砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 千夜砂芋奇譚

駱駝は体内に水分を貯め込むので、水を呑まずに長時間の移動が可能だ。

 

それでも夏場は2日、冬場は10日に一度程度の給水の必要性が在り、

結局の所は砂漠も平野と変わらず、水こそが交易の要であり文化の基盤となる。

 

などと嘯いた所で、水が無いと言う現実は変わらないのだが。

 

なので外に住む者は砂漠の各所、岩肌の影などに水を溜める施設を作り、

古代より雨水を秋冬に溜め込んで、夏場に消費する循環を繰り返している。

 

およそ礫砂漠を交易に使う隊商は、外に住む者から駱駝の水を買うのが定番であり、

通行料に幾ら色を付ければ水が貰えるか、そのあたりの金額が商人の腕とされる。

 

そのはずなのだが、今回の隊商は無駄にフレンドリーな集団に困惑の顔を隠せない。

 

護衛陣の中で浮いている板の少女を見つけた途端、アル様帰って来たんだと騒ぎ、

それからはもう完全に身内感覚の御奉仕価格と篤い対応の荒くれ者と言う謎。

 

つまるところ、全員イルドラードでの二日酔い経験者であった。

 

何にせよ、目敏い商人たちの中で板と3人の価値が跳ね上がる事態である。

 

そして無駄に友好的な武装勢力に案内され、隊商が水場に着けば不思議と涼しい。

雨溜めの水場ではなく、本来ならば身内にしか使わせない湧き水の拠点であった。

 

【挿絵表示】

 

岩陰に造られた石造りの湧き水を受ける槽と、そこから零れ家畜に使う槽。

流れ続ける水はやがて砂に零れ、小さなオアシスを形成してから砂に埋もれていく。

 

その周囲は僅かに土が出来、草花が朧に散見出来た。

 

「石から零れた水は飲めないから気を付けな」

 

陽除けの布を張り、水場で南中をやり過ごす集団に軽い注意の言。

見れば砂中の小さな湖は、駱駝糞などが堆積し見るからに飲用に不適格である。

 

まあ上の水も沸かさないと怖いけどなと笑い、やがてそこかしこで昼餉の煙が上がった。

適当な砂上で道中に拾った少ない枯れ枝や固形燃料が燃焼し、鍋の水が煮える。

 

分裂した作業用ハンドが複数の鉄板を火にかけ、作り置きの生地に火を通した。

 

熱湯に塩とひとつまみの砂糖を入れ、小麦を練った後に自然発酵させる。

 

膨らんだら伸ばして溶かした酪を塗り、端からこよりの様に細長く巻いてから、

出来上がった小麦生地の紐を渦巻の様に巻きこんで、軽く押して接着させる。

 

後は麺棒で少しだけ平たく潰し伸ばした、そんな平パンを酪で焼き上げて出来上がる。

 

「さくさくもっちりあまーい」

 

受け取ったアビヤドが、目を細めた平和そうな顔をして噛み千切っての言。

 

「平パンなのに恐ろしく手間をかけたのう」

 

横に積層した変形クロワッサンの様な円盤を齧りながら博士が言えば、

アルフライラは微妙に遠い視線をしながら平坦な声で答えた。

 

「暇だったからー」

 

道中、板の上で座っているだけの神である。

 

「だがまあ、美味い」

「売れるわねコレ」

 

軽やかな噛み口と漂う小麦の香りに頬の緩んでいる残り2名の横で、

感想を聞きながら真剣な表情でレシピを書き記しているルンの支族。

 

後日、建設された獣神神殿の名物にされそうな気配が漂っていた。

 

「まあただの『トルコパン』の一種なのだけど」

「とるきぃのパンか、古代の名かの」

 

そんな食事時のたわいの無い会話を続けていれば、外に住む者が寄ってくる。

せっかくなので余ったパンを渡せば、破顔しながら代わりに品物を渡してきた。

 

(ファガ)だ、焼くとうまいぜ」

 

掌に乗り、大き目の物は軽くはみ出す程度の白く砂まみれの塊。

幾つか受け取れば、離れた場所に居た商人が声を掛けてくる。

 

(カマ)があるのか、こっちにも売ってくれないか」

「毎度ありーッ」

 

そして商売に移る背を見送り、あるふあいがそれを菌類の塊と見抜いたあたりで、

サフラとハジャルが無言で次々に白い塊を焚火の中に放り込んだ。

 

「この芋はな、雨が降ってから50日程度で砂漠の土を割りながら顔を出すのじゃ」

 

外に住む者が収穫して売り捌いていると博士が言えば、剣士は食を語る。

 

「軽く焼くとさくさくしていて、深く焼くとネットリする」

 

火の上にかけた鍋から茶を汲みながら、姫が刃物を取り出して注意した。

 

「皮は砂まみれだから食べちゃ駄目よ」

 

素直に頷く大神姉妹に、やがて火が通り二つに切り割られた芋が渡される。

くんと鼻にかかる、どこか乾いた様な印象をもつ独特の香気。

 

「うーん、香ばしくサクサクしつつも山芋の様なネットリが隠れている」

「あ、ほんのり甘い、私は火が強く通っているとこが好きですね」

 

匙で掬いながら、熱で硬くなり皮のように成った砂まみれの外殻を器に食べ進んだ。

 

「火を通しすぎると香ばしさが消えるからな、あまり好みではない」

 

サフラが二つ割りを片手で齧りながら軽く感想を補足する。

汁物の具とかにも使うと語り、そーなんだーと頷いた神から軽い神託が在った。

 

「何だか使い勝手の良い茸だなあ」

「ふむ、芋にしてはおかしいと以前から多少思っておったが、茸じゃったか」

 

先史時代に、砂漠のトリュフと呼ばれた茸である。

 

そして陽も南中に至り、食が進む日陰でふと、ハジャルが気付いた事が在った。

時折に大神姉妹の食べる様に視線が集まり、好意的な空気が在る。

 

食べる様、匙で茸を掬い目を細める、そのままパンを手で千切り齧っている。

 

何処となく平和な光景である。

 

ああ、そういう事かと思い至った。

 

例えば護衛に付く他の開拓者などは駆け出しが混ざり、片手で食事をしている。

使われている固形燃料が安い乾燥家畜糞などで、汚れた手を使わないためだ。

 

サフラも戦場暮らしが長かったせいで、片手で食事を終わらせる癖が抜けない。

 

カフラマーンに至っては、一切合切を纏めて片手早食いの極致を見せていた。

食事時などの、襲撃される隙を極力減らす工夫が身に染み付いているからだ。

 

ハジャルは機械の動作の様に正確な拍子で匙を掬って、非人間的な印象が在る。

マルジャーンは僅かの物音も立てず、育ちの良さが滲み出る有様。

 

他の者たちも、何かしら不安を持ってどことなく構える様な姿勢の食事である。

 

しかし、大神姉妹は油断の極致とでも言うべきか。

 

絶対者の余裕、などと言うほどのものでなく、ただ自然に食事を楽しんでいる。

まるで、絶対に安全な環境で飽食の限りを尽くして来た者の様な食事の作法。

 

集まる視線は微笑ましい物で、それに僅かに混ざる羨望と憧憬。

 

価値が高く求めても手に入るとは限らない、平和を感じさせる光景がそこに在った。

 

―― 青の食卓には平和が在った

 

巷に謳われる、青の大神の神話に思い当たる言説が在る。

 

「さては、アルに似たな」

 

神代に隠された神話の真相に思い至り、ハジャルは日陰に苦笑を零していた。

 

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