

そしてペコンと間抜けな音が響き宙を舞う石膏怪人。

 

「エミーラ様に悪影響を与えやがってあの邪神ーッ」

 

しかし怪人はそのまま宙で回転し、着地した地面を手と足で回しさらに宙に踊る。

 

天高く躍り上がった怪人は大振りのマントを広げ、いつの間にか立ち込めた霧の中、

空中を足場にしっかりと踏みしめ、遥か高みから笑い声を響かせた。

 

「いやあれ、いったい何なんです」

「20の顔を持つと謳われた変装術の大家、黒の神国上位に位置する古代神」

 

やがて怪人の足元の霧に、恐ろし気な顔の怪物の姿が映し出される。

 

「貴方まで私を追うのですね、アシュラーフ」

 

ちなみに街道の横に、煙幕の発生装置と怪物の絵が描かれた硝子板へ、

裏から光をあてている黒子が居るが、黒子なのでそれらは無かった事にしておく。

 

「貴女の騎士アシュラーフはもう居ません」

 

気が付けば怪物の上に在る怪人は石膏を落とし、その神族の美貌を隠す様な

黒い覆面と黒いマント、黒い鯰髭に黒装束と黒尽くしな格好で宣言した。

 

【挿絵表示】

 

「今の私が名乗るのならば、そう、怪神二十面相ッ」

「鯰髭が似合ってませんわーッ」

 

間髪入れないエミーラの初手精神攻撃が決まり、二十面相は仰け反った。

覆面の下からでもわかる精悍かつ優し気な神族の美貌に、確かに鯰髭は無い。

 

「とりあえず逃げますわよッ」

「いいえ、もう逃げられませんぞエミーラお嬢様ッ」

 

高く、重苦しい質量が起動した駆動音が響く。

 

「かつてナハースめにデミウルゴスは奪われましたが」

 

気が付けば煙幕も晴れ、二十面相の足元に在るのは布が掛けられた巨大な物体。

 

「その折に様々な知識、アルコーンを構成する技術を僅かとはいえ我らも得たのです」

 

布がはがれ、旭日に照らされたのは鋼の巨体。

六本の脚を持ち、鉄と黄色い塗装の外殻を纏う潰れた蟹人間のようなフォルム。

 

「旧神を経て、大神を過ぎ、神と人の、人に因る人造のアルコーン」

 

その頭部にあたる部分に在るディスプレイに、二つの輝く瞳が表示された。

 

「これぞ黒の神国が誇るべき新たなる力、人造天使ガブリエルッ」

 

【挿絵表示】

 

声に応える様に、円柱を割ったかの如き爪を持ち上げ駆動させる人造天使。

 

「これで例えアルムピアエールを喚んだとしても、手向かえぬ以上はただの置物ッ」

 

前には鋼の人造天使、後ろにはひたすらに続く岸壁。

 

黒子に率いられた小神数名がガブリエルの足元から乗り込み始め、

やがてギシギシと音を立て鋼の脚が大地を歩み始めた。

 

エミーラとジャルニートが、終に命運尽き果てたその時。

 

「はい、本日の通行はじまりまーす」

「あ、通りますわー」

 

隧道が開き、穴居人の声に応える様に無言で全力ダッシュのジャルニート。

小脇にはエミーラを抱え、速度についてこれない玉座が後ろから追いすがってくる。

 

古代遺跡を再利用した隧道は、馬車道と歩道に分かれそれなりの広さを持つ。

馬車道には2本の鉄の道が埋め込まれ、石畳との隙間には砂が詰められていた。

 

【挿絵表示】

 

そんな古代文明の光る石に照らされた隧道を、爆走する神殿戦士と荷物。

 

「え、あれ」

 

やがて天使が音を立てて岸壁に至り、心もとない声色で二十面相が穴居人に問う。

 

「通れますか、ね」

「いや常識で考えようよ黒尽くめのお兄さん」

 

明らかに、隧道よりも大きい鋼の蟹である。

 

「結構な大物や馬車も通るけどね、流石にその幅と高さは無いわあ」

 

隧道番の穴居人の言葉に、黒尽くめは天を仰ぎ嘆息する。

 

「ですよねー」

 

気が付けば旭日も上がりきり、岩砂漠に朝が訪れていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。