冬に入りイルドラードへと訪れる隊商も減り、閑散とした空気が広場に流れている。
砂漠だけあって南中の頃合には、流石に人の生活を許さぬまで気温が上がりはするが、
深夜は氷点下に至るだけあり、朝夕の活動可能時間が尤も伸びる季節であった。
様々な理由で宿場で生活する開拓者の数も減り、例えば女性相互扶助の隊員など、
連日エミーラとアルフライラに丸洗いされ、果実油の石鹸や花油、果実酢などで
身だしなみを整えられ、万全の体制で近隣の村へと冬籠り名目で攻め込んでいった。
村娘との熾烈な男の奪い合いが行われる年末年始である。
言うまでも無いが、当然の如く大神姉妹は立ち寄り禁止とされている。
ともあれ、人が少ないのだ。
日が昇ってからの活動可能時間が増えるため、魔物の活動なども活発化し、
人手が必要な時期でもあるのにやたらと少なく、依頼料も数は減るが高騰する。
居残り組の開拓者から見れば、稼ぎ時ではある。
そしてまた、宿場が閑散とすると言う事は水回りの自由度も上がるわけで、
夜も明けぬ内から、アルフライラは羊の腸を洗っていた。
店主は有志と共に羊の解体に精を出し、作業用ハンドで作業する板娘が、
零下も近い明け方の気温の中で、のほほんと水回りの役割分担である。
腸詰のための洗った腸を裏返し、決して内容物が残らぬように強く、荒く、
それでいて腸が破れぬ様に柔らかく、繊細に、徹底的に擦り洗う。
神が何某かの動物の毛を束ねたブラシで、ゴシゴシと洗い流し続ければ、
それなりに作業も終わる頃になり、店主が煮詰めた羊の血の鍋を持ち込んだ。
脂身を血で繋ぐ様な粘液に、香菜と臓物、舌や耳などを刻み混ぜ込んだそれを、
腸に注ぎ込んで縛り、纏めた後で火にかけた鍋で茹で上げ凝固させる。
そして刻んだ端肉、或いは普通の肉、香草、香辛料、様々な腸詰が作られた。
在る物は茹で、そして揚げるか焼くか、或いは燻製に。
アルフライラは軽く洗った割れ米に和蘭芹を刻み、他にも軽く香草なども混ぜ、
腸に注ぎ入れて、腸内の空間にある程度の余裕を持たせ縛った物を幾つか作った。
米が膨らむので、入れる量を少なめにし腸に余裕を持たせないと破裂するのだ。
そして、茹でる。
米の腸詰、砂漠の西方では牛の腸を使う事が多いが、
イルドラード周辺は羊の方が入手が容易なので、羊の腸を使う事が多い。
そして半刻、米に熱を通すと言うよりは腸が噛み切れるほどに柔らかくなるまで、
だらだらと茹で続ければ、内容物も膨らみ破裂しそうな腸詰が出来上がる。
その頃にはすっかりと日も昇り、広場の即席鍜治場で穴居人が槌の音を鳴らす。
排水路の血や汚れもすっかりと流れ行き、普段の景観を取り戻している。
米の腸詰を多めの果実油で薄切り大蒜と一緒に揚げる様に焼きながら、
余った果実油を鉄板に引き、荒く削った塩胡椒を振った骨付き背肉を焼いた。
理性を駄目にする食欲が、音と香りと化して宿場に充満する。
「お姉さま、朝からえげつなく重い食事を作っていませんこと」
誘われた様に酒場に現れたエミーラの後ろから、眠そうな白猫も姿を見せる。
「おーにーくー」
「はいはい」
獣神が骨付き背肉に齧りつき、その力で容赦なく咀嚼していった。
「エミーラにはこっちだね」
「さ、流石はお姉さま、当然の様に複数のメニューを作っていやがりますのね」
大蒜の香りの移った油の残りに香辛料を振り、余った米を透明になるまで炒め、
