黎明より無骨な巨神が礫砂漠を走り抜け、岩砂漠に至るあたりで足は止まる。
眼前に立ち塞がる悉くを破壊して進むよりは、まだ歩いた方が早い気がする岩の連なり。
何より、現在のカイナン・カミンの両手は塞がっていた。
なので仕方なしと、キッタ・アビヤドは両腕に抱えていた馬車と資材を降ろし、
同時に後ろに連結していた板が、上に乗せていた貴人用馬車を降ろす。
強行軍から解放された乗員全てが、青い顔をしてレインボーしたのは言うまでもない。
「礫の行路が半日と掛からずか」
いまだ少し青い顔の皇女が呆れた声で言えば、白き獣神が応える。
「前もって岩山を壊しておけば、走り抜けて行けたのだけど」
過去に周辺の環境が激変するのでサヤラーンに止められた、イルドラード直通。
アルフライラが砂に住む限り、いつかはやるだろうと誰しもに思われている。
そして巨体を見つけ駆け付けて来た外に住む者たちから、
道が崩れるからアルコーンで通るのは勘弁してほしいと請願が在った。
そして獣神は、はたと気が付いた顔で言う。
「難所も何もかも粉砕して、私の後ろに道を作れば良いのでは」
「いや、水の流れが変わるから本当に勘弁してくれ」
馴染みの頭領が頭痛を抑える仕草で止め、獣人集落までの行路が決まった。
外に住む者に案内され、幾台かの馬車が馬獣人に牽かれて行く。
馬車を降ろした板の上には黒い猫の様な饅頭が在り、枯れ枝の様な神がもたれかかり、
そのままでふよふよと進みつつ、いつもの面々も徒歩でぶらぶらと歩んでいる。
「道連れに麗しき真珠たちがありながら、どれもとびきりに危険ときてる」
「それだけに見返りも大きいかもよー」
そして頭領が板にぼやけば、意味がわかっているのだかどうだかな軽い挑発。
苦笑し肩を竦める壮年と、板に乗り神の頬をみよんと伸ばす開拓者の姫。
妖怪と創世神に挟まれた黒猫饅頭は、微妙に嫌そうな顔をしていた。
「岩砂漠まで来ると、けっこう水が流れているんだね」
道の端に時折、小川と呼べそうな物が流れていたり消えていたり。
直飲みはやめろよと剣士の言葉が在り、博士が補足する。
「どうしてもと使う時は、川の横を掘って穴から汲むのじゃ」
そんな即席の井戸を旅人が作るための場所が、道中に時折在ると。
「それも良いがな、流石に今回は俺たちの水場に案内するぜ」
水が噴き出しているからそこから汲めと、気安い声色で頭領が言った。
そのまま粛々と行路は進み、陽が中天に至る頃に岩肌の亀裂に辿り着いた。
巨大な亀裂は駱駝馬車すら容易に呑み込むほどの大きさであり、
影になる内部には噴き出す水源と、端に沿った池の如き景観が在る。
「そこの水は駱駝用で、人は飲めないから注意しな」
見れば水溜まりには駱駝糞が堆積し、見るからに飲用に適していない。
水源周りには段差の在る囲いが作られ、飲用の水が水溜まりに零れていた。
そして足元の砂や土を掘っていた先客が、お頭と呼んで同行者を誘い、
陽除けの間に食う飯を用意してますぜと、得意そうな顔で報告している。
「至れり尽くせりじゃのう」
「まあ、あきらかにえげつない集団だものねえ」
いつもの面々が簡単に感を漏らせば、心外だと言わんばかりに頭領が返す。
「何、我らが麗しの真珠だけでも、この程度の歓待はするもんだ」
拠点の水を救い、外に住む者が敬う神族が心服している大神であり、
むしろ歓待しないと燃やされる、そんな切実な事情が何故か透けて見えた。
そして例によって例の如く、今回もまた羊が用意されている。
先客が掘り出していた先に在る物は、地中の筒を塞ぐ蓋。
それを取り外せば、周囲に消し炭と香辛料の香りがふわりと漂った。
そのままに手を突っ込み、針金で繋がれた三段拵えの金網を持ち上げる。
大蒜と鬱金、肉と炭の香りが漂い、最上段は脂身と幾つかの野菜。
中断には所狭しと肉が並べられ火が通り、下段には鍋が在った。
「獣人が多いので、玉葱は抜いてますぜ」
言いながら金網を降ろした外に住む者が、複数の皿を用意し鍋を開ける。
鍋の中には香草と香辛料で蒸された高黍が膨らみ、主食の貫録を見せていた。
