砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 美食船団始末

 

そして船は行く。

 

明朗にして浪低き海原を割る様に、船団が連なり航行の足を進める。

 

大神姉妹の別れも既に遥か後方に置き去りにし、神術の水流に乗り沖合に出る。

アズラクが意識を取り戻した時には、神御座船の船団長室の中であった。

 

涙目白猫獣神による親愛と悲しみの頭突き連打は、綺麗に姉の全肋骨を粉砕し、

青の玉座に安置され修復の煙吹くままに放置された後の事である。

 

呆けた頭のままに周囲を見渡してみれば、長姉より受け取ったダンボール箱が見えた。

 

「お頭ぁ、そろそろ海流操作の海域ですぜ」

 

部屋の外から掛けられた船員の言葉に、ふごふごと不明瞭な音の返事。

何事かと思われ、戸を軽く叩き入りますぜと言いながら入室する鬼瓦料理長。

 

青の女神は麺を啜っていた。

 

手に持つは発砲した樹脂で作られた杯、中には真空凍結乾燥させた麺と具材。

それに熱湯を注ぎ、3分ほど待った末の先史文明前期長期保存食の有様である。

 

容器には先史古代語で、杯の麺などと書かれていた。

 

「ええと、何ですかそれ、古代遺物っぽい容れ物の中に麺て」

「具もスープも入っているわよ」

 

言いながら容器に口を付け、中身を飲み干しながら一息をつく。

 

「姉さんはじゃんくふうど、現代語でゴミみたいな飯とか言っていたわね」

「何でそんなもん食ってんですか」

 

料理長の困惑した声色に、何かを思い出した様な顔で苦笑する女神。

そして私も神代で姉さんに同じ事を言ったわと、楽しそうに言葉を紡いだ。

 

「その時に姉さんはこう言ったわね、ゴミにもゴミだからこその魅力が在ると」

 

その言葉に、ふむりと頷き得心する物が在る料理長。

船団の構成員は基本的にアズラクが拾ってきた者たちであり、脛に傷持つ者も多い。

 

「そして、クズでも火を点ければ燃える事ぐらいは出来るとか」

 

実のところ、その会話の前日にロボ部のサルベージ失敗で不覚にも確保してしまった

ヤンキー物邦画耐久視聴をこなしたが故の発言であったが、アズラクはそれを知らない。

 

「なのでゴミが居たら、可燃か不燃か確認してから対応を決めるべきって話だったわね」

「なんかまた、つくづく上位者の視点ですなあ」

 

ちなみに耐久明けで、真面目に料理を作るのが面倒故の即席麵なだけであった。

 

「んで私も食べてみたいってお願いしたのよ、6千年前に」

「ああ、もしかして前に言ってた約束ってそれですかい」

 

問われた女神は軽く頷いて、その時は駄目だと断られたけどと語る。

料理を構成している栄養素が偏っているから、子供が食べる物じゃないと。

 

「だから私の肉体が成長して、仕事も一段落したら生成してくれるってね」

 

そう言って、箱の中に手を入れ幾つかの容器を転がしながら軽く笑う。

 

「随分とまた、時間がかかりましたな」

 

肩を竦めた料理長の言葉にまったくねと応え、ついには破顔する青の女神。

そんな空気の中、徐に料理長がはてと首を捻り疑問を呈した。

 

「アルちゃん様の身体って、子供に分類されませんかね」

「内臓的には成長終わってる肉体年齢だから、ギリギリ適齢期、かしら」

 

あのひと、自分の事はしょっちゅう棚に上げるからと遠い目をする妹の言。

 

「まあそれはともかく、そろそろ海域ですぜ」

 

そして少しばかり変な方向に移っていた空気を、改めてそもそもの物に切り替える。

言葉を受け動くかと思えた主は動かず、料理長の視界で首を捻っている。

 

「んー、本当にもう沖合かしら」

「もう陸地も霞なぐらい沖に出てますが」

 

港湾に設置されていた大神権能及び神族権能の制限術式。

限定解除は、全てアルフライラの許可が必要とされていた滞在期間であった。

 

故に術式の範囲外、沖合に出るまで海流操作は果たせないとの認識であったが。

 

「何かね、港から離れた割に私の権能の制限が全く解かれてないと言うか」

 

微妙な顔の発言をした直後、はたと気が付く気配が在る。

 

「船内で、姉さんが、先日の逆さ吊り以前に、入り込んだ箇所は、何処かしら」

 