店主の作った羊肉の端材と野菜の煮汁を注いで煮詰めた煮込み焼飯。
焼き場で調理すると場所の確保が面倒なので、石窯に放り込んでいたらしい。
「お焦げが口を幸せにしてくれますわー」
匙で焼飯を口に運び目を細めるエミーラの横で、
ひとしきり食べ終わりようやくに目が醒めたアビヤドが正気に戻った。
「わ、私はいったい何を」
そんな有様を無視して、カラメル化した砂糖を混ぜ込んだ駱駝乳に氷を入れ、
妹たちの目の前に置く姉から滲み出る、何かもう対応面倒みたいな気配。
「いや、口を開くより調理の方が面倒ですわよね、普通はッ」
「えぇー」
それでも口を開くのが億劫、と言う雰囲気を音にしたような神の嘆息。
「アルちゃーん、朝からちょっと冒涜的よー」
そこに起き抜けから匂いで攻められたマルジャーンが苦情混じりに姿を現せば、
揚げ焼いた血の腸詰めに葉野菜を置き、麦酒を添えた物を無言で用意する。
「これは、ご機嫌な朝食ね」
酒と肴を用意すれば良いか、気が付けば対応も雑が極まってきている板。
そしてタフな笑顔で朝から飲酒と決め込む冒涜の化身を脇に置いて、
そっと危険な食欲の狂宴から距離を取っていたエミーラに、アルフライラは答えた。
「夜間に出た開拓者は、そろそろ仕事があがる頃だからね」
言葉に応える様に、表の排水で軽く身体を清めた開拓者たちが
匂いに釣られる様な有様で段々と酒場へ入って来る。
金の在る者はまともな腸詰を買い、駆け出しの開拓者は端材の安い腸詰を買う。
それを葉野菜と共に平パンに挟み、香辛料なり粒芥子などを乗せて齧りつく。
腸詰を売っている店主が、チラリと邪神に視線を合わせた。
アルフライラは無言で頷き、焼き立ての骨付き背肉を2柱と1人の前に置き、
骨を握り雑に齧りつき歓声を上げる様を優しい笑顔で見守る。
女神たちと美女が脂で汚した口元を拭う様は中々に攻撃力が高く、
生唾を呑み込んだ観衆は耐え切れず、銅片を放り投げ次々と肉を注文した。
店主とアルフライラは、その様を見て優しく微笑み続けている。
守銭奴の笑顔である。
犠牲になる開拓者たちの財布への優しさは微塵も無い。
「作った腸詰が無くなりそうな勢いじゃのお」
そんな熱気から距離を取った、博士と剣士が板神の方へと寄って話しかけた。
夜間から魔物の間引きに出て、兎肉を幾つか確保しながら戻って来たと言う。
「難民組が屠殺を手伝ってくれたからね、今回の数は凄いのだ」
平パンに葉野菜で包んだ焼き腸詰を挟んだ物を二人に渡しながら、
景気良く売り捌いても問題が無い程度にと、神が答える。
片手持ちで齧りながら、そんなもんかとサフラが目線で頷き、
黙々とハジャルが口を動かしつつ、麦酒を受け取りながら感を返す。
「人手が足りんから、丁度良かったのかの」
朝食の騒動もやや落ち着き、解体作業に携わっていた者も腸詰を齧っている。
そんな有様を眺めながら観察者は自然に板と距離を詰め、小声で尋ねた。
「して、黄色い目の奴の眼球が白に戻っておったのは、お主か」
「死ぬまで放っておいても良かったけど、感染すると面倒だからねー」
小声のやり取りにマルジャーンが刹那と視線を向けて、無言で麦酒を傾ける。
「まあ何故か治っていたのは、何かの奇跡の類じゃないのかな」
私は知らないと白々しく言う神に、人は対応に困り苦笑を飲みこむ。
肉と脂の煙が漂う冬の酒場で、知らぬ間に命を拾った難民が笑っていた。