日々生存の限界に挑戦し続けるエクストリーム惑星な60世紀ぐらい。
初期の高位新人類素体4体も多少は育ち、第二世代の生成が行われる頃、
お仕事ラッシュから一息ついたアルフライラは、自分の研究室で残業をしていた。
「既に海水の大部分は岩石と結合しているから、惑星規模で衝撃を与えるには」
海洋の再生にはまず海水の確保が必要、そんな工程を模索している最中に
我知らずと思考が言葉となって口から零れ落ちる。
脳内の思考速度を口で言える速度まで減速させ、発想を呼び起こすための癖。
「あかん、惑星が割れる」
頭を抱えて空中に浮かぶ操作端末に突っ伏した。
「一度に済ませるのは無理かぁ、海洋再生は小分けに試みるとして」
ポールシフトが避けられないなら元の角度に戻す方向でズラせないかなどと、
施設の過去データをサルベージしている最中に、発見する。
「ふむ」
小さく頷き、隣接データを掘り返す作業を続けていたら、扉から来客が在った。
「アル姉さん、ぱうんどけえきが焼けたので味見してくださいッ」
アルフライラと同年代で青い髪を靡かせた、健康的な印象が在る少女。
3号素体、青の名を受けたアズラクである。
「膨らんでない、不味い」
「え、ええぇ、何が原因だったのかなあ」
卵は常温に戻し、小麦粉を篩いと工程を確認した上で姉が妹に述べた。
「オーブンの温度が低そうだね」
「あぅ」
そして膨らんでないパウンドケーキもどきを姉妹でもそもそ食べ、語る。
「まあ頑張んなさい、けど何で作ってんの」
「私も姉さんみたく、妹に作ってあげたいなーって」
後に造られる素体の、アズラクに対する好意が確定した瞬間であった。
「姉さんは何やってんです」
「ああ、何かまた微妙なデータを見つけてね」
アズラクが中空のデータを読めば、そこに在るのは粉末状のグルテン。
代用小麦、代用水飴、代用乳製品、酵母、乳酸菌、様々な物体。
「滅びていった人類が、僅かでも食文化を残そうとあがいていた痕跡」
「食文化を切り捨てて謎ペーストに移行する前のデータですよね」
これだけ情報が残っていたら、姉さんに生成してもらわなくても幾らかはなど、
目を輝かして料理人見習いな青が皮算用をはじめた。
「うーん、この程度で喜ばれてしまう現状に心が痛む」
「いやいや、出来る事が増えるって嬉しい事ですよ姉さん」
何時もの様に、ごく自然にハードルを天に至るまで跳ね上げる姉を嗜める妹。
「アズラク、地理データあげるから惑星再生が落ち着いたら探しに行きなさい」
それを受け、軽く答えながら空中から端末を引き抜きぽいと投げ渡した。
「何ですこれ」
「過去に様々な国が残した遺伝子倉庫の座標」
農作物の原種から改良後まで一通りの種子が保管されているはずと語る。
既に失われているかもしれないが、幾つかは残っている可能性が在ると。
「そんなのが在ったんですか、未来への贈り物とかそういう感じなのかな」
「いや、品種改良が袋小路に至った時とかに過去へ戻るための施設だね」
霊素が枯渇していく中でも、誰かが必死にあがいて残していたみたいと続く。
「つまりこれが生きていれば、砂糖とかお米が自分たちで作れるのねッ」
「まあ、無理に情報生成した種子よりはマシなものが作れるんじゃないかな」
理解に至りテンションが天元突破した妹へ、ダウナーに応える姉の姿。
端末を掲げ踊り狂うアズラクに、アルフライラが冷たい視線を向けた頃合に、
絹を裂く様な女性の悲鳴が施設に響き渡った。
姉妹で顔を見合わせ、研究室を急ぎ足で出る。
