砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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02-13 夢の果て

港町に秋も深まり、船団が離れる前にと万霊の祭祀が行われた。

 

旧世界の如くに万霊節と日取りが制定されているわけでも無く、

ただ満ち足りた豊穣の季節が、祖霊に祈りを捧げるだけの余裕を作る。

 

そんな自然発生的な、秋に行われる鎮魂の祭祀である。

時期的には青の神国では秋の終わりに行い、帝国南部では少し早い。

 

故に自国の祭祀に間に合う様に、それとは別にこの地での鎮魂にと。

美食船団が港を離れる日が決まり、姉妹の別れの時が近付く。

 

行き交う人は何処か穏やかに花束を持ち、子供たちは仮装をしていた。

 

守られた記憶も新しい、幾人かの少年たちは手作りの槍を持ち豚鼻を付け、

或いは犬の耳、少女たちは白猫の耳を頭に付ける者、髪を青く染める者。

 

そして、板を抱えて頭からシーツを被った怪しいお化け。

 

誰とは言わないが、無駄に距離感が近いせいで扱いが雑である。

ともあれ、そんな子供たちが黄昏に街を回りお菓子を強請っていく祭典であり。

 

日が傾き始めた頃合に、港町にどこかしら浮付いた空気が流れだす。

気が早い者たちは既に動き始め、そこかしこで問いかけの言葉が連なった。

 

私たちは共に生きること(おかしをくれなきゃ)が出来ますか、貴方はこの共同体(いたずらするぞ)に属しますか。

 

貴方は祭典に混ざった悪霊(あなたはにんげんですか)ではありませんよね

 

その場から少し離れ、海岸沿いの水路から先日に発見された遺跡に向かう板が在る。

水の流れを辿り、水路奥の遺跡に至り、開かなかった扉に辿り着いた。

 

少し開けた小さな広場には、朽ちた設備と割れた硝子、

何某か赤い液体が乱暴に拭き取られた跡と、露出する岩肌。

 

そんな空間の中で、アルフライラは言った。

 

「そろそろ姿を見せても良いんじゃないかな」

 

後方を眺めながら言えば、耳元から囁き声が返る。

 

「なら遠慮なく」

「うひゃああぁぁッ」

 

何時の間にか板の上に乗っていたマルジャーンの言葉に、

何時から何でどうやってセンサー騙したのと、鳥肌を立てている神。

 

「うふふふふ」

「ニンゲンコワイ」

 

そんな微妙な狼狽の空気に、足音が響きいつもの面々が顔を揃える。

 

「何で今日は後から距離を取って付いてくる感じだったのかな」

「いや、普通に追いかけたが追い付かなんだだけじゃ」

 

僅かに息を切らしながら博士が言えば、剣士が端的に状況を纏める。

 

「板で水を越えるな」

「あうち」

 

水路のショートカットが酷かったせいで追いつけなかったらしい。

 

「それで、わざわざ遺跡にまで出向くとは何事じゃ」

「いや、後始末はしておくべきかなと思って」

 

そうして扉に向かい、少女は板から延ばした配線を扉に取り付ける。

自分の髪の毛を板から生えた端末に挟み、静かに古代語を唱えた。

 

「『接続、再生機構研究員アルフライラ』」

 

先史の鋼で出来た薄明色の扉に、照会を意味する古代語が浮き上がる。

 

「『終末条項第9条2項に基づき、施設全権の譲渡を命じる』」

 

軽い電子音が響き、音も無く扉が開いた。

 

「何かあっさり開いたわね」

 

板に相乗りした姫が言えば、神が宣言し博士が応える。

 

「この遺跡はもはや私の物なのだー」

「表沙汰になったら大騒ぎじゃなあ」

 

剣士は深く静かに頷いていた。

 

そしてふゆふゆと移動する板に導かれ、一行は施設の奥へと進む。

 

光る板に照らされ視界が明瞭な古代遺跡の内部はそれなりに広く、

無機質な色合いの壁に沿い、中に動かぬ人影を抱えた無数の硝子筒。

 

通り過ぎ奥の扉を開ければ、先の部屋の中空に幾つもの発光した画面が浮かんだ。

 

『収容人数の限界を越えているため、通路に機材を拡張しまし ――』

『当企業の新製品は、新世界のための時間凍結式避難シェル ――』

『難民が押し寄せた時、ヒーローが彼らを駆除したのは仕方が ――』

 

映像が流れ音声が響き、絡み合い雑音と化す。

幾つもの画面が等しく熱病の如く同じ言葉を紡ぐ。

 

『いくつもの時を越え新世界へ、この子供たちこそが未来への ――』

 

新世界、新世界、新世界 ――

 

「何じゃこれは、言葉は神代語じゃが描かれておる景色はまるで伝承と違う」

 

映し出される世界に戸惑うハジャル博士の横で、覗き込んだマルジャーンが語る。

 

「美形揃いだけど、人間の姿をしているのは少な目ね」

「もしや、先史時代の光景、なのか」

 

