砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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02-11 ひとつの終焉

 

海面は凪いでいる。

 

常ならば港に停泊しているであろう船舶は沖合に退避させられ、

幾らかは近隣の入り江や海岸に停泊し、事の終わるのを待っていた。

 

桟橋に、浮遊する玉座に乗った大神の姉妹の姿。

 

姉であるアズラクは大き目の浮きを海原に放り投げ、流体の操作で位置を動かした。

 

「あのあたりの海底に居るわね」

 

僅かに沖、棚の如くと化す海底よりもかなり岸に近い。

大きく河川口を囲む様に湾曲する不完全な形の湾の、人里の側に在る。

 

「アビヤド様、住人の避難が完了致しました」

 

駆け付けて来た獣人従者組から報告が在り、神は改めて海面に向き直る。

 

近隣の住宅の者は砂漠側の公的施設、或いは隊商宿や開拓宿に避難し、

幾らかのあぶれ者は魚醤村にまで足を延ばし、現場に距離を取っていた。

 

「魔素が回復したとは言え、大神2柱で使えば一時的な枯渇状態に成るわ」

 

アズラクが語れば、アビヤドは僅かに不安の色を見せる。

 

「周囲の魔素を使い切るとなると、アル姉様は大丈夫なんでしょうか」

「姉さんなら、必要だと判断すれば地下とか何処かから適当に引っ張ってくるわよ」

 

そして肩を竦めて呆れた声色の返答。

 

「と言うか、何か足元の魔素無くなってない」

「地上と海中の分が私たちの取り分ですかね」

 

そのまま冷や汗を流しながら言葉を足す青の女神の有様に、苦笑を零す獣の女神。

 

「来なさい、水神機ガリラ」

 

一息、手を振り上げて喚んだ。

 

玉座に情報格納された古代の巨神が、空間を確保しながらその場に顕現する。

 

3のアルコーン、水神機ガリラ。

 

青の生物染みた意匠の玉座を格納した神威の姿は、前後に顔の在る異形。

どちらが前ともわからぬ前後対称な手足と、流線の装甲をもつ水陸両用の巨神。

 

「来て、カイナン・カミン」

 

そして白の玉座から、獣神が神威を喚ぶ。

 

アルフライラの手も入り、完全に修復され傷一つ無い装甲が光を受けた。

胴体に不釣り合いな肥大した手足を持つ7のアルコーン、獣神機カイナン・カミン。

 

並び立つ神像の威風に、下がり距離を取るカフラマーンとサヤラーンが震えた。

 

「アズ姉さん、後始末お願いしますッ」

 

そしてアビヤドは言うが早いか、巨神を海上に向け加速させた。

 

刻一刻と周囲の魔素は消費され、猶予はさほどに無い。

故の性急であり、あらかじめの軽い打ち合わせの通りに動く獣神。

 

アズラクは、もう少し細かく打ち合わせするべきだったと後に悔いる事に成る。

 

この港が帝国領で在る以上、討伐の功を青の女神が得るわけにはいかない。

そして、様々な面で火種にしかならない長女も論外である。

 

消去法的に純血オーク討伐は、キッタ・アビヤドの任となった。

 

アズラクの後始末とは、おそらくは海底にまだ在る純血以外のオークの個体、

それらの駆除だろうと考えて待ち構え、豪快な形で裏切られる。

 

獣神機が、飛んでいた。

 

カイナン・カミンの特徴として、極端なまでに強化された手足の出力が在り、

それは全アルコーンの中で最上位の跳躍力として発現させる事が出来る。

 

埠頭の石畳を踏み割り、海上に踏み切った巨神は浮きの上空に達した。

 

上部カイナンと、下部カミンを接続している細い隠し四肢が交差から並列に変わる。

それぞれが新設された輪転装置に接続され、内部機関が爆音を放つ。

 

ナハースは既存のアルコーンを分解し過去の記録と合わせ改良を進めた。

ザハブは穴居人の難民の協力を得て様々な神器を補修した。

 

そして、その様な手間をかける必要の無い設計者が身近に1柱在る。

 

カイナン・カミンの補修を請け負った時に理解した、設計に残された遊び。

僅かな隙間にただひとりに伝えるために残された、時代を越えた旧神の意志。

 

アルフライラは、それを正確に読み取り完成させた。

 

輪転は上下の機神に正しく出力を伝え、カイナンは両手を構えた姿勢で回転をはじめる。

カウンターをあてられたカミンは、まるで空中に静止している様に微動だにしない。

 

高速の回転が周囲の魔素を取り込み、嵐と化して巨神を覆い隠す。

 

「ばぁくねぇつッ」

 

握り込まれた拳は魔素に灼熱し発光し、回転が空を切り裂き轟音を響かせ続ける。

 

「カイナンぱーんちッ」

 

落下と共に叩きつけられた拳圧は、海面を歪ませた。

 

港湾全域に凶悪な水圧が掛かり、海底の混血オークたちを残らず圧し潰す。

やがて海底は露出し、圧縮され吹き飛ばされ続けた海水が天に昇る。

 

「うあああああああああッ」

 

アスラクは頭を抱え叫んだ、目の前に吹き上がる湾1個分の海水に。

 

「踊れミーゾ・ローチッ!」

 

半泣きで叫んだ青の女神は、機神の補助を全開にし海水の掌握を試みる。

吹きあがった海水は巨大な柱と分けられ、先史の龍の如き形状で中空に踊る。

 

それらは全て沖から流れ込む海水に叩き込まれ、威力の相殺に使われた。

 

その間、海底が露出していた僅かな時間。

 

