砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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02-10 悪意の焦点

 

神は何回折り畳めるのだろうか。

 

そんな疑問を解消するかの如く、折り畳まれたアルフライラは板上で煙を吹いている。

その横には涙目の白き獣神が正座しており、膝の上に猫の石像が乗せられていた。

 

「えーと、姉さん大丈夫」

「かなり駄目ー」

 

隊商宿場を訪れた青の大神が問えば、板の邪神は寝たままに応える。

純血オーク掃討に至る早朝の話であり、アルフライラが戦力外と化した瞬間である。

 

「若いもんがはたらけ、わかいモンガー」

 

そして微妙にやる気も無い、それで大丈夫なのかと博士が問えば。

 

「まあ、たぶんアズラクが何とかするから」

「きっとアビヤドが何とかするわね」

 

若手へのたらい回しを極める姉2匹。

 

「姉様たちの期待、応えてみせますッ」

 

そして正座のまま決意を込めた瞳で宣言する若き獣神。

その陽の気にあてられ、罪悪感にのたうち回る邪神2柱。

 

「思うに大神とは、位階が上がるたびに邪神度が増しておらんか」

「どうしよう、まったく否定できない」

 

何と言っても、アルフライラの次がマリクである。

 

「邪神と言うなら姉様でなくナハースでしょう」

「あの娘は何と言うか、反対方向に突き抜けてる感じかもー」

 

世界のためとか人類の意義とか、そんなもんに拘るタイプだねと軽く言う創世神。

何処か納得してしまった青の女神は、頭痛を堪える様に眉間を抑えた。

 

「まあ何だろね、大神に分類される神族ならどうとでもできるだろうし」

「要は、功績を誰の物にするべきかと言う話になるわけじゃな」

 

そしてやる気ない風情の言い訳を、博士に対し連ねる板の少女。

 

「例えば赤なんかだと、湾の海水を沸騰させればそれで終わるかな」

「他の大神も、同様に権能で片付けることが出来るじゃろうと」

 

そんな会話を交わしながら、アビヤドの方に視線を向ければ。

宙に浮く自らの白き玉座の前で、臨戦態勢を見せていた。

 

「……カイナン・カミン」

 

小声で自らの神威の名を小さく呟き、歩を進める。

そぶりを見せるが脚は動ない。

 

「………」

 

整った顔立ちの頬が引き攣り、汗が流れた。

 

軽く息を吐き視線を外す。

 

しばしの間、改めて自らの玉座に、トラウマの象徴に視線を戻した。

表情は裂帛の気合を見せ、動かない脚を内心で叱咤したかの様に歪む。

 

手を掲げ、それでも動けない有様を獣人たちが見守っている。

 

「いやさっさと乗れ」

「ぎにゃああああああああぁぁぁぁッ」

 

そして板放り込み係こと剣士サフラが、獣神の首根っこを掴み玉座に放り込んだ。

 

「おお、アビヤド様が自らの玉座にッ」

「ついに、ついに過去を克服為されたのですな」

 

カフラマーンとサヤラーンの瞳は軽く潤み、悲願の成就に寿ぎを述べる。

 

「いや二人とも、都合の悪いとこを綺麗に見なかった事にしないでくださいッ」

 

毛を逆立てる白猫の叫びも、綺麗に聞かなかった事にする従者の鑑。

 

叫びながら玉座から引きずり出した猫の縫いぐるみを、

ぽんぽんと両手でサフラに向かって投げつける涙目のアビヤド。

 

それを鮮やかに避け続ける大剣使いと、作業用ハンドで捕獲する猫好き邪神。

そしてアルフライラが猫に埋まる頃、ようやくに落ち着き肩で息をする白猫。

 

「と、とりあえず修復も終わったカイナン・カミンで何とかしてきます」

「アズラク、補助任せた」

 

猫に埋められたまま長女がさらりと指示を飛ばし、三女は苦笑する。

 

「姉さんはどうするんです」

「外で散歩でもしているよー」

 

浮いているから歩とは言わないかもしれないけど。

 

そう言って猫の山は功績争いからの離脱を宣言して、ふゆふゆと移動しはじめた。

宿場を後にして、土と砂の上で猫ぐるみを枕にして視界を確保すれば。

 

板と並んで歩くいつもの3人と、オーク商人たち。

 

「何故に」

「うむ、何かやらかす気じゃろう」

 

短く問えば、呑気な声色で博士が答え、剣士が短く言葉を返す。

 

「吐け」

「いやまあ、退治の日を周知しているから襲撃ぐらい在りそうだなって」

 

