砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 副王都宴席噺

 

薄暗い宴席の間には2弦、5弦、7弦の琵琶の楽が複雑に絡み合い、

合いの手の打楽と吹楽に合わせ、踊り子が華やかに舞い踊る。

 

副王の楽団の踊り子たちは、時折にその腕に布飾りを巻いており、

ひときわに目立つ赤毛の踊り子の腕にそれが無い事で、嫉妬の視線が商人に向いた。

 

その袖を緑に染める。

 

褥を共にする事を指す慣用句であり、染めるに易い布を袖に纏うと言う事は、

その覚悟が在るのなら口説いても良いですよとの、踊り子からの挑発である。

 

故に、既に決まった相手の居る者は布では飾らない。

 

そして副王が四隅に造らせた氷像は、今も熱気籠る広間に涼し気な空気を作っており、

片膝を立てて絨毯に座る賓客は、目の間に並ぶ山海珍味に舌鼓を打った。

 

副王サバルジャドの宴席。

 

香辛料に包まれた肉塊は小さく切り分けられ、次々と積み上がる発酵パンに乗せられる。

配られた汁にも入れられ、肉と野菜を生地で包んだぺりめになる料理に味わいを添えた。

 

やがて宴もたけなわ。

 

周囲より一段高い所に絨毯を敷く持て成される側の存在が、幾つかの話題の後、

気に入りの商人を呼びつけた事で、場の空気が穏やかに静まった。

 

「直答を許す」

 

それなりの恰幅に整った相貌の若き王が、自らの顎髭を撫でながら口にする。

 

一介の商人に対し破格とも言える待遇を許した場に軽くざわめきが起こり、

しかしその視線は羨望や嫉妬と言うよりも、同情と憐憫がかなりに混ざっていた。

 

口さが無い者に鶴瓶落としの王と呼ばれる傑物、選定王キレスタール1世。

 

子沢山で国内に混乱をもたらした先代好色王の御代にて、副王の支持を得て、

親兄弟の首を鶴瓶の如く、気軽にポンポンと落とした事に由来する蔑称である。

 

嘘を好まず、口にした者の首も気軽に落とされる。

 

そんな、可能な限り会話の機会を全力で避けたい権力者筆頭に対し、

内心の悲鳴を微塵も表に出さず、商人は美辞麗句を並べ立てた。

 

「そして今回お持ち致しましたのは、黄金の林檎にございます」

 

礼節の後に転がり出た言葉に、王は興味を惹かれ軽く身を乗り出した。

 

「霊験あらたかとも、堕落の果実とも様々に聞くな」

「巷の噂はともかく、それが何なのかと調べ3種を得て参りました」

 

言いながらまず取り出したのはやや細長い、緑がかった黄色い果実。

 

「林檎、と言うには少し苦しい外観だな」

「花梨にございます」

 

そして商人は、古代の西部にて木に成った果実故に林檎として扱われ、

色合いから黄金の林檎と呼ばれた時代があったと語る。

 

「蓋を開けてみれば、たわいの無い話であったな」

 

すかさずと文官の持ち寄った花梨の蜜漬けを食みながら、呆れ声が在る。

 

「そして次に、青の神国にて林檎を育てる者が居りました」

 

次に出されたのは、色合いが黄色い普通の林檎。

 

「黄金の林檎と呼べる物を作ろうと試み、現在はその色に至っております」

「あの国は数寄者が多すぎる」

 

苦笑を零した王が、はにかみ顔で持ち寄られた林檎を齧った。

 

「林檎だな」

「林檎にございます」

 

他に何とも言い様が無いと、互いにそんな表情。

 

「して、此度の産物は苦笑いしか齎さぬが、最後は面白いのだろうな」

 

緩やかな顔で、しかし眼光だけは鋭く言葉を投げる。

 

「苦笑いでもそれなりに愉しんでいそうではありましたな」

「ぬかしおる」

 

呵々と笑った王の言葉に、あの商人の心臓どうなってんだと賓客たちが驚愕した。

 

「以前より、幾柱かの大神と関わる機会がありまして」

 

ほうと、一言短く呟いた王の姿に、宴席の空気が変わり静まり返る。

そして商人は、何も気づいていないかの如く調子を変えずに言葉紡いだ。

 

「黄金の林檎について問うてみれば、大神たちが同じ事を言うのですよ」

 

姉が時折に譲ってくれたと語り、そのままに小さな木箱を取り出す。

 

「姉、昨今に囁かれている偽りの大神か」

 

そのままに木箱に封をしている紐を解けば、保存術が解除され一瞬、

法陣が浮かび上がりそのまま音も無く砕け散り、空中に塵と散じた。

 

時の秘法と、術に詳しい貴族の呆けた様な呟きが宴席に響く。

 

