夕刻より物見から移行した自然発生的な宴席は翌日に盛りを迎え、
早朝より港湾には急造の屋台が立ち並び、そこかしこで騒奏の曲が響く。
海魔の死体を肴にする者もあれば、隊商宿舎の飯場に在る大神に貢ぐ席も在り。
入れ替わり訪れる名士の姿に慌ただしく対応を続ける船団の者。
アルフライラはそれらに関せずと、厨房に入り浸っていた。
竈の前に汁物を煮込み、そろそろかと表情を緩めた折に来客が在る。
継ぎ接ぎ衣服の商人見習い孤児であり、パンを詰めた袋を携えていた。
「アルちゃん様、これ、ウチの院長からです」
朗らかな笑顔で貢がれた品は、焼き立ての丸パン。
掌より大きく、片手で持てる程度に小さい、そんな上質小麦の白パンであった。
「柔らかい白パンって、随分贅沢な焼き方だけど何事なのかな」
「鶏も卵を産む様になりましたし、畑も虫と草が戻ってきてお礼だって」
パン種を使い酵母発酵させた丸パンは、認可された竈で焼かれる物品である。
そして焼かれるのは大抵、長期保存可能な硬パンかふすまなどの雑穀混じりであり、
柔らかい白パンを焼いているのは名主や貴族、あるいは王都などの一部に限られる。
別に身分や地域の問題ではない、単純にコストの問題である。
長期保存できないパンを焼くと言う事は、竈で使う薪が余分に必要と言う話であり、
飯場や王都などの需要の多い場所でなければ贅沢に分類される行為であった。
「ん、ちょっと待っててね」
そんな供物を受け取った板神は、軽く包丁でパンの上部分を切り落とし中を刳り抜き、
パンで作られた器の様な形になったそれに、作っていた白濁した液体を注ぎ込む。
アルフライラが朝方から二日酔い組のために作っていた、朝食代わりの汁である。
船団から巻き上げた植物油で、船団から巻き上げた大蒜を薄く切って揚げ焼き、
船団厨房から巻き上げた野菜出汁のスープで、船団以下略な潰した芋を伸ばす。
ふたつを合わせ、最後に乳を入れて煮込む
それをパンの器に注ぎ
「ををを、アルちゃん様太い腹ッ」
「言われてわかる、この微妙な気持ち」
賛美の言葉に、何とも微妙な表情の創世神である。
そしてそのまま汁を飲み器のパンを齧りながら退出する少女を見送ってから、
アルフライラは黙々と他の丸パンにも同様の加工を施した。
大量の刳り抜いた白い部分はダイスに切って、石窯で軽く炙った後に蜂蜜を掛ける。
それらを飯場の二日酔い開拓者と獣神組にそれぞれ渡して、軽くあたりを見回せば。
アズラクが居ない。
「逃げたかな」
「逃げたな」
長姉と船団料理長が同一の見解を見せた。
少女がちょっと探してくるよと言えば、船団事務長があまり手荒な事はやめて欲しいと、
青筋を立てて親指を下に突きおろし全身で「殺っちまいな」と主張しながら言う。
「本音と建前のどちらに従うべきなのだろうか」
「街は壊すなアズラク様は吊るせ、と言う事でないかの」
神の疑問に、二日酔いの博士が半死人状態で汁を直呑みしながら答えた。
賢察だなあと納得しながら、あるふセンサーに従い板はふゆふゆと漂い外に出る。
宿場側、さほどに距離の離れていない砂漠の裾に反応が在った。
礫の砂漠が薄紅に染まっている。
近付けばそれは赤紫に変わり、空間に溶け込んだ花の香りがその正体を示す。
そして数多の蝶が舞う香りの結界の中に、青の女神は静かに佇んでいた。
豪雨の後に発生する、砂漠の花園。
西風花など赤紫や黄色の花弁が所狭しと咲き誇る様に見えて、
