礫砂漠交易路から少しばかり砂砂漠に入った土地。
幾つかのテントが円周状に配置され、砂避けの簡素な柵が囲む。
冬季に活性化した魔物に対する、間引きのための開拓者拠点である。
この時期、夜間の冷え込みに対して装備を整えねば命に関わる時期故に、
隣接隊商宿場との狭間に作られ、開拓者たちが入れ替わり詰め続けている。
そして現在、アルフライラとその一行も拠点に詰めていた。
妹たちは反対側の拠点に赴いているため、久々の基本の面子だけである。
出掛けに追走しようとした獣神を獣人、神族総出で押し止めていたあげくに、
アルムピアエールが大破していた気もするが、まあそれは些事であろう。
ともあれ、依頼の一環としてアルフライラは早朝から動いていた。
夜間に降った雪が砂上を白く染める朝、燃え差しに固形燃料を足し、
前日に補充した畜産飼料を駱駝に出し、飲料水の入れ替えを行う。
寝かせていた小麦が膨らむ頃には、前日に回収した干し肉の汁も煮え、
燃え差しに直乗せた平パンが焼ける香りが漂う中で、テントの住人が動き出した。
「まさか出先で雪に埋まるとはのう」
歯の根をがちがちと鳴らしながら毛布に包まれた博士が繰り言を零し、
そのまま汁に口を付け、開放感あふれる表情で白い息を吐いた。
周囲の開拓者たちも似た様な有様で、凍り付いた身体を溶かしている。
「して、サフラとマルジャーンはもう出たのかの」
「新人と一緒に夜の内に出てたかな」
間引きの時間帯は開拓者によりバラバラであり、寒い内に出て朝に戻り、
昼の熱気をテントで避ける者、または冷え込みを嫌い朝に出る者。
そんな統一性の無い集団を、開拓団からの依頼を受けた管理者が支え、
物資補給や拠点整備などの依頼を受けた者が定期的に訪れる。
アルフライラといつもの面々が今回に受けた依頼であった。
そしてついでに魔物を間引き、小遣い稼ぎなどをしている最中である。
残ったハジャルは昼越しの間引き組に混ざる予定であり、やがて腰を上げた。
居残りで拠点整備を続ける予定の板神が、水を入れた革袋を皆に配る。
「アルちゃん様が居ると、飲食の確保が別世界過ぎるな」
「ふふん、羨ましいじゃろう」
他愛の無い言葉を交わしながら溶け始めた雪をしゃくしゃくと踏み、
出掛ける者たちと入れ替わる様に夜間組が戻って来た。
「アルちゃーん、ごはんー」
倒れ込む様に板に登り伏し、少女にしがみ付くマルジャーンが要望を出せば、
揺らされるままに顔が青くなっていく虚弱体質が汁とパンを出す。
パンを汁に漬け、1枚を手早く胃袋に収めた姫は続けて口を開いた。
「命の水は」
「明るい内は止めておこー」
えー、などと不満の声を漏らす飲酒妖怪の首根っこを剣士が掴み、
空いている手で、そろそろ揺れ過ぎて顔色が黒く成っていた少女を寝かし倒す。
僅かに裾がはだけ何とも言えない少女の有様に、頬を染めて視線を逸らす新人。
恰幅の良い青年と、アルフライラと幾らも歳が変わらぬ様に見える小柄な少女。
それと、難民組から2人に引き取られた幼い少女の3人組である。
「どしたー」
「あ、いえ、頼みたい事があったのですが」
太い腹の幼女ハレムと呼ばれる新人隊の青年が控えめに言葉を出せば、
かめへんよーと謎の言語で受ける横たわる女神の慈悲が在った。
「アルの姐さん、兎を狩ってこれたんだけど焼いて貰えないかな」
言うが早いか大人し気な丸い青年を押しのけ、平たい仲間の少女が言う。
ちなみに、自らの組を幼女ハレムと名付けたのはこの少女である。
「久々に賄い以外の肉を食う機会、失敗したくないんですよおおぉぉぉ」
「うわ切実」
調理技術に関して疑問を持たれる人間しか居ないんですと半泣きでの訴えに、
それで神頼みっていっそ潔いかなと、言いながら皮を剥いだ兎を受け取る板。
