砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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03-06 猫目石の皇女

 

陽も傾き、灼熱が身を潜める風情の宿場酒場。

斜光が紅に床を染める中、店内は不可思議な空気に沈んでいた。

 

酒場の席には旧知の準男爵嫡男、以前の武功で男爵への昇爵を受け、

収穫の時期に家を継いだため、純然たる男爵と成った青年の姿が在る。

 

彼と同じ席に座る女性は、見るからに身分が高い。

 

金の髪を長く伸ばした彼女は、背後に澄ました顔の侍女を立たせ、

とても一人では着れぬ複雑かつ豪勢な衣装に身を包んでいる。

 

「東方の男酒は識っておったが、よもや辺境でこれほどの物を出されようとはな」

「ハイマコトニオッシャルトオリデ」

 

流石に麦酒は無いかと白酒を出した店主は、確かな手ごたえに頬を緩め、

せっかくの酒の味もわからぬほどに固まっている男爵の姿に苦笑を零した。

 

人の往来も絶える季節、昼下がりに馬獣人が牽く豪勢な馬車が訪れ、

旧知の混ざる一団を受け入れたのが少し前の時間に成る。

 

兵員は早速と宿場の外に野営の布を張っており、責任者のみが酒場に在る。

 

「都と違い床も綺麗で何よりも臭わない、見識を改めるばかりだよ男爵」

「エエマコトニオッシャルトオリデ」

 

酒場の床は食べさしなどが放り捨てられ、汚れにまかせた有様が一般的である。

しかしイルドラードの衛生環境は、アルフライラが住み着いて以降に激変している。

 

開拓者は丸洗いされ床は磨かれ、毛布は陽にあて殺菌させられた。

 

宿場の住人たちからは、酸っぱい臭いが無くなったと大変に好評であり、

最近は何も言わなくても、自発的に周囲を整える習慣が根付きはじめている。

 

「して、件の大神とやらは彼女たちで良いのだな」

 

言葉を聞き、酒場の開拓者たちの視線も動く。

 

突然のやたらロイヤルでノーブルな気配に押されていたが、そう言えば

この酒場には大神と言う、やんごとなきお方が屯しまくっていたのだと。

 

そんな救いを求める視線の先には、創世神が吊るされていた。

 

胴体部分を荒縄でぐるぐるに縛り、柱から吊るされている。

その下には板が浮いており、周囲に人が集まり何やら相談している。

 

何か男爵の女性従士も混ざっている。

 

誰も何も言わぬ、静寂の時間が幾らか過ぎた。

 

何やってんのお前と言う貴族の声なき声を察してしまったハジャルが

視線を向ければ、援けろ外交担当と必死で訴える男爵の目。

 

「はて、男爵殿にはご機嫌麗しゅう」

「いや何やってんのキミら、いや本当に何やってんの本気で」

 

素が零れている有様に苦笑を零しながら、女性の方へ軽く視線を向ければ。

 

「朕はアイン・アル・ヒッル、現皇帝の第5子である」

「皇女殿下にはご機嫌麗しく、私めはハジャル、一介の開拓者であります」

 

意を汲み高位より下位へと名を名乗り合い、皇女は会話の許可を下した。

 

「識っておるぞハジャル・アル・カマル、月長石の悪魔とな」

「いえ、私はただのハジャルでありますれば、人違いでございましょう」

 

言葉を受け、ただのハジャルかと猫の様な切れ長の瞳を細くして笑い、

一介の開拓者と言うのならば言葉遣いも雑でかまわんよと続ける。

 

「それはたすかりますの、正直息が詰まります故」

「ぬけぬけとよくも言う」

 

眉を顰める侍女の前で、呵々と笑う皇女の有様が在った。

 

「して、あれは何だ、いや本当に何だ」

 

「いや、冬場に軽く宴でも行うべく名目を探しておったのじゃが」

「やべえコイツ、ガチで雑になりやがった」

 

