砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Ex-09 単眼迎撃行

 

隧道を抜けたら岩壁であった。

 

岩山から流れる水が海原に注がれ、河口を囲む様に岩肌が聳える。

山裾に向かって何段もの折れ曲がる道が重なり、そこかしこに階段が在った。

 

山肌には幾つもの洞窟が掘られ、天に向かう通期孔からは今も煙が立ち昇る。

 

石灰色の石質は柔らかく、それでいて外気に触れると硬化する性質を持っており、

古代の穴居人たちが岩中を隠れ住む場所と選択した理由のひとつである。

 

かつては隧道のみが交通手段の隠れ里であったが、帝国自治区として表舞台に出た後、

港湾が整備されてからは海路が主要な交通と化し、それなりの交易が行われている。

 

穴居人(ドワーフ)自治区。

 

背が低く、硬そうな身体つきの穴居人たちは基本的に洞窟に住み、

建物は港湾近くに買い付けの商人などが泊まる宿が幾つか散見できる程度。

 

そして、数多くの屋台。

 

特筆すべきは、鉄製の調理器具の豊富さであろうか。

 

薄く曲げられた鉄の筒の下では燃料が焚かれ、上部の料理を蒸しあげながら、

沸いた湯で様々な茶が振舞われる飲茶屋台で、まずは銅片2つの茶を受け取る。

 

ジャルニートが横を向けば、隣の鉄板屋台でエミーラが円盤を受け取っていた。

 

「ふごふごふご」

 

こんなに呑気でいいんですかエミーラ様、と言いたかったらしい。

 

「もがもがもが」

 

とりもなおさずまずは燃料補給ですわ、と言おうとした努力が見える。

 

銅片5つ、2人前で少しまけて銅貨2枚な円盤と、銅片2つの飲茶が交換。

こうして朝食に出てきた穴居人に混ざり、赤毛の女戦士と玉座の大神が食べる。

 

人気の円盤鉄板焼き屋台は、食を進める1人と1柱の前でも営業を続け、

粉を練った生地に香草と叩いた肉を乗せ、乾酪を置いて丸く包む。

 

それを鉄板に乗せ円盤状に潰し、軽く金へらで切れ目を入れて焼き上げる。

たまに切れ目から溶けた乾酪が滲み、鉄板に焼かれ香ばしい香りを漂わせた。

 

目の前で調理する事で、変な物を入れてないと主張している営業形態である。

 

とは言え叩き肉などは何の肉を使っているのか怪しいところではあるのだが、

常連的な穴居人が居るのならまあ安全だろうと、そんなエミーラの判断であった。

 

「とりあえず、目的のブツが在る場所がわかりましたわーッ」

 

円盤焼きを茶で流し込み、一息をついてからの発言。

 

「タイタン・ボウの光の斧だろ、神殿洞窟に安置されてるよ」

 

里が出来る前から岩盤に刺さっていた斧で、真の持ち主のみが引き抜けるとか、

光を帯びて輝きだすとか様々な言い伝えが残っている観光資源。

 

鉄板で円盤を焼きながら、屋台の店主がそんな事を言っていた。

 

「光の斧ですか」

「翡翠の身体に棘の腕、熱に輝く翡翠の斧をもつ単眼の巨神」

 

「詳しいね嬢ちゃん、まあ神殿のは輝かないし翡翠でもないただの斧だけどな」

 

山裾の外側が神殿に飾り付けられた洞窟だと聞いたあたりで隧道に騒ぎ。

 

―― 逃がしませんぞエミーラさまああぁぁ……

 

遠く響く二十面相の声に、何やらごつごつと硬い物がぶつかりまくる音。

 

「ちぃ、もう追ってきやがりましたわッ」

「いやまあ完全に捕捉されましたしね」

 

追手の声を聴き、穴居人をかきわけ山裾の神殿へと向かう逃亡組。

 

しかし行く先々にやたらと穴居人が居て、遅々として進まない。

 

鍛造十万打、一振りの刀剣を戦用に鍛えるのには十万の打槌が要ると言う。

単純にその工程にかかる時間だけを計算してみても、一日では終わらない。

 