「良い感じにバラしてるね」
「期待の新人がもう凄くてですね」
難民幼女が手際よく解体した、と言う以前に実は他2名は解体下手である。
遊撃の少女と法術師の青年、戦闘能力は在るが生活能力は皆無。
宿場でそんな評価を受けていた2人組であり、待望の3人目であった。
「料理も出来るんなら、ちみっこが焼けば良いのでないのかな」
背骨を割り、骨付きの背肉を切り分けながら神が問えば、
質素な衣服の幼女はおそるおそると言った風情で問いに答えた。
「あ、いえ、村では肉を焼くのは名主様か猟師さんだけの特権だったから」
「あー、そういう文化ね」
肉類は、焼くと縮む。
そのため、食材の質量を減らす焼くと言う調理法は贅沢であり、
一部の権力者や現場仕事の人間以外は、蒸すか煮込む料理しか作らない。
結果、作れない。
そんな価値観の土地は内陸に珍しく無く、隣国もその一角であった。
「手間賃で腿肉貰っとくね」
細かく肉をバラしながら報酬を要求する調理神と、受ける依頼主。
「私も一定火力を維持できる火とフライパンが在れば普通に作れるんだけどなあ」
「この世界だと贅沢過ぎて無茶ですって」
高価な魔道具前提の無茶な発言を青年が嗜める様に、ふむりと軽く頷いた神は、
塩胡椒を振った骨付き背肉を固形燃料の上の鉄板に置き、焼き始める。
「私らも、いつかアル姐さんみたいな調理神囲える様になれるのかな」
「先は長いですねえ」
「え、いや、特級調理神囲うって皇族様ぐらいでないと普通無理では」
調理神業界に於いて、アルフライラは極めて貴重な例外であった。
その評価は高く、様々なレシピの理解と保有だけでなく、
特に火力の見極めと食材状態の把握に関しては右に出る者が居ない。
青の大神ですら及ばぬと謳われた、神域の絶技を納めた初代特級調理神。
単に、アルフアイとアルフセンサーがフル活用されているだけとも言う。
暫くして焼けた骨付き肉を次々と渡しながら、歓声を上げ齧りつく様を見て、
何となく満足気な表情を見せていた女神が、幼女の困惑に気が付いた。
「何か気になる事でもあったかな」
「あ、ええと、たいした事じゃないのです」
気にせず語り給えーと神託を告げられれば、苦笑した幼女が神へ応える。
「この国の竈や火の元は、臭くないんだなと思って」
燃料の違いかな、などと疑問に軽く受け応える板娘は笑っている。
ハジャルが見れば、その笑顔が張り付いた物だとわかったであろう。
当然、サフラとマルジャーンも気が付いた。
食事も終わり、夕食の汁には腿肉を使えるぜーと白々しく喜ぶ女神に、
そっと傍に寄った剣士が問い掛けた。
「何か、気になる事でもあったのか」
言葉に軽く悩み、首を捻って。
「あ、うん、まだ現時点では考え過ぎてるだけでしかない話だから」
調べてそれっぽかったら皆に相談するよーなどと応える。
なら良いかと軽く神の髪をかき混ぜて、燃え差しの平パンをとるサフラ。
「ひとりで抱え込んじゃダメよー」
「うひやぁうッ」
そして気配を消して後ろからアルフライラを抱きしめたマルジャーンが、耳元で囁く。
人類の極限に神が怯える様を笑いながら流し、火元へと去って行った。
少女は驚かされ不整脈を乱発する心臓当たりを抑え、深く呼吸をする。
静かに思考を巡らせ、その内に気が付かず内心の少しばかりを声として零した。
「精度は低いが、実用には足る、けど」
もしそうならば、だが何のためにと続き、黙考が続く。
あまりにも意味が無いと零し、そこまで理解が及んでいないのかもと自答。
「文武に優れた傑物と名高い美丈夫か」
話に下駄を履かせていないのならば、そんなものが自然発生する可能性は。
疑問の声は、誰にも受けられず砂に消える。
気が付けば既に雪は溶けきり、世界が生命無き砂漠に戻っていた。