砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 千夜行城壁譚

 

降雨や砂下の地形の影響で、砂丘があまり造られない砂砂漠が在る。

地平線の果てまで何も無く、あるいは遠い山脈などが見える砂の平野。

 

その様な土地には、出る物である。

 

求めども辿り着けぬ幻のオアシス、旅人を誘い迷わせる死の湖。

 

【挿絵表示】

 

要は、ただの蜃気楼だ。

 

そう書けば簡単な話に見えるが、実際のそれは意外なほどに現実味の在る光景で

ついつい気をとられて道を見失い、遭難する旅人などと言う犠牲者が時折発生する。

 

なので遠くに在るはずの無い光景が見えても、隊商は気にせず落ち着いて黙々と進む。

 

ふゆふゆと追随するアルフライラの耳に、駱駝使いの指示の音が時折に届く。

口笛の様な、舌打ちの様な、短い音で前後左右と駱駝に意志を伝えている。

 

秋も深まり、日中の気温も下がり移動できる時間帯が増える一方、

夜間は肌を刺す冷気が世界を凍らせて、防寒具が必要になってくる昨今。

 

やがて日暮れ前に礫砂漠に至り、山中の獣道の如き砂中の交易路が見えた。

 

進路のズレも予定の範囲内に収まり、特に何事もなく到着する。

礫砂漠の中に在る岩山に、張り付くかのように造られた城壁都市。

 

【挿絵表示】

 

眠れない城、交易都市イルカサルアルク。

 

諸王国時代に軍事拠点も兼ねた都市であり、その名残である城壁と正門から、

結構な距離をはみ出る形に建物と露店が立ち並び、市場が形成されている。

 

宵の帳が降りる最中、そこかしこに篝火が焚かれ露店の中の油灯が影を作った。

 

不夜城と言えば聞こえは良いが、単に昼は暑くて商売にならないだけとも言える。

故にそれなりの光熱費を使いながら、夜間に市が立つ交易都市の風景。

 

「南方の実芭蕉(マウズ)在るけどどうだい、1本(バナナ)から売るよ」

「料理芭蕉か、(オンクド)でもらおうかな」

 

「おっと、南方なら黍砂糖(シャカラ)を忘れちゃなんねえだろよ」

 

通りすがりに、浮いている怪しい板とて物怖じしない商人たちが品を売り込んだり、

物怖じしない少女が容赦なく買い上げたりとしつつ、開拓団へと歩を進めた。

 

市が立ち仕事も増える宵の口、開拓団飯場は開拓者たちが出払い閑散としており、

 

ハジャルが護衛依頼の終了の確認と、報酬、宿の手配をする後ろで、

サフラとマルジャーンは麦酒の杯を受け取り、アルフライラはごく自然に厨房に押し入る。

 

そしてせっかくの料理芭蕉だからと房をバラし、竈にかけた鍋に放り込み茹で上げた。

実芭蕉(バナナ)と違い、料理芭蕉(プランテン)は生食が出来ない料理用の品種である。

 

そのうちに熱が皮を黒く変色させ、茹で上がった所を取り出し皮を割く。

 

水気を含みぐずぐずに成った身を匙で掬い、器の中で振るった小麦粉と混ぜて捏ねた。

黍砂糖も混ぜ、平たく伸ばして石窯で焼き上げればバナナ焼きの完成となる。

 

「ベーキングパウダー、混ぜたいとこだったかな」

 

生成は出来るが、入手を考えるにアビヤド縛りの現状では使いにくいなと感想。

 

ともあれ出来上がった軽食を大皿に山と盛り、少女が飯場に戻れば喧騒。

倒れ伏す体格の良い開拓者たちと、机の上に肘をつき向かい合う獣神と誰か。

 

即座、顔の前に握り合った手を全力で机の上へと倒したアビヤドと、

倒された腕の勢いに釣られ座り込んだ姿勢のまま、錐揉みで転げていく敗者の姿。

 

「姉様、勝ちましたッ」

「わあ何か目を離したら脳筋しぐさしてるこの娘」

 

転がされた開拓者たちは麦酒を持ち、そっと後方身内面の一行の席に置いていく。

 

「この土地の麦酒は泡が少なくて、苦みが強いのよね」

「刺激が少ない分、味が強調されておる感じじゃのう」

 

「結構好きですな、こういうしっかりした麦酒は」

 

タダ酒にありついている酔っ払い組が戯言を零し、剣士組は無言で杯を空けている。

 

「まあ、信仰対象を飯の種にするのは世の常、なのかな」

 

遠い目をしたアルフライラが、寄って来た妹の口にバナナ焼きをねじ込みながら呟いた。

 

「そうそうアルちゃん、良い事聞いたのよ、ありがとう」

 

席にパンの山を置くと同時にマルジャーンが言い、ながらバナナ焼きもとる。

聞けば最近は隣国の難民が増えて、交易路にもそれなりの人数が押し寄せていると。

 

「何か手足が黒い人とか目が黄色い人が結構混ざっていて、一目でわかるとか」

「『屠蜀』かな、て言うかそれのどこらへんが良い事なのかー」

 

それ自体はろくでもない話だけどねと、手を振りながら姫は言葉を続ける。

そんな難民が立てている屋台があって、この街の開拓者の最近の流行だと。

 

「良く洗った内臓をぶつ切りにして、香草と一緒に一昼夜煮込んでいるらしいわ」

「下品じゃな、じゃがまあ聞くからに美味そうではあるの」

 

杯片手の話し手に、杯片手の酔っ払いが口を挟み、杯片手の他3名がしみじみ頷いた。

 

「醤に漬け込み鉄板で焼いたりもしていましたよ、姐さんがた」

 

麦酒の杯を席に追加しながら、転がされていた開拓者が情報を補足する。

言葉に板が振り向けば白猫が何か高い位置に置かれ、菓子や果物を貢がれていた。

 

「何か目を離した隙に信仰されている」

「流石はアビヤド様ですな」

 

アルフライラが困惑している様相を見せながら杯を受け取り、サヤラーンがしみじみ語る。

そのまま杯に口を付け、普段のよりも色が濃い土地柄の開拓者麦酒を舌に乗せれば。

 

「味が重い、確かにこれなら内臓料理にも合いそうだね」

「でしょー」

 

意を得たりと得意気なマルジャーンに、これなら白酒や火酒を出さなくて良いかと

何の気無しに零した神の宣告が、受け取り手の表情を真顔にさせた。

 

「いや、そこは出しましょう」

「何だろう、このいまだかつて見た事の無い真剣な表情」

 

引き気味の神に、机に肘を置き俯きがちでハジャルも言葉を重ねる。

 

「うむ、そこは出すべきじゃな」

「何だろう、このいまだかつて聞いた事の無い真剣な声色」

 

少女が半目のままくるりとサフラの方を向けば、諦めろと無情な言葉。

 

「こいつらは、諦めない」

「何だろう、この結構よく醸し出される疲れ切った雰囲気」

 

そして夜も更けた頃、市に繰り出した集団が朝には二日酔いであったと言う。

 

 

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