砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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02 Epilogue

 

偉大なる青の女神が逆さに吊られている。

 

天地逆の姿勢のまま、裾がはだけない様にと両手で抑え、

その両足は作業用ハンドに握られており、時折揺さぶられ悲鳴があがった。

 

その横で無表情な創世神が板の上から、魂消槍の横の平たい部分を使い、

豊かな膨らみをペチンペチンと叩いては揺らしているのは何故なのか。

 

理由はわからねど、倒錯染みた光景に物見の男性はやや前屈みである。

 

そんな怪しげな邪神の儀式を維持したまま船団に近寄れば、

妖しい雰囲気に気が付いた鬼瓦こと、船団料理長が誰何の声をあげた。

 

「アルちゃん様、ウチの頭は何やらかしたんですかい」

「第一声がそれかああああぁぁッ」

 

常日頃の行いを物語る深き信頼関係である。

 

「えーと、アレが何かあんな感じで、こう、ふわっと」

「それならまあ、仕方ないですな」

 

虫も殺さない様な可憐な笑顔でゴリ押しする姉神であった。

 

「そんな曖昧な言い分で納得するなあああぁぁッ」

 

吊り下げられた罪神が何か言っていたが、当然に耳を貸す者は居ない。

 

そんな有様に苦笑を零し、アルフライラは周囲が見惚れる様な微笑みのまま、

そっと吊り下げている妹の耳元に口を寄せて、小声で囁いた。

 

「魔族に情報まで流したのに、遺跡を手に入れられなくて残念だったね」

 

アズラクが石化した。

 

固まったままギリギリと視線を移動させ、姉の方へと目を向ければ、

見る人を蕩けさせる蠱惑的な笑みのまま、その視線は深淵を覗くほどに深い。

 

「か」

 

やべえ、返答間違えるとガチで()される。

 

表情から伺えるそんな内心を察し、物見の船団員たちが軽く頭を抱えた。

あ、これお頭ガチでヤバイ事やらかしていると。

 

「かわいい妹のお痛だから、許して」

 

てへりと音が聞こえてきそうな媚びた声には、ぷすりと刺さった魂消槍が応えた。

 

「つ、繋がってませんッ、単に取引先から情報が流れていっただけですうぅぅ」

「へー、そうなんだー」

 

腹部にぶっすりと挿した槍をぐりぐりと動かしながら、平坦な声色が絶叫に返る。

 

「何か私の中のヤバイとこが無遠慮に掌握されてる感じいいいぃぃ」

 

魂消槍は兵装ではなく、あくまでも槍型デバイスであり工具である。

単純に旧世界基準で作られているため、その威力、効果範囲の桁が違うだけだ。

 

対象の魂魄改造を用途とし、分解からの再構成、消去までと自在に加工できる。

 

「名称変更、アズラクからおっぺけハンター梅子に」

 

なのでこんな用途にも使えた。

 

素体名の更新が成され、接続された世界に対し情報が書き込まれる。

接続された世界に記録された大神の上位を彩る色彩の三女神の名、即ち。

 

―― 赤のアハマル、青のおっぺけハンター梅子、緑のアフダル。

 

「アルちゃん様、いくらウチの梅子様がおっぺけハンターだからと言ってそんなご無体なッ」

 

刺さった槍をぐりぐりとしている少女のビジュアルに、堪りかねて船団員が叫べば、

逆さ吊りの姿勢のままで頭を抱えたおっぺけハンター梅子が絶叫する。

 

「あああ、情報汚染が既に船団にまでえええッ」

 

ちなみにはだけそうな裾は、太腿から膝を閉じて挟み込み死守している。

 

「うわあ、青の神国の名誉が風前の灯火になっておるぞい」

 

おっぺけハンター梅子の加護に守られた青の神国、とりあえず意味が分からない。

かろうじて一時的なレジストに成功している博士がそう零せば、少女が振り向いた。

 

「ぺぺろーにゃ頂上作戦町子の方が良かったかな」

「選択肢がろくでもないのう」

 

遠い目をした開拓者に次いで、レジスト成功した事務長が真面目な声をかける。

 

「神国にも民は居りますし、何卒ご慈悲を……」

 

情報更新の強制力は、世界に接続している神族でもなければそれほどでは無い。

しかしそれは時間差があると言うだけであり、放置すれば定着してしまう。

 

そんな神国全体の名誉を人質にとった邪神は、首を捻って軽く言った。

 

「なら、身代金かな」

 

海原を強く渡る青き風の如く、爽やかな笑顔の発言であった。

 

「神質を返してほしくば、貴重食材を用意するのだー」

「この際、神質は後回しで良いのでまずは神国の名誉回復をお願いしますッ」

 