蓋をして埋める事に因り、調理途中に虫や動物の被害を避ける事が出来る。
「放っておけば出来るからな、放牧とかの時に有難いんだ」
とかの時、の言葉を深く考えてはいけない。
そして皿に膨らんだ高黍と肉、野菜が無遠慮に乗せられ配られた。
全体的に鬱金の黄色に染まり、大蒜の主張が肉と香草の香りに包まれている。
「そこに乾燥和蘭芹を砕いて、おお何かやたら柔らかい」
「まあ蒸し焼きじゃからなあ」
神と博士が匙を使えば、肉がほろりと崩れ齧りつくほどでも無い。
それはそれとして骨付きであるのでと、時折に手に持って齧りつく。
青い顔をしていた者も既に顔色は落ち着き、水を飲んでは肉と黍を口にした。
そしておもむろに、調理手により皿に乗せられる羊の頭。
「普段は貴人に捧げる物なんですが」
誰に出せば良いのかと見回す中で、まずは創世神が口を開いた。
「私は人と共に歩めども、基本的に人の営みには口を出さないから」
華麗にスルーした神の言を受け、皇女も顔色を変えずに言い放つ。
「朕は付いてきただけである、此度の旅の主は男爵であろう」
そして男爵の前に頭は置かれ、引き攣った顔と円らな瞳が相対する。
救いを求めて視線を回すも、女性従者は容赦無く明後日の方向を向いていた。
「いや、貴重な部位だし珍味なのよ」
「頭では理解できるけど、円らな瞳を直視すると食欲が」
マルジャーンが苦笑しながら小声で囁けば、アルフライラは困った声。
白き獣神が裏心無く、良かったですねとほんわかと男爵に言い、
引き攣った男爵が、獣人側に回せば良かったと気付くも時既に遅し。
とりあえず頬肉をと削っていれば、やれ眼球が、頭を割って脳髄がと、
善意に満ち溢れた山賊もどきたちが男爵にいろいろと助言している。
「食通や辺境の者ならば、喜ぶ者の方が多くはあるのだがな」
体よく頭を押し付けた皇女が、皿を持って板に寄り神に語り掛ければ、
その背後の侍女が骨付き肉を齧りながら、何とも言えない表情をする。
「して、空征く巨神には驚いたが、集落は無事であろうか」
「あれで間に合わないのならば、それはもう仕方が無い事だと思うよ」
身も蓋も無い神告に、皇女は諦めの表情で首を振る。
「彼の方が居られた事が望外の幸運、それ以上は贅沢か」
誰ともない言葉が岩肌に消え、黒猫が欠伸をした。
「ジャルニートも放り込んでおいたし、悪い様にはならない ――」
そこで長女が言葉を切れば視線は遠く、そっと目線を逸らしながら続ける。
「と良いなあ」
「そこは安心の発言が欲しかった」
件の赤毛の姫神の騎士こと銅の神殿戦士は、人型の魔素の塊と言うべきか、
アルムピアエールの予備燃料担当として問答無用で機体に放りこまれていた。
「まあ何だかんだでアルコーンだし、人造天使ぐらいなら一蹴するでしょ」
さらりと出たマルジャーンの言葉に、アルフライラは考える。
中に居る大神、エミーラの権能は保有情報の物質生成。
最低でも水と謎ペーストを無尽蔵に生成可能な、音速超過の補給無双。
そして、気が付いた。
「士気が、どん底まで落ちているかもしれない」
「いや待て、どういう事だ」
神代を席捲した完全栄養食型拷問具を思い出し、戦士たちの冥福を祈る神。
「まずは商人さんを頭領に預けつつ、一刻も早い到着を臨まねば」
「だから待て、そのはじめて見る真剣な表情が実に不穏なんだがッ」
周囲の焦りに、そっと無言で謎ペーストを生成する板の神。
「エミーラが大量に生成できる補給物資」
渡されるままに受け取った周囲。
皇女は口を覆い蹲った。
マルジャーンは倒れた。
サフラは固まった。
ハジャルは逃げ出した。
侍女は表情が無くなった。
饅頭猫はまたいだ。
「うん、やはり私の感覚は間違って無かったのだなー」
気が付けば陽は傾き、陽光が生命を苛まない程度に落ち着きを見せ始める。
拠点を引き払うまではまだ僅かに時間は在り、板はそっと惨状を後にした。
そして背後の死屍累々を尋ねられ、目を逸らしながら適当な事を言う。
「起こさないでやって、たぶん死ぬほど疲れてる」
遠い目をして創世神は遥か過去を思い描き、猫がそっぽを向いた。