目を逸らしながら言う少女に、軽く目を細めた姫が言葉を積んだ。

 

「居るわね」

 

視線の先に人影が一つ。

そしてその周囲の空間は、不自然に歪んでいる。

 

「やはり今回も隊商宿側か、露骨じゃのう」

 

その言葉を最後に、ただ歩を進める音だけが礫砂漠に響いた。

 

王子の権能(物質変換)王の権能(情報化)青の権能(流体操作)

 

その間も少女が小声で何事かを呟き続け、やがてある程度の距離を挟み歩みは止まる。

 

「さてそこの、この港町に何か用かの」

 

博士が軽い声色で問い掛ければ、相手は貼り付けた様な笑みだけを返した。

 

「いきなり何でしょうか、私は唯の旅人ですが」

「そんな綺麗な服装で砂漠を越えて来たと言われてものう」

 

相手は整えられた黒髪に、黒で揃えられた豪奢な衣服を身に付けた青年であり。

神族と言うほどでもないが、鼻筋の通る整った顔立ちをしている。

 

「それと、その周りのオークどもは何事なのかしらね」

 

姫の問いかけに、青年は手で顔を覆い哂いを嚙み殺した風情を見せる。

ただ悪意だけが滲む動作に応える様に、周囲の景色が歪み肉色の群れが姿を見せた。

 

「あの怪物に大神が手を割く今、町を守る者は居ません」

 

守れなかった大神の名には傷がつき、帝国との関係を拗れさせる契機に成ると語る。

そんな意気揚々と語られる襲撃の予告を聞き、アルフライラは首を傾げて問う。

 

「貴方は、人間なのかな」

 

整った顔立ちには可憐な微笑が浮かび、しかし眼だけは笑っていない。

 

「そんな卑しいものではありませんよ、我こそは誇り高き魔族が1柱」

 

自信を備え響き渡った宣言に、少女は失笑をもって応えた。

 

「異形のまま生きた者は誰よりも人であり、人の外観を得た者が人を捨てるのか」

 

何とまあ皮肉な話だと、神の位からの哂いが響く。

 

「オーク族よ、王に伝えるが良い」

 

そして魔族を自称する者を無視し、傍に在るオーク商人の頭に言葉をかけた。

 

「アルフライラの名において、今ここにそなたらをヒトと認めよう」

 

これは見も知らぬ神より、共に歩む者から伝えられるべき事柄だろうと。

突然の神告に固まる商人の視界の中、大神は次いで指を伸ばしそれを示す。

 

「ただし、あの様にヒトの道を踏み外さぬ限り」

 

指先の魔族が、神の言葉に不快を示し口を開く。

 

「まるで、人が我らよりも優れている様な言い草ですな」

「知らないのかな、人で無しなどただの畜生外道なんだよ」

 

即座の言葉に頬を引き攣らせる魔族と、首を傾げ問いかける博士。

 

「ひとでなしと言うほどの事をしておるかのう」

 

初対面なのにとの疑問に、軽い声色で少女は答えた。

 

「港町の人を浚ってオークの孕み袋にしたのもこいつらだね」

「ひとでなしじゃな」

 

素直な納得を見せる向こうに、刃を鞘から抜き放つ黒い男。

 

「ああ、そういう事か」

 

その剣は異形であった。

 

刀身を抱える様に肉色が包む片刃の長剣。

それは鼓動の如くに脈打ち、生命の様な印象を与えている。

 

魔族はその柄に硝子の筒を繋げ、中の液体を注ぎ込む。

途端に鼓動は激しく、刀身が震え低い音が周囲に響いた。

 

「魔素が、喰われておるのか」

 

響く中で誰もが息苦しさを感じ、肉色の怪物たちが苦悶の如き音を響かせる。

 

「剣の形にすれば障壁破りに使えるか、その発想は無かったなあ」

 

のほほんと呑気に悍ましい内容を口にした少女に、引き攣り気味の視線が集まり、

何かを口にするまえに、黒尽くめの襲撃者が駆け出した。

 

サフラが大剣を抜き放ち、刀身をかみ合わせれば広く響く高い音。

次いで、その熊の様な体躯が後ろへと吹き飛ばされた。

 

「何じゃ、あの剛力はッ」

 

飛ばされた剣士は両の脚で大地を削り、砂を巻き上げながら姿勢を正す。

 

悪霊(オーク)の血か、人間化身だけでなく活性化させて先祖返り」

 

