旭日が砂丘の纏う薄闇を剥ぎ、紅が凍てついた砂漠を溶かしはじめる。
剣士は無言のまま荒縄を肩で牽き、砂丘を越えた。
後ろに牽かれる板の上には、微笑む様に安らかな顔の少女が横たわっており。
その目は、開かない。
「綺麗な顔してるわね」
「嘘みたいじゃろ、生きているんじゃぞ、それで」
「何か変な雰囲気に持っていこうとするな」
いつもの面々である。
季節も冬に近付けば、砂漠の夜は人を許さぬ極寒の地に変わる。
夜間は容易く氷点下を割り、それに応える様に昼の炎天は鳴りを潜めた。
とは言え南中は相変わらずの灼熱であり、陽除けが要るのには変わらない。
防寒具、外に住む者などは真冬の極寒でも毛布を増やす程度で済ませるが、
開拓者や隊商にはそこまでの雑さは無く、しっかりとしたテントや服装で対応していた。
服装、砂漠の衣服は一般に濃い色で裾の開いたものが好まれている。
陽光を集める濃い色の衣服は、単純な考えでは避けるべきものに思えるが、
熱砂と言う極限世界では少しばかり平野と扱いが異なる事に成る。
濃い色は、熱を集めると共に放射が強い事も特徴としてあげられる。
そのためやや大きめのだぶつく衣服で、裾を大きく開いた衣服を身に纏えば、
肉体と布の間の空間の空気が対流し、薄色よりも活発に換気が行われる。
意外に過ごし易い。
白いワンピースでボケラッとしている板神は、空調完備だから許されているのである。
そして冬が近づき寒さが身を苛む時期に至り、板神以外の面々は裾を絞った。
要は換気を発生させなければ、ただの暖かい衣服となる、それだけの話。
そのような備えと無縁のアルフライラは昨夜、相も変わらず不用心に板から降り、
軽く夜の凍てついた空気を呼吸して、激しく咳き込んだ。
温度差が呼吸器を直撃したらしい。
そしてその横隔膜から発生した衝撃は全身を駆け巡り、臓腑を激しく揺らし、
不整脈を発生させ、急激な血圧低下から寝込む事と成る。
臓腑が弱っていると、咳を数度繰り返しただけで死にかける事が往々にして在る。
何にせよこの創造神、呼吸するだけで死にかける境地に至っていた。
そして横たわる少女が安らかにしかばねる板を、黙々と運ぶサフラが居る。
隊商の護衛も兼ねているので、魔物が出たらそこらに放り出すのは言うまでも無い。
そうこうしている内に茜の空が蒼天へと変わり、砂地に礫が混ざり始める。
境界に僅かに残る砂丘を越えれば、地平の先にイルドラードの輝きが見えて。
何か、居る。
隊商宿場として囲われているイルドラードの城壁の前に、巨大な人型が2体。
遠目にわかるのは色合い位で、それぞれ全身を緑色と白黒に染めていた。
隊商の人間は首を捻り、開拓者組と獣神組は揃って嫌な予感が顔に混ざる。
黙々と進む中、サフラが板を引き寄せアルフライラの首根っこを引っ掴んだ。
上半身を起こされた少女の膝をハジャルが曲げ、マルジャーンが裾を整える。
血圧低下を緩和するため、足を心臓に近い高さに持っていく工夫である。
「いや何ですか、その無駄に息の合った姉さま活用法は」
「気が付けばできる様になっていたのう」
獣神の呆れに、遠い目をした博士が棒読み口調で応えた。
「で、何か心当たりは無いか」
「ぬおお、視界が七色で何も見えない」
貧血が視神経の働きを阻害していたらしい。
若干の時間、隊商は進みアルフライラの視界も戻り、青い顔のまま注視する。
緑色で単眼で両肩にそれぞれ盾と棘が付いていて、何か妙に細長い。
「あれはボルジャーノン、しかもククルスドアン形態」
「意味は分からぬが、やはり大神案件か」
―― この機械天使アリエルは、ガブリエルなどとはモノが違いますよッ
次いで白黒巨神から二人分の声が届い頃合を、少女が回復した視界に捉えた。
「白黒の方は知らな、な、しらないなあぁ」
「知っておるな」
眉を顰めた顔が、発言の途中で何かに気付き目を逸らした様相を、
博士は逃がさず無情に断言する。
「姉さまが昔に造ってくれた、手乗り人形に似ていますね」
「あの大きさは、知らない」
―― ふ、何故ならこれこそは、千夜文書に記されし12の
疑問の答えが、礫砂漠に朗々と響き渡る。
「何か残っていたらしいぞ」
サフラが振り向けば、アルフライラを顔を背けて現実逃避していた。
そんな機械天使アリエルは、宣言と同時に巨岩を顔面に受けひしゃげ、倒される。
同時に砂と礫が連なる交易世界に立つ緑色から、少女の高笑いが響き渡った。
―― このボルジャーノンC型、投擲と格闘に関して並ぶ物など在りません事よッ
「わあ何かすごくききおぼえのある声」
「聞かなかった事にして良いですか」
棒読み大神姉妹が揃って顔を背けて遠い目をしている姿に、何かを察する周囲。
近付くにつれ、イルドラードの中からエミーラの名を称える叫びが届く様になる。
その頃になるとアルフライラも、作業用ハンドからの紅玉ハンドに換装を終えて。
「
「待って、姉さま待って」
妹にしがみ付かれて止められていた。
「いや、イルドラードまで消し飛びそうな真似はやめておこうな」
「建物の前で組み合っているから、丁度良く消し飛ばせそうだけど」
「そもそも消し飛ばすな」
面々の反応に、エミーラならこれぐらいじゃ死なないから大丈夫など軽い言葉を出し、
でも消し炭にはなりますよねと妹が返し、そっと目を逸らす旧世界の神型破壊兵器。
そこに、何か聞き覚えのある嘆きの声も遠く届く。
「あ、ジャルニートも居るのか、じゃあやめておこうか」
残念そうにハンドを作業用に戻す板の邪神。
そして残念そうな表情のまま、板から革手袋を取り出して妹に渡した。
「
甲に白銀のプレートが縫い付けられた、殴るための代物。
「そ、それはもしやラマディ様の神器であったと伝えられる、神聖銀の拳では」
サヤラーンが驚愕の叫びを漏らし、キッタ・アビヤドは真面目な顔でそれを受け取る。
そのまま拳にはめ軽く目を瞑り、刹那で開き覚悟の言葉を口にした。
「征ってきます」
途端、弾丸の如く飛び出しだ獣神は礫を弾き散らしながら疾駆する。
加速しながら集めた魔素がその身を輝かせ、砂漠を貫く光の槍と化す。
「ふむ、あの手袋はどのような物なのじゃ」
「光る不壊手袋」
光景を眺めながら問うた博士の言葉に、簡単に返す創世神の一言。
光るだけ、と重ねて問うと、光るだけ、と重ねて返る。
「他に機能は」
「何も無いかな」
「機巧の類には」
「何の意味も無いかな」
遠く視界で二体の巨神が、獣神の輝く拳に殴り倒されていた。