羽根の在る者、手足の数が多い者、半透明な者、人とは思えぬ異形の姿。

 

一歩引いたサフラは無言で不思議な光景を眺めていたが、

ふと、視界の端で静かにしている少女に気が付く。

 

『こういうのは苦手でさ、自分の人生に機会があるとは思っても居なかったんだ

 まさか俺たちに子供を作る許可が出るなんて、いや、嬉しいんだ本当に』

 

「記録に無い施設、居るはずの無い子供」

 

板の上に座り、感情の抜け落ちた顔で何事かを言っている、

 

『父さんも母さんも、これからお前たちを守るために戦い続ける、愛している

 お前は望まれた子供なんだ、その事を忘れず自信を持って生きてほしい』

 

「霊素を無尽蔵に消費する極限まで強化された魂魄、保管されている数多の兵装」

 

手元に浮かぶ半透明の制御盤を操り、平坦な声色で事実を数え上げる。

 

『だからどうか新世界で幸せに生きてくれ、お前には幸せになる権利が在るんだから』

 

やがて中空の映像は止まり、剣士の聴覚に少女の言葉が届く。

 

「実に、おぞましい」

 

振り返れば神はいつもの様相で、見るからに不機嫌に膨れていた。

 

「何て言ってたの」

「餓鬼どもを未来に送りつける、人類を腹いっぱい貪れる日が待ち遠しいって感じかな」

 

マルジャーンが聞き、アルフライラが応え、サフラが周囲を見渡して纏める。

 

「つまりこの硝子管に眠っているのは、純血オークの子供たちって事か」

 

この場でただ一人神代語を解する人間であるハジャルが、青い顔をして頷いた。

 

「まあ、そうじゃな」

 

あとそこそこ、長生きしたかった偉いオークも居るみたいだねとか少女は語り、

何の変化も無いそのままの声色で古代語を口にする。

 

「『命ず、人類保管全施設の即時廃棄』」

『エラー』

 

朗らかな言葉に、どこからかの機械音声が返答する。

 

「『命ず、全施設の全時間凍結解除』」

『エラー』

 

繰り返す返答に、少女は首を捻り口を開いた。

 

「後ろ暗いだけあって、非合法な障壁ぐらいは用意してたのかな」

 

まあ良いから帰ろうかと周りを誘い、ふゆふゆと来た道を戻りながら謳う。

 

「『強制執行要請、パスワード入力準備』」

 

何某か察している二人を、溜息を吐いた博士が誘って帰路に就く。

 

「『我らは為すべき事を為さず、すべきでない事を為す』」

 

施設の光る石が次々に消え、段々と光量が下がっていく。

 

「『身の内に健全なる部分は何も無く、故にその遺体を地に委ねる』」

 

薄暗がりの中に、硝子が割れる音が響く。

 

「『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』」

 

どこかで大きい音が響き、壁に亀裂が走った。

即座に3人が板を掴んで押し込み、ふゆふゆとした移動速度を加速させた。

 

連続する音は響き続け、天井より剥がれ落ちた建材がそこかしこに落ちていく。

 

「ええい、何事をするにも安全を確保してからにせんかッ」

「てへぺろ」

 

剣士が無言で少女の頭も握る。

 

「ぬぎゃああああああぁぁ……」

 

気が付けば姫は板の上でまったりとしており、即座に残りは目くばせを交わし合う。

そのまま加速する板に飛び乗り、潰れた少女がむぎゅるとか鳴いた。

 

「いやまさか、建材まで時間停止させていたとはアルちゃん様の目をもってしても」

「よくわからんがお主の目がかなり間抜けな事は知っておるぞいッ」

 

崩れ落ちる施設から古代遺跡に脱した板は、ようやくに速度を緩め停止する。

轟音が響き砂煙が挙がり、開かずの扉の向こうの空間が土と石に埋まり尽くした。

 

板から降り粗く息を吐く3人。

 

やがて音も絶え、古代文明の遺跡に相応しい静謐が戻ってくる。

 

そして視線を外し、アルフライラは軽く振り向いて口を開いた。

 

「せめて、夢見るままに」

 

幾らかの時間をかけ、面々が水路を出ればそこは既に誰そ彼刻。

陽光は紅に染まり、空に合わせ世界を常ならぬ色に染め上げる。

 

―― 安らかに憩え 全ての御霊よ

 

港の方より、詩人の楽と高らかに響く斉唱が砂を渡っている。

 

 不安に苦しみ抜いた者よ 甘き夢を見果てた者よ

 

茜に染まる海面に、流された幾つもの花びら浮かび、沈んでいた。

 

 生くる事に倦んだ者よ 間も無くて去りし者よ

 

万霊の夜に、人ならざるもの宴はようやくと終わりを告げる。

 

 全ての御霊よ 安らかに眠れ

 

そして宵闇が空を染め、何もかもが闇の帳に包まれようとしていた。

 

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