「縁ありましてな、譲っていただきました」

 

言いながら箱から出したのは、先程の黄色い林檎よりも赤味が増し、

黄金としか言いようのない色合いの皮を持つ、林檎の形状の果実。

 

「ほ、ほう、見た目はまさに黄金の林檎だな」

 

あまりに言葉通りの外観に一瞬戸惑いを見せた王が、あらかじめ別口にて切られ、

文官が持ち寄った果実に手を伸ばし、白い果肉を口元に寄せる。

 

「香りが良いが林檎では無い、何か何処かで覚えがある様な」

 

そのまま怪訝ながら一息に齧り、シャリと硬い物が砕ける爽やかな音が響いた。

 

甘味が、蜜などと生易しい分量では無い良く冷えた果汁が口の中に広がり、

歯応えを愉しませる果肉が柔らかな香りを纏い口中を無造作に踊り狂う。

 

止まらない。

 

噛む、砕く、飲む、取る、噛む、砕く。

 

果肉とはこうあるべきと言う至高、水蜜をそのまま固めた様な固形の甘露。

 

「お、俺の口が今まさに蹂躙されているッ」

 

驚愕の叫びが上がり、普段に荒ぶる姿をそうは見せない王の有様に宴席も騒ぐ。

それほどのものなのか、畏怖を越える好奇心は視線と変わって王の席に集まった。

 

「何だ、何なのだコレはッ」

「梨です」

 

絶叫を気に留めず、あっさりと答えた商人の言葉に場の空気が凍る。

 

「ああああああ、確かに梨の味だこれええええぇッ」

 

そしてそれを打ち砕く様な大声。

 

「先史の時代、東の果てに自らを林檎と勘違いした梨が在ったそうで」

「え、いや梨、確かに固まったら、ちょっと待て衝撃で頭が回らない」

 

そのまま無言で皿の上の果実を消費する間が在り、無くなった皿に指を突き、

商人の持つ木箱にネットリとした視線を投げ、慌てて顔を整える王の有様。

 

「献上いたしますので、良く冷やして頂ければと」

「ああ、うむ、催促した様で悪いな」

 

こほんと咳をして気まずさを消し、改めて王が言葉を告げた。

 

「しかし梨ならば林檎では無いのではないか」

「見た目から神代で黄金の林檎と呼ばれ、現在に伝わっているそうです」

 

「ああ、先程の花梨と似た様な由来と言うわけか」

 

そして小さく、別に嘘と言うわけでは無いのだなと呟き、

鶴瓶落としにチキンレースを仕掛けている商人に対し畏怖の視線が集まった。

 

赤毛の踊り子は先程から宴席の端で固まった表情で同僚にしがみ付き震え続け、

全力で震わされている側から何とも迷惑そうな表情を向けられている。

 

「少なくとも、白き獣神と黒き姫神はこれを黄金の林檎と呼びましたな」

「はッ、まさに神の果実か」

 

ならばこれは確かに黄金の林檎であったと宣言が在り、宴の一幕は閉じた。

 

「して、これを他に手に入れる、もしくは栽培のあてなどは無いのか」

「青の神国で大神に栽培されているそうなので、交易に望むのが宜しいかと」

 

「ふん、まあ話が通じる分だけ隣国よりはマシな手合いか」

 

やがて日は落ちて宴席も終わりの気配を見せる。

踊り子を口説いた勇者を含め、賓客たちは自らの寝所に移動し場は片付けられた。

 

そして好々爺然とした副王サバルジャドが隔離された部屋に向かい、

王に対し上下を付けてはいけない集団、大神含めた神族たちに向かい合う。

 

「婿殿が頑張ったのでな、約束通りイルドラードまで国軍に送らせよう」

 

それぞれ喜色と絶望に染まる二つの集団の明暗が部屋に生まれた。

 

「ふ、流石は我が商人、良い仕事をしますわねッ」

「ぐぎぎ、あの悪徳商人がああぁぁ、でも流石に実力だけはあああぁぁ」

 

高笑いの姫の大神の横で、過去のあれこで悶え狂う神殿戦士。

二十面相一味は皆揃って床に手を付き項垂れ、絶望を体現している。

 

明暗と言うが、明るいのは1柱しか居ない。

 

そんな有様を見て、目を細める副王には柔らかい気配が纏われている。

 

「何かエミーラ様、気に入られてね」

「完全に孫を見る爺の目だよな」

 

いち早く正気を取り戻した黒子4号と5号が小声で囁き合う。

 

あまり深く考えてはいけない内容にそれきりと2柱は口を噤み、静まる。

廊下に並ぶ油灯の火から漂う果実の香りが、城塞の夜を告げていた。

 

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