散々に代償を払わされた後に、おっぺけのまま解放して契約終了とか言いかねない。

そんな邪神しぐさを察した事務長が、素晴らしく身も蓋も無い条件を突き付ける。

 

船団員の絆に震え絶叫する梅子の鳴き声を背景に、貴重食材と言われても

どう用意するのか、食材倉庫を開けば良いのかと実務を纏める中。

 

アルフライラは、順繰りに船団員たちの瞳を覗き込みながら静かに言った。

 

「おっぺけハンターが、隠しているよね」

 

多くは語らず、互いに視線だけで様々なやり取りを交わし、最後に事務長が言う。

 

「梅子様を救うためなら、仕方ありませんねぇ」

 

棒読みである。

 

美食船団が、アルフライラ海賊団と化した瞬間であった。

 

「いや姉さん、自分で作れるわよねだいたいの物はッ」

「買ったご飯より自分で作ったご飯は美味しく」

 

神御座船に乗り込みながら、板に乗った少女が神質の言葉に答えて続ける。

 

「奪った飯はさらに美味い」

「そんなんだから神代で蛮賊神とか言われるのよおおぉッ」

 

かくて蛮族の光を宿した大神の元、蛮族の心を持った船員が縦横に走り回る。

 

「へい頭ッ、私室に白酒の壺を隠してやがりましたぜッ」

「なら瓶で貰おうか、残りは皆で分けるがよいよいよい」

 

セルフエコーをかけた神告に、海賊たちから喝采が上がった。

次々と暴かれる大神のプライベートエリアと、積み上がっていく戦利品の山。

 

「温いな」

 

おっぺけハンターの私室に乗り込んだ長女が、発見された酒瓶を眺めて言う。

室内に入った一瞬、梅子が視線をやった棚の後ろに隠されていた品である。

 

「隠してある場所に一瞬だけ視線をやるなんて間抜けに、仕込んだ覚えは無いのだ」

 

逆さ吊りのまま、神代にアルフライラ式のあれこれを仕込まれた妹神は蒼白になる。

 

「一切視線をやっていない寝台の下、もまたブラフ」

 

寝台下を探してみると希少乾物が在り、とりあえずと確保しながらそんな事を言う。

 

「囮を置いてまで隠したかった本命は、適度に注意を向けて意識に埋もれさせている」

 

路傍の石のように、通り過ぎた通路に飾られていた絵画の様に、

そんなごくあたりまえの光景として扱われている個所、この部屋の中でそれは。

 

「額縁の裏だね」

「いやああああああぁぁぁッ」

 

壁の絵画をとり外せば、果たしてそこには隠された扉が在り。

 

「私のXO醤んんんんッ」

 

いくつかの調味料の入った瓶が確保され、板と厨房に回される次第。

 

探索と絶叫、そんな光景が幾度か繰り返されればやがて太陽は傾き始め。

そしてようやくに解放されたアズラクは、打ちひしがれ港湾に失意体前屈。

 

ご無事ですかとか、心配しましたよとか白々しく言い募る船団員の労いに、

憶えてなさいよてめえらと絶叫する青の大神の威風がそこに在った。

 

そんな何周か回りまわった仲の良さに苦笑しながら、姉が別れの言葉を出した。

会えて良かった、元気そうで安心したとか、ごくありふれた言葉の連なり。

 

「世界再生は成ったし、大神の仕事もそうは残ってないから」

 

後は気楽に生きれば良いよと言葉をかけた姉に、妹は真面目な顔で問い掛ける。

 

「姉さんは、役目が無くなった私たちが存在しても良いと思っているのかしら」

 

アルフライラは、軽く視線を外した。

 

空の色に何かを見ながら暫くの間が挟まり、そうだねと肯定が在る。

 

「出来る限り長生きして、飽きたら辞めれば良いさ」

 

軽い言葉に、溜息を吐いたアズラクが重ねて言った。

 

「なら姉さんも、出来る限り長生きしてちょうだい」

 

言葉に、虚を突かれた顔。

 

世界の再生を終えた創世神に、青の大神が述べた。

ともすれば旧き神々に殉じようとする姉に、釘をさす様に。

 

港湾に、静かなだけの時間が幾らか流れる。

 

「善処します」

 

姉の小さな声に、盛大な溜息で額を抑える妹。

 

「持ち帰って検討しないだけマシなのかしらね」

 

呆れ混じりの声色が、軽く海原を通り過ぎた。

 

月夜に拾った釦の如く、役立てようと思ったわけでも無いが、

月に向かってそれは放れず、浪に向かってそれは放れず。

 

どうしてそれが捨てられようかと。

 

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