鋳造ならそこまでの時間はかからないが、それでもそれなりの時間が必要になる。

そして須らく作業を行うのは高温の炉の正面であり、人の命を削る環境である。

 

身体を休め栄養を取り、万全の状態で作業に望み、終われば倒れる。

幾度も続ければ熱と疲労は蓄積し、やがて肉体は崩壊し、時折に命を落とす。

 

鍛冶師は命を賭けて作品を作る、単純な事実であった。

 

つまるところ、作業明けの半死人状の穴居人がそこらに転がっているのだ。

 

「走りにくいなあもうッ」

「玉座が無かったら大変でしたわね」

 

飛行する大神に追随する様に、神殿戦士が駆け抜け走り抜ける。

 

水を啜りながら倒れる鍛冶師を飛び越え、赤ら顔の酔漢を蹴り飛ばす。

階段を飛び降り柵を飛び越え、山裾の平地まで転げ落ちる様に辿り着き。

 

「来なさい、アルムピアエールッ」

 

声に応える様に、巨大な神威が追手との狭間に姿を見せた。

巨大な尾と甲殻の如き装甲、やや前傾の姿勢で双眸が煌めく。

 

第10のアルコーン、魔神竜アルムピアエール。

 

駆動音に混ざり、その巨体から放たれた獣の如き咆哮が穴居を揺らす。

追い付いてきた二十面相と黒子集団は立ち止まり、その表情を引き締める。

 

そしてエミーラとジャルニートは、脇目もふらずに加速した。

 

「あの巨体、どかすにしろ避けるにしろ時間は稼げますわッ」

「投げ捨てる判断の思い切りが良すぎるッ」

 

巨神の咆哮は薄情な持ち主への抗議だったらしい。

 

「つーか凄え邪魔なんだけど調べていいかあの機巧ッ」

「よきにはからえですわーッ」

 

穴居人がすれ違いながら文句を言いつつ後半から本音が駄々洩れになれば、

気前よく許可を出しながら駆け抜ける大神と、目の色を変える鍛冶師たち。

 

「うおおおおお、寄るな、集うな、邪魔だ貴様らあああぁぁ」

 

誘導された穴居人集団に囲まれた二十面相一行の叫びが山裾に響き、

逃亡者たちは石柱で飾られた大き目の洞窟、タイタン・ボウの神殿に至る。

 

意外と明るく、外から内部が一望できるほどに広く、浅い洞窟。

旭日が洞窟上部の光採穴から帯の如くに伸び、岩にささる斧を照らしていた。

 

そして思わず息を呑む二人の後方、やや上側から裂帛の気合が響く。

 

思わず振り仰げば、巨大な荷物を掲げながら空に舞う6柱の神族の姿。

アルムピアエールと穴居人を飛び越えた二十面相と黒子たちである。

 

「ガブリエル右ぃッ」

 

黒子が抱えていたガブリエルの右足二本と一緒に接地する。

 

「ガブリエル左ぃッ」

 

続いて左足二本、そして続々と大地に到達する黒子たち。

 

「ガブリエル中央ッ」

「ガブリエルみぎがわぁ」

「ガブリエル左側ッ」

 

段々と組み上がる人造天使、そして最後に頭部を抱えた二十面相が落ちる。

 

「がぶりえるヘエエェーッドオオオォォ……」

 

そして頭部ディスプレイが点滅し、双眸が表示される。

 

瞬く間に組み上げられた機械の天使が、大神と神殿戦士の前に立ち塞がった。

周囲に集まっていた野次馬の中で、威厳の在る老穴居人が驚愕の言葉を漏らす。

 

「合神、ガブリエル……ッ」

 

それは、最も新しき神話。

 

今まさに6柱の神族の心を一つにして起動した。

見よ、これぞ神成る姿、人造天使合神ガブリエル……ッ!