着地したカイナン・カミンは駆ける。

潰れたオークの破片を踏み潰し、圧力に歪んでいた肉の巨体に向けて。

 

蹴り上げる。

 

飛びあがる。

 

前転の踵。

 

埠頭に白い肉の塊が高速で叩きつけられ、割れた石畳が宙を舞い砂埃が覆う。

次いでカイナン・カミンが着地、さらに石畳が割れ港町に轟音が響き渡る。

 

そして流入した海水が埠頭に至り、大きく水飛沫を上げた。

 

「任務、完遂ッ」

「少しは頭使ってよおおおおおぉぉぉッ」

 

まっすぐ行ってぶん殴る、それが許されるからこその獣神であった。

 

そして魔素が尽きる。

 

もはや動けない巨神から玉座が分離し、純血オークの側へと移動した。

 

「背骨、折れてるわね」

「まあ、在るとすればですけど」

 

青白く、海底生物の如き生理的嫌悪を感じさせる肉の塊は、

カイナン・カミンの2回の蹴りにより捩じれ、生物として終わった角度に曲がっている。

 

終わったのかと、虫の息のそれを前に大神たちが息を吐けば、

響き続けた轟音に興味を抑えられなかった住人と、アルフライラたちが姿を見せた。

 

【挿絵表示】

 

埠頭に在る巨大な肉塊に近付く者は少なく、大多数は距離を取り物見をしている。

 

「『く……るし、ぃ』」

 

純血オークから僅かに零れた鳴き声に、アズラクとアビヤドの表情が固まる。

アルフライラは、軽く眉を顰め板に乗ったまま顔らしき部分に近付いていった。

 

「『ころ……して……』」

 

表情は変わらず、少しだけ息を吐いて口を開く。

 

「『目を閉じて、これは夢だから』」

 

言いながら、板から装飾の無い無骨な槍を引きずり出す。

 

「『朝が来て、すぐに悪夢は終わる』」

「『かあ……さ、ん……』」

 

飾り一つ無い槍の先端が静かにオークの肉に埋まれば、全ての音が消えた。

 

「『ゆっくりと、おやすみなさい』」

 

物言わぬ肉塊に背を向けて、ふゆふゆと漂い戻る少女。

物見の視線を集める中で、博士が怪訝な表情で問いを発した。

 

「何か言っておったのかの」

「ただの鳴き声だよ」

 

そう受け応えた横から、姫が青い顔で震えながら問いを重ねた。

 

「いやそれよりも、その何か見ただけで背筋が凍りそうな槍は何かしら」

 

言われ板に仕舞おうとしていた手を止め、これかなと神が気軽に見せる。

 

「槍型魂魄分解デバイス、魂消槍」

「タマ・ゲソゥ、何て言うか邪神の槍とか言われそうな禍々しさね」

 

死すら生温い、それは、槍の形をした滅び。

 

無遠慮に振るわれる長物を見て、物見の幾人かは冷や汗を流す。

青の女神の顔色は白くなり、白き獣神は全身の毛を逆立てていた。

 

そんな引き攣れた空気を察してか、表情を引き攣らせて槍を仕舞う創世の邪神。

 

槍が無くなった途端、どこか弛緩した空気が流れだす。

 

「姉さん姉さん、見た見た、私の水術ミーゾローチ」

「あんな常識外れの規模の水術を教えた覚えは無いのだけど」

 

最初に寄って来た青の女神の言葉に、困った顔をして答える長女の言葉。

姉さん直伝でしょうと叫ぶ妹と、伝承責任を放棄したいと遠い目をする姉。

 

物見も俄かに騒がしく、港湾に音が戻る。

 

「ふむ、それで結局あれは術自体はアル仕込みじゃったのか」

「私がやると、こんな感じだね」

 

間を置いた博士の纏めに軽く頷いて、少女は指先を振って目の前に水の龍を作った。

 

枯渇した魔素は急激に周辺地域から流れ込み、既に幾らかの術式は可能となっている。

太さは腕程度で、湾上を踊っていた大龍と比べ物にならないほどの規模である。

 

だいぶ違うなあと言いたげな視線の中で、アルフライラは軽く腕を振り口を開いた。

 

「水術、『水大蛇』」

 

水の蛇が鞭の如くに飛び、物見の中に居た数名を縛り上げた。

僅かなざわめきと、縛られ転がり出る数名の身形の良い人影。

 

そして博士の嘆息。

 

「巷の水術師が泣くから、水神術とでも呼び変えてやってくれんかの」

「あるぇー」

 

微妙に心外な表情を見せた加害神に、縛られた幾人かが叫び罵声を上げる。

それらの音を無視し、横目で眺めながら神は軽い口調で言葉を発した。

 

「オーク、いや魔族だったかな」

 

息を呑む音が響き、僅か静寂が見える。

 

「『アクセス、掌握、強化魂魄確認、封印』」

 

幾つかの古代語がアルフライラの口から零れ、水の蛇が消滅した。

自由になった容疑者は顔色を失いながら、罵りつつ足早に場を後にする。

 

板の上に乗った神は、もう興味を失ったかの様に視線を外している。

 

「良いのか」

 

近付いた剣士が問えば、軽く首を傾げて少女は答えた。

 

「そうだね、人のモノを奪う気は私には無いのだ」

 

ただ、誰がそうだったのかを示しただけ。

 

物見の中から、何人かが静かに身を翻し貧民街へと歩んでいく。

そして神は、可憐な笑顔で朗らかな神託を下した。

 

「復讐するは、誰かのモノだよね」

 

縛られていた彼らを、後に見た物は居ない。

 

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