後ろからアルフライラが語り、合わせる様に周囲の怪物が前進をはじめる。

襲撃の気配に引き締まる空気の中、少女は平素と変わらずただ腕を上げた。

 

「再現大紀異行、『手抜き工事道路陥没』」

 

指を鳴らそうとして、失敗する。

 

しかしその古代語の呪文は過たず起動し、轟音と共に全ての怪物が大地に埋まった。

落とし穴の内部を巡る土石流が肉を圧し潰し、絶命の声を響かせながら全てを蹂躙する。

 

一瞬で味方の全てを失った魔族の男が固まり、僅かな静寂が訪れた。

 

次いで、背後の港湾に光が満ち2柱の巨神が姿を見せる。

 

巨腕巨脚の獣神機カイナン・カミン、

流体が如き装甲を持ち前後に二つの顔を持つ異形、水神機ガリラ。

 

そして神威に満ちる世界の中で、アルフライラは静かに宣言した。

 

「周辺の魔素が尽きた、あと宜しく」

 

そのまま横たわり猫ぐるみ山に埋まる。

急に身体を起こしたせいか、貧血気味の青い顔をしていた。

 

「いやもう少し、行動に見合ったやる気のある発言はできんものかの」

 

槍を構え固まったオーク商人たちを挟み、博士が苦笑混じりの言葉をかけた。

それに素直に応える様に、アルフライラは棒読み口調で適当な事を言う。

 

「ウワッハッハッ、悪霊どもよ思い知ったか、汝らが墓場は遥かなる砂の大地なるぞ

 砂漠の風は汝らの罪をきよめてくれるであらう、いざ行け、汝らの最後の場所へ」

「わあ、何か凄く神っぽい」

 

黄金の髑髏が憑依した様な台詞回しに、マルジャーンは苦笑し弓を引く。

オーク族が槍を構え吶喊する中、魔族の正面でサフラが剣を弾いていた。

 

正面下段、大剣術に於いて愚者の構えと呼ばれる防御の型。

 

相手の剣筋を避ける様に踏み込みながら、刃を打ち上げ肩前に止める。

牡牛の角の如き角度から刃を握り、返る敵刃を頭上に掲げた大剣で受け弾く。

 

半剣の上段防御、王冠の型。

 

そのまま踏み込み火掻き棒と呼ばれる半剣刺突を試みれば、魔族は一歩下がる。

両手持ち、特に刃を握り込む半剣状態ではその間合いは著しく制限される。

 

故に刃を離し片手刺突に切り替え間合いを伸ばすも、届かない。

攻撃距離の限界に至り、刃が止まる一瞬に魔族が長剣を振り上げた。

 

刃を離した左の腕。

 

それは突き込む右腕に追い越される様に、身体の内側に畳まれている。

その手首が、右腕を内側から滑る様に大剣の柄へと誘導された。

 

握る左、離す右。

 

左右の持ち替えによる二段刺突。

 

相手の剣閃を避ける様に正面に踏み込み、左腕の片手刺突が魔族に刺さる。

僅か、相手が静止した一瞬に矢が突き立ち、複数の槍が突き出された。

 

悲鳴すら響かぬ刹那、サフラは身を翻し勢いのまま両手で柄を握り直す。

 

両腕の筋肉が盛り上がり、歯が食い縛られる。

刺さっていた刀身が骨身を断ち、斬り抜けられる。

 

勢いを殺さぬまま身体は回り、槍を突き出したオークの鼻先を掠める様に、

円月の弧を大きく描いた斬撃が、過たず魔族に叩きつけられた。

 

肉が潰れ、骨が折れ、そして両断される。

 

下半身が砂を引きずる様に転がり、上半身が紅を引きながら空を舞った。

刀身の先端が回るままに下がり砂を抉り、地面に残月の如き弧を描く。

 

そして何かの落下音に合わせ全ての動きは止まり、大きく息を吐く音がした。

 

動く者は無く、砂の舞う音だけが低く響く。

 

やがて場に在る誰しもが視線を交わし、口を開こうとした時に。

 

轟音。

 

表情を引き締め音の方を伺えば、数多の巨大な水の龍が港を飛び回っている。

 

「派手だなあ」

 

猫ぐるみの山から呑気な感想が響けば、博士が呆れた声色で言葉を継いだ。

 

「あれは、湾の海水を全て操作しておるのか」

 

轟音の響き続ける港湾に在る大神の御業に、誰しもが無言で立ち尽くす。

騒がしく奏でられる世界の傍らに、不思議な静寂が音擦れている。

 

背後に在る肉と土の混ざる墓穴には、風が砂を被せていた。

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