茜色に染まる砂が闇色を纏い、陽光がその勤めを終える。
いまだ残る昼の灼熱の残り香が、急速に消えていく夜の入り口にて。
宿場酒場では篝火が焚かれ、広場に簡単な宴席が作られていた。
宴席の中央では店主が酒と、炭火で焼かれた大振りの肉串を売り捌く。
それとは別に、酒場入り口にてアルフライラが小振り肉の串焼きを焼いていた。
「小さい
そしてその焼き台の前に皇女が座り、葡萄酒片手に串を奪っていく。
「東南式だな、
発酵乳に各種香辛料を混ぜて漬け込んだ肉を焼く串の炙り肉に対し、
大豆の発酵調味料をベースに漬け込む串焼きは、南部密林の焼き方である。
「しかし
食べ進めながら目を瞑り考えていた皇女が、食べ終わり目を開く。
「東方の大豆醤油か、それに砂糖を加えたな」
「流石に皇族は舌が確かだねー」
粗野でありながら宴席でも見ない工夫が在ると、呵々大笑の令嬢が在った。
「いや殿下、だからもう少し席を離れた場所にですね」
アルフライラ提供の葡萄酒の杯を両手で持ちながら、侍女が控えめに言う。
串焼き台の前に陣取って次々に食べるのは、帝国皇女としてどうなのかと。
「何を言う、3代前のズムルド公も言っていたと言うでは無いか」
―― 出来立てを魅力とする料理を食べる事に対する唯一の誠意は
可能な限り出来立てを喰らう努力をする、それだけに尽きる ズムルド3世
「うむ、今の私にはズムルド公の言葉の真意がよくわかるぞ」
「だからと言って、令嬢が石窯の前に席を作った美食公に倣わないでください」
赤茄子と乾絡を乗せた平焼きパンを、焼き立てで食べる事に腐心した大公であった。
「それに何だ、偽りと嘯きながらも大神が手ずから作って下さっているのだ」
細かい事を言わぬのが皇族の務めであろうと、悪びれずに言い切る食欲の化身。
ちなみに既に賽銭箱には帝国銀貨が放り込まれているので、払いの問題は無い。
「わかる人なら、こんなのもイケるかな」
「お、今度は鶏肉であるか」
「ああもう、男爵は何やってんですか」
新たな串に興味を惹かれる主の姿に、侍女は叫び頭を抱え周囲を見渡し、
大振り肉の串焼き片手に開拓者集団に混ざる同行者たちの姿を発見した。
「ド畜生、絶対に領地で同じ物出せる様になってやるからなああぁッ」
「と言うわけで、レシピ売って貰えますか」
「かまわねえけどよ、俺は水屋と違って普通に相場で取るぜ」
馴染みっぷりが異常である。
「男爵も気苦労の多い立場だ、大目に見てやれ」
視線を追った皇女が笑いを噛み殺しながら告げれば、侍女は膝から崩れ落ちた。
「深くコクの在る、だが大豆醤油と砂糖だけではない味の深み」
それを知らぬ顔で串焼きに口を付け、若鶏かと喜び感を述べる最上級の貴人。
味わい酒で長し、瞼を瞑りしばしの黙考の後に、くわと目を開き叫ぶ。
「男酒かッ、それで割ったタレを肉に塗って炙ったな」
軽く焦がして生まれる香ばしさもまた憎らしいと足し、言葉を続ける。
「しかし重要なのはそこでは無い、驚異的なタレでありながらあくまでも外装」
気が付けば集まる視線に身を向けて、串焼きを片手に滔々と宣言した。
「漬け込まない事に因り、素材本来の味を極限まで強調しているのだッ」
宴席が謎の盛り上がりを見せる。
「これぞ極東の串焼き、『焼き鳥』」
「青の領土か、ヤキトリィ、やはり世界は広いな」
そして即座に切り替え、焼き台に向かい新たな焼き鳥を手に確保する。
「これは赤よりも東方酒の方が合いそうだな」
「はい『純米大吟醸』」
清酒に口を付けた途端に突っ伏し、悶え狂う皇女の姿がそこに在った。
緊張を走らせる侍女を悶えながら押し止め、お前も口にしてみろと杯を渡す。
立ち上がった侍女が、再度膝から崩れ落ちた。
「甘い赤も神の酒かと思ったが、これは格が違うな」
「青の神国なら近い物が流通しているかもねー」
そっと厄介事を妹に押し付ける姿勢の長女に、苦笑を滲ませ皇女が零した。
「世界踏破の青の女神も、貴女にとってはただの妹か」
そのまま楽し気に杯を傾け、しみじみとした空気がながれはじめる。
そして生成した新鮮な大根を味付けもせずただの出汁で煮込んだ代物を、
そっと提供しようとする心の中の鬼平を、料理手が必死に抑えている頃。
「さて、隣国の不穏さは知っておるか」
「そう、良い大根は味付けが無くてもそのままで美味、え、何それ」
大根と首を捻りながら、そのままの口調で皇女が言葉を続けた。
「小麦の作付けの改善をいろいろとやっていたそうだが、上手く回らなくてな」
「ああ、難民が出ているぐらいに食べる物が無いらしいね」
くるくると串を回し、タレの焦げる匂いを漂わせながら創世神の相槌。
「休耕を効率的に回し、畝とやらを作り、作付けを記録し、ぺえはあだったか」