冬の宴、太陽と月が力を失う季節に捧げる祈りを名目とするならばと。

 

「丁度良く、月と太陽の女神がそこに居たわけでのう」

「何故に縛る、そして吊るす」

 

太陽も月も空にあるものじゃからと、飄々とした言葉。

 

そして下に集う人間たち、何か大神も混ざっている気もするが、の会話が在る。

とりあえずの定番として供物を捧げるべきかと、その様な内容。

 

黒髪を2つに括る姫の大神が楽し気な声色で提案した。

 

「力が失われた太陽に捧げるのでしたら、やはり血と肉ですわね」

 

生命ですからとの言葉を受け、白猫の獣神が頷いて応える。

 

「つまり羊ですか」

「やーめーてー」

 

スルーされ続ける祀神の、本気で嫌がる様に同情を見せた従士が別案を述べた。

 

「やはり冬ですから、収穫物を捧げるので良いのではないのでしょうか」

 

その案を受け、しみじみと頷いたマルジャーンが言葉を紡ぐ。

 

「生命としての血肉、そして収穫、つまりこれはアレね」

 

朗らかな声色で指を立てて笑顔で宣言する。

 

「太腿の間に在る、生命の枝と2つの実を刈り取って捧げるのね」

 

酒場内の男性全員が突然内股に成った。

 

「ささげないでー」

 

神の言葉を華麗にスルーする程度には、既にマルジャーンには酒精が回っていた。

その横で幼女ハーレムの幼女が、覚悟を決めた顔で刃物を持つ。

 

そんな邪教の儀式を眺めていた皇女は、素直な感想を零す。

 

「邪神の類としか思えぬのだが」

「ええと、いや、祀神は嫌がっていますから」

 

男爵が必死に庇うも、博士はしみじみと所見を述べた。

 

「教義のためなら祀神も殺すのが宗教と言う物じゃからのう」

「原理主義と言うやつだな」

 

「そこでごく自然に皇女を神殿に喧嘩売る方向に誘導すんな」

 

そんな席の言葉を聞き、くるくると回転している吊られ神は疑問を口にする。

 

「帝国にも神殿って在るの」

 

小神の神殿か何かかなと聞けば、13大神の神殿もありますよと従士。

 

「神殿は公共施設の役割も兼ねる土地が多いですからね」

 

祀神の有無に関わらず、それなりの必要性に応え存在して居ると。

あとまあ何だかんだで国境近くとか、神国から移住してきた人とか居ますしと続く。

 

「男爵領にもどっかの大神の神殿が在って、子供に数字とか教えてますね」

「どっかの大神」

 

知らないのかと聞けば、単に13大神兼用の神殿だからと酷い返答。

 

「教義とか混乱しないの」

「ぶっちゃけると、帝国はどこの神殿も同じノリですし」

 

ノリと聞けば、こんな感じですと軽く聖句を唱える従士の少女。

 

「頼るな、神は忙しい」

 

酒場内の全ての視線がアルフライラに注がれ、即座に目を逸らす邪神。

 

「祈るな、願うな、いいから仕事しろ」

 

「すごく、お姉様ですわ」

「言い伝えたのはどこの大神ですかね」

 

帝国との国交上、最有力容疑者はザハブである。

 

「せっかくだから、ウチの神殿にアルフライラ様を祀ってかまいませんか」

「これほど雑なお誘いははじめて」

 

聞こえて来た従士の言葉に、ちょっと待てそれを祀るのかと言いたげな主の顔。

 

「罪人のでよければ、折に触れ生命の実と枝を捧げさせますから」

「ささげないでー」

 

吊るされたままくるくると回り狂信を嫌がる神の有様と、

止めに歩む男爵が内股のまま嗜める様に言葉を紡ぐ。

 

「そこでウチの領地に邪教を根付かせようとすんな」

 

残念そうな気配の従士の顔を見て、何でこれと乳兄弟なのだろうと

遠い目をして過去に思いを馳せる男爵の姿が在ったと言う。

 

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