思考に沿う様に一言一言、区切る様な言葉が紡がれる。

言葉に顔色を変えた料理長が、慌てて確認のために船団員の元へ走った。

 

聞き取りの末に判明した路跡は甲板及び通路、船内厨房、そして。

 

「ここね」

 

食材庫の中の棚を動かせば、裏の壁に焼き付けられた術式の紋が発見された。

同時、街中に術式の探索で出ていた船員たちが膝をついて立ち上がれなくなる。

 

「うああああぁぁ、考えて見ればやりそうな事よね姉さんんんん……」

 

頭を抱えたアズラクが涙目で破壊しようとすれば、周囲の船員がしがみ付き留める。

大神権能すら制限する封印の術式、せめて書き留めるまで待ってくれと。

 

「え、待って、半分も理解できない、何これ」

「大神ってここまでのものなの、いや待って嘘よね」

 

そして速やかに書き写す法術担当たちが、筆を走らせながら引きつった顔で零す。

 

「姉さんは敢えて分類すれば旧神だからね、この手の事は13大神とは格が違うわ」

 

アズラクがハイライトの消えた瞳で解説すれば、引きつった担当たちが白くなった。

 

「これが、アルちゃん様の本気」

「まさに偽りの大神、いや偽りってそっち方向ですか的な」

 

燃え尽きたままに黙々と写生する様の後ろで、料理長が引き攣りながら問いを発する。

 

「と言うかどうやって、通りすがる程度の短時間でこんなところにここまでの式を」

 

そんな疑問に、心当たりの在る青の大神が淡々とした口調で答えた。

 

「ミーゾローチよ、権能に直結しているから法術行使用の端末として使えるのよアレ」

 

と言うか、そっちが元々よと補足。

 

巨大な水龍の生成はあくまでもアズラクの権能の出力故であり、術の本意では無い。

そもそもの水神術水大蛇は、様々な法術に移行する前段階としての繋ぎの術だと語る。

 

表で食材を抱えて騒いでいる裏で、棚裏に水を這わせ魔素で式を焼結させたのだろうと。

 

「しかし何でまた、法術を消さず残しておいたんでしょうな」

「妹へのお土産、って感じなのかしらね」

 

消し忘れていただけである。

 

「まあ確かに、これを持ち帰り僅かでも解析が進めば」

 

料理長がそこで言葉を区切り、思い当たる様々な後々までの利と損に身震いをする。

 

「昔からそうよ、姉さんが何らかの力を渡すときは、必ず覚悟も要求する」

「使いこなせる気が無ければ、消してしまえと言う事ですかね」

 

普通に、消し忘れていただけである。

 

「いいわ、写しなさい」

 

姉の信頼に応えようじゃないと、強い笑みで語る船団の長に船員が身震いを覚える。

 

今まさに港で法術が遠ざかる気配を察し、うっかりなどと言っている少女が居るなどと

僅かも想像が及ばぬほどに盛り上がる気炎が船内を満たす。

 

「甲板に居るから、終わったら伝えて」

 

それから海流を操作すると伝え、青の女神は場を後にした。

 

階段を上り、蒼天の下に歩み出る。

海原を切り裂く船足は海風を甲板に生み、青い髪を靡かせる。

 

「さて、帰りますか」

 

改めて口にして、ふと思い出す物があった。

神代で荒野に向かおうとする姉に、帰る気は在るのかと問うた想い出。

 

―― 帰る場所が在る者は、旅人とは名乗らない

 

様々な出来事の末に、姉が死出の旅路に出る事こそ無かったが、

その精神は未だに自らの生を認めず、彷徨う死者のままでこそあったが。

 

―― もうやだー、イルドラードに帰るぅ

 

先日に軽くぼやいていた言葉。

 

変わりつつあるのだろう、私が旅人として世界を彷徨った後に、

青の神国と呼ばれる帰るべき場所を作り出した様に。

 

雲の無い晴天を仰ぎ、風を受けながら神が祈る。

物を灼かぬ暖かな光で海原を照らす、遥か遠き太陽の下で。

 

旗は舞う、海風に乗り船団の路行を願う様に。

青き旗、千の夜に在りて初めて輝く一つ星の青き旗。

 

海原に消えるこの想いが、どうか誰かに届きます様に。

 

どうかあのひとが、自分の生命を認められる日が来ますようにと。

 

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