なにやら学者が言う数値を調整するとか、まあ様々をやっていたと語る。
「聞いた感じでは、どう思う」
「言っている事自体は間違って無いんじゃないかな」
神告にしみじみと頷く人は、貴女ならばそれを行う時にどうするかと神に問うた。
「複数名に理屈を完全に理解させてから、説明と共にまずは小規模で実施」
「それをやっていたら被害も小規模で済んだのだろうな」
応えに遠い目をする聞き手が相槌を打ち、先を促した。
「騎士なり兵なりを動員して、連日農地を見回らせ作業を見張らせる」
無言のままに、猫の様な目が細められる。
「あとは作付け、収穫など事あるごと、必ず理解させた者を同席させる、かな」
「流石の模範解答だな」
少し疲れた声色の皇女は、信頼と言えば聞こえは良いがと続けた。
「上から言葉だけを渡しても、下は動かんのだよな」
ましてや理解力が無い相手への強制は、武力に頼らざるを得ないものだと。
そこで思い違いに気付いた様な顔をし、前言を修正する。
「いや、動きはするのか、正しく動かないだけで」
「小麦と大麦を作らせたら、持ち運びやすいように混ぜて献上されたりとかかな」
聞いた皇女が、よくあるらしいと苦い笑いを零した。
「そして明るい未来を妄想しながら、馬鹿を野放しにした挙句の大飢饉だ」
「改善が改悪に成り、余分な手間も増えて生産量下がりまくり祭りみたいな」
無言の肯定に気付き、溜息を吐いた神は零す。
「この宿場も、住人が床掃除するだけで半年かかったからねえ」
「いや、それは普通に驚異的な成果だからな」
飯、酒、ノリと手段を選ばず住人に衛生意識を洗脳染みた感じで浸透させつつ、
海岸への長期不在で、やらなかったらどうなるかと言う現実を骨身に叩き込む。
まるで開拓者を飴と鞭で調教しておるようじゃったと、先日にハジャルが語った。
「まず利を与え、自滅させて後悔させ理解させ、それを待ってから救うのが大事」
「やはり貴公、邪神の類では無いのか」
湧いた疑念を誤魔化す様に空いた杯へと酒が注がれ、
新しい串を渡しながら空気の重さを削る様な、和気藹々。
「それで獣人の自治区は、近年は作物が豊かでな」
そのまま軽い空気の声色で、皇女が話題が元に戻した。
「あの土地は我々の物だったのではないかと、隣国で囁かれているらしい」
「えーと、岩砂漠を白兎族たちが必死に開墾した土地じゃなかったかな」
まあそうなのだがと合いの手を入れ、さらに続ける。
「いや確かに我々の土地だったはずだ、獣人に奪われたのだとな」
「まあ奪って殺し尽くせば、それが事実に成るのかな」
神が身も蓋も無い現実を口にすれば、皇女はわかっておるだろうにと苦笑する。
「昨年までならな」
昨年と今年を比べて見れば、ただ1点、決して見逃せない変化が在った。
―― 白き獣神、キッタ・アビヤドの帰還
「慌てて止めようにも、もはや民は飢え囁きは国土に満ちておる」
「それで帝国としてはどうするのかな」
間抜けの尻拭いで大陸の獣人を敵に回せる物かよと、皇女は嗤う。
「此度は事後承諾になったが、神殿予定地に男爵の兵を置かせてもらった」
「爵位継承したばかりの初冬にここまで来るから、何事かと思ったら」
ブラックな邪神がこき使われる男爵の悲哀に同類、もとい同情を見せれば、
現在に皇族の自由に成る軍事力は限られているのだと、目を逸らす皇女。
おお哀れ哀れと嘯きつつ、慰めに賽銭要求して酒でも渡すかと板が企めば、
宴席の騒楽に異音が混ざり、広場の向こうで叫びが木霊する。
神皇互いに疑問を浮かべ首を捻れば、人の群れが割れ歩む者が在る。
満身の創痍、裂傷を縛った布地は既にその色を深紅に染め、紅が足元に滴る。
黒い、饅頭の様に丸い巨大な黒猫。
毛皮は自らの血で固まり、視線も朦朧としたままに終には身体から力が抜ける。
即座に作業用ハンドで受け止めた神が板に乗せ、蒸気を吹かせた。
「それ、アル以外にも使えるものじゃったのか」
「まあ傷口を消毒して肉を繋げるぐらいは、使えるってわけではないかな」
通常の法術師の治療程度の内容である。
そんな有様を見たハジャルの疑問に答えながら、アルフライラは黒猫を寝かせた。
何事かと問う声が上がる中、首元に書簡の筒を見つけそのまま渡す。
「ふむり」
まずは受け取ったハジャルが中を見て、そのままサヤラーンに手渡す。
「何だったの」
「緊急にして間に合いそうにない救援要請じゃ」
中を見た者から口を噤み、ただ表情を真剣な色合いに染めていく。
「白兎族の土地が、隣国から攻められておる」
兵を置いている男爵の顔も真剣味に染まり、咥えていた串焼きを静かに齧る。
「既に巨大な鉄の塊に、前線が崩壊させられたと」
静寂の広場に、静かに博士の声が響いた。