 

「もしかして動力人力なんですの、その人造天使とかいうのッ」

 

響いている駆動音も、よく聞いてみれば口で言っている様な音色である。

 

「動力は神族なので神力ですッ」

「言い換えても内容かわりませんわよッ」

 

ガブリエルヘッドから響く二十面相の回答に、エミーラは咆哮した。

 

「さあ、いよいよ逃げられませんぞエミーラ様ッ」

 

神殿前、奥まで一望できる洞窟側に追い込まれた二人の表情が固まり、

じりじりと距離を詰めるガブリエルの中で、苦渋の表情で二十面相が零す。

 

「どうか、お願いです、どうかマリク様の真実を慮ってください」

 

意外に広く響いたその呟きに、姫の大神は疲れた様な表情で口を開いた。

 

「お姉さまは言いましたわ、世界は偽りで構成され真実など存在しないと」

 

「あの人間不信の邪神の言葉は忘れましょう」

「アルちゃん様って、時々凄まじくドライになるよね」

 

そして長女に対する雑な評価を聞き、苦笑を滲ませながら言葉を繋ぐ。

 

「だから私たちは、気兼ねなく好みの偽りを信じればよいと」

 

言いながら玉座から一枚の硬質札を引き抜き、ジャルニートへと投げ渡す。

空いた手は握られ指一本、斧を指し示せば即座に赤毛の戦士は駆けた。

 

何をと叫ぶ追手の言葉を、遮る様に朗々と大神の神託は下される。

 

「6千年の隠蔽、長く待ち望んだ好機、最初で最後の反抗の全て」

 

玉座に膝立ち、踏みしめながら指差したままに、叫びが響く。

 

「我が騎士ジャルニート、貴女に全賭けしますわーッ」

 

背中に声を聴きながら、頬を緩ませながらジャルニートは零した。

 

「やっぱアルちゃんの妹だなあ」

 

タイタン・ボウの光の斧、岩に突き刺さる薄汚れた硬質の斧に手を伸ばす。

 

「って、これで抜けるなんて簡単な話じゃないのかぁーッ」

 

過去に何度も様々な人間が挑んで微動だにしなかった観光資源は、

どれだけの愁嘆場を捧げてもやはり動く事は無く。

 

「いいえ、その位置、その腕、充分ですわッ」

「エミーラ様、何をッ」

 

行動の行く末を見つめ僅かに生まれた間に、二十面相の声を振り切る姫。

追い詰めるガブリエルを躱す様に、玉座のままエミーラがジャルニートに突撃した。

 

同時、ジャルニートの持つ札が弾け飛び、斧が光に包まれ外装が更新される。

 

―― 『認証成功、使用者の登録を開始します』

 

どこからか響く古代語に合わせ、斧の周りの岩が砕け二人の狭間に姿を見せる。

翡翠などと言う高尚な物では無い、黒く光る刃金と無骨な緑の塗装。

 

次の瞬間、それは砕け散り光の粒と化し周囲に幾何学的な紋様を描いた。

 

「え、と、いったい何事ですかねこれッ」

「来ますわよ、覚悟はよろしくてッ」

 

象徴としての斧の形をしたデバイスに封印されていた、旧神の遺産が発動する。

 

「よろしいわけがないーッ」

 

洞窟の壁を情報分解し取り込みながら、天地を貫く様な光柱がその場を包む。

遠くに倒れるアルコーンに等しい巨大な質量が、光の中で人型を描き始めた。

 

緑色の両拳が見える。

 

周囲の穴居人が、畏れを込めた表情で言葉を零す。

 

「棘の腕、盾の腕、翡翠の身体を持つ単眼の巨神」

 

光る単眼が、軽く動き視界の中の宙に光跡を残す。

 

「縛られし巨神、タイタン・ボウ……」

 

夢見心地の言葉を、巨神の中から大神が否定した。

 

「いいえ、これこそは旧神の遺産」

 

固まっているジャルニートの横で、エミーラが高笑いを響かせながら宣言する。

 

「単眼のアイオーン、ボルジャーノンですわあああぁぁッ」

「何か凄く怖い事言ってるこの娘おぉッ」

 

【挿絵表示】

 

響いた声に応える様に、緑の巨神の正面の人造天使から声が響く。

 

「まさか、ヤルダバオト以外のアイオーンが残っていたなど」

 

そのまま上半身が横に回転し、伸ばされた両手がボルジャーノンを襲う。

 

「全力で防御をイメージですわッ」

「こ、こうですか」

 