聞こえた方角に歩めば、顔を赤くした赤毛の少女がひとり立っており、
両手を握りしめ視線をあちこちに彷徨わせ、混乱の最中と言う様相。
「アハマル、何事かな」
「何かわいい悲鳴上げてんのよアンタ」
「な、何の事ですか私がそんな軟弱な悲鳴を上げるなど、か、かわいいだとッ」
中身も混乱していたかとジト眼になった姉と妹が、すいと視線移せば、居た。
銀色ののっぺりとした球体に頭部を覆われた、全裸。
褐色の肌に鍛え上げられた筋肉の目立つ、全裸。
股間にぶらんぶらんと王の王たるマリクが揺れている、全裸。
「なにやってんのまりく」
物凄く平坦な声で長女が問うた。
「こ、これは違、服が、あああ、待……ッ」
反省を促すダンスの如き怪しい動きで全裸仮面が鳴き声を上げている内、
揺れているマリクが力強くそそり立ち、今まさに新しい扉が開こうとしていた。
「キエエエエエエエェェッ」
そして極限状態に発狂し、奇声を上げ姉に覆いかぶさろうとする思春期のオス。
さて、アルフライラは肩から背中にかけて接続された生命維持装置により、
常に脊髄経由で全身を、過積載の権能の浸食から保護強化されている。
それは、不随意筋をも含めた全身操作を意識的に行う事が可能であると言う事。
全裸を視界に入れた瞬間に様々な後の展開を考察し、必要であると認識。
時間をかけ体幹、認識的には身体の芯と言える場所に貯め込んだ。
全ての筋力、人体に流れる霊素、取り入れた魔素、文字通り全てを纏め圧縮。
しかる後に、貯め込んだ全てを自らの筋肉を伝わせ拳の形に打ち出す。
その技の型は伝統空手で使われるノーモーションの逆突きと酷似している。
アルフライラはこの技を「爆芯」と呼んだ。
漫画の技を実演してみよう、ロボ部番外拳願編である。
後にそんな事を知らないザハブが目をキラキラさせながら憧れ、必死に習得し、
最終的に神話にて大仰に謳われまくってしまう事になるのは余談となる。
そして、へきょなどと悲鳴と言うよりは体内の気体を噴出した様な音を出し、
直立姿勢に打撃点だけを歪ませた不自然な姿勢で、吹き飛んでいく全裸。
施設の壁を壊し、横移動のベクトルが歪み複雑な回転で転がっていく。
それだけの力の行使を果たした少女の右腕は骨が砕け肉が潰れ、
再生が始まるも肩口にぶらさがる肉の詰まった皮袋の如き有様。
「ふふふ、愉快、愉快」
そんな惨状に横から声をかける影が在る。
尖った耳を持ち緑色の長い髪を持つ少女、4号素体アフダル。
その手には何故か男物の衣服を持ち、悪戯染みた表情を浮かべている。
「どうする姉様、叱る、褒める、それとも諦める」
ころころと哂いながら姉に近付きその顔を覗き込み。
「教育的指導ッ」
「めぎょッ」
壁が壊れ、アルフライラの左腕も肉袋に成った。
「え、ええと、姉様」
「もう少しこう、手心と言うか何というか」
そんな長女の有様に、怯えを見せながら妹二人が言えば。
「アハマル、アズラク」
姉は、静かに片足立ちの姿勢に移りながら言葉を紡ぐ。
「私にはまだ
「お美事でございましたッ」
「感服いたしましたッ」
鉄芯でもねじ込まれたかの様な直立不動で絶叫する赤と青。
やがてナノマシンが壁を修復し、施設端末が馬鹿2体を再生槽に運搬する。
両腕から胸にかけ修復の煙を上げながら、アルフライラがため息を吐く。
「まあ、良い気分転換ではあったかな」
ころころと哂いながらの言葉に、赤青姉妹が怯えて互いに抱き合った。
極限世界が平和であった頃の話である。