アズラクに声が届く距離にまで至れば、足の踏み場程度の隙間が在る。
「喜んで駆け寄ると、ちょっと想像と違うのよね」
「蓮華畑の様に、造られた花園では無いからね」
振り向かず言葉だけが迎え、背中へと語り返す。
僅かな間に咲き誇る花は、濃密なまでの香りで空間を埋め尽くし、
熱砂が運ぶ砂の風とは違う、生命に満ち溢れた世界がそこに在る。
「記憶には無いはずなのに、残っているのよ」
振り向かずに、アズラクは淡々と語り続けた。
「誰かが喜んでいて、誰かが叫んでいて、誰かが微笑ましく見守っていた」
きっとこの場所でと、静かな声色を零す。
「愛は不滅な物だから仕方ない」
「その形は変わろうとも、だったわね」
軽くお道化た口調で言葉を渡した姉に、妹は苦笑しながら言葉を返す。
幼き日に齎された様々な知識の中で、青の素体が特に気に入り選んだ言葉。
風が吹く。
甘い花の香りが砂に乗り、遠く冥府への餞と散る。
「姉さんは、オークをどうするつもりなの」
軽く風の昇る空を見上げながら、青の女神が問う。
「オークとだけ言われても、対象が曖昧過ぎかな」
「その回答で、全容を把握しているとわかるわね」
そして振り向かず、ただ無言で言葉を待つ妹に姉は肩を竦めた。
「王は放置、魔族は関わる範囲で駆除、純血種 ――」
そして淡々と物事をひとつずつ並べ。
「などと言う物は、無かった」
気軽な声色で、言葉を締める。
「オークの血脈は放置するのね」
「6千年も過ぎているからね、保証期間はとうに終わっているのだ」
アズラクは軽く振り返り、視線だけで姉を射抜く。
それを受けて猶、微塵も緩い空気を揺るがさない板の神。
「気になると言うのなら、自分で選びなさい」
「相変わらず、ここぞと言う時は厳しいわね」
そして姉の言葉に苦笑して、肩を竦めようとして動かない事に気が付く。
アズラクは、いつの間にか荒縄で簀巻きの様に雑に縛られていた。
静かに蠢いていた作業用ハンドを見て、何でかなと姉に疑問の顔を向ける。
「船団の方から、お頭を吊るして持って来て欲しいと頼まれたし」
花園に、静かな時間が穏やかに流れた。
アルフライラは優し気な笑顔のままで板から槍を取り出し、
簀巻き寸前のアズラクは、全速力で花畑からの逃走を試みる。
作業用ハンドがぶん投げた魂消槍を、悲鳴を上げながら避ける青の女神。
「うっひいいぃぃッ」
そして着弾と同時に爆発。
「何で爆発するのおおおぉッ」
「浪漫かな」
会話の暴投が午前の砂漠に響き渡る。
「姉さん、これあきらかに危険よね、並の神器と殺傷力が違い過ぎるわよねッ」
旧人類基準での魂魄分解である、当然の如く危険性に於いて神代とは格が違う。
しかしながら投擲して外れて爆散した以上は一安心と、姉の方を向いた妹は。
凍り付いた。
1本が2本、2本が4本、4本が8本、8本が16本。
瞬く間に視界の中で、作業用ハンドと魂消槍の数が倍々に増えていく。
「え、ええと、姉さん、それは……」
数多の魂消槍を千手状態の作業用ハンドに渡しながら、姉は表情も変えずに言った。
「
逃げる、投げる、吹き飛ぶ、逃げる、投げる、投げる、吹き飛ぶ。
「あひゃあああああぁぁぁッ」
爆発だ。
爆発だ、爆発だ、芸術だ。
べらぼうな浪漫をでたらめな威力で連射する、何だこれは。
「それずるいいいいいぃぃいぃッ」
そしてアズラクは吹き飛ばされて真昼の星と化し。
後に焦げた簀巻きを受け取った船団事務長は、実に良い笑顔であったと言う。