鋼を打ち付ける音が響き、しかし緑の装甲にかすり傷一つ入らない。

 

「ふ、不壊装甲、まさか本当にッ」

 

不自然なほどの凶悪な防御力。

 

材質の時間軸を消去し、破損と言う状態に移行する事を不可能にする。

幻想装甲と対を成すアイオーンの代名詞とも言える絶対防御、不壊装甲。

 

「ぬええええ、何これ何これきついいぃぃ……」

「さ、流石はお姉さまとお爺様、一切の手加減がありませんわあああぁぁ……」

 

そして巨神内部で悶え苦しむ操者と燃料担当。

 

「ボルジャーノンは性能可変式アイオーンですわ」

 

ちなみにテーマはいかに美しく壊れるか、分類は標的機であるが、

それを知る者は現在ではアルフライラぐらいである。

 

「操者がやる気を出した瞬間だけ、アイオーンの真価を発揮します」

 

そしてその時だけ、消耗もアイオーン基準になると。

 

「やる気出してない時は」

「ただの張りぼてですわ」

 

操縦者の安全、だけは確保されているらしい。

 

「というわけで速攻ですわ、さあさあさああぁッ」

「って、いったい何をどうすればッ」

 

内部空洞に浮かんだ困惑のジャルニートが疑問を出せば、即座の返答。

 

「モビルトレースシステムが入ってますから、殴れば殴りますわッ」

「何かよくわかんないけどわかったッ」

 

そしてボルジャーノンが踏み込み、大振りの右拳が振り抜かれる。

叩きつけられたがぶりえるの装甲を歪み、断裂し悲鳴が響く。

 

「ぬわあ、けっこうキツイッ」

「玉座にバリオンシステム積んでいるのにコレって、鬼ですかお姉さまはッ」

 

そして眩暈に耐えながら、エミーラが玉座で端末を操作する。

 

「召喚、ヒートホーク」

 

操作に合わせ、ボルジャーノンの右手に手斧が握られた。

鉄色の刃がプラズマ化し、白熱し輝きを増す。

 

「タイタン・ボウの光の斧じゃ」

「おお、古き言い伝えは真であったのじゃ」

 

距離を取り物見に集まる穴居人から声が上がり、長老が震えながら言葉を発する。

 

「うわあああああああぁぁぁッ……」

 

そしてガブリエルが頭頂から両断され、アイオーン効果により爆散した。

二十面相と黒子たちが天高く吹き飛ばされ、遥か彼方に飛んでいき星と化す。

 

ちなみに、単眼のアイオーンはカテゴリとして兵器では無く標的である。

 

攻撃対象の安全性にも気を遣った設計であり、殺意を持って行動しなければ

相手はアフロや黒焦げになったりするだけで済むと、知るのはアルフライラぐらいであった。

 

「成敗ですわッ」

「うあああ、アイオーンって、ウチの神様にどんな顔して言えばいいのぉ……」

 

格好良いポーズで宣言する大神の横で、正気に戻り頭を抱える神殿戦士。

 

ザハブに文句は言わせませんわと力強く宣言する姉神の言葉に、

何かもうしがらみ的なアレコレでいっぱいいっぱいになるジャルニート。

 

そんな戦闘後の時間に、祈りをささげる穴居人がボルジャーノンに近寄って来た。

タイタン・ボウの名を呼び、両手を身体の前に握り平伏し信仰を示す。

 

「否、これはタイタン・ボウにあらずッ」

 

胸部装甲が開き、玉座から足を踏み出しエミーラが聴衆に宣言した。

 

「私こそは姫の大神エミーラ、崇めなさいッ」

 

大神の詔が穴居人街に響き、僅かの間を置き、エミーラの名が叫ばれる。

 

「エミーラ様ッ」

「エミーラ様ッ」

「エミーラ様ッ」

 

何かもう雰囲気に呑まれ、言われるままに叫び祈る全ての穴居人たち。

岩山の狭間に高笑いが響き、そっと気配を消して後ろに下がる神殿戦士。

 

「承認欲求が満たされますわああぁぁッ」

 

穴居人自治区が姫の大神の手に陥ちた瞬間であった。

 

 

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