砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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03-10 白兎の食卓

 

集落より離れた場所に、岩の平野が在る。

 

集団の移動とは結局の所、水と面積に縛られるものであり、

隣国がどの様な進路をとるにせよ、最終的にこの平野に至ると推測されている。

 

かと言ってそれまで何もしないと言うのも勿体無いと言う事で、

白兎、家猫、他獣人の小部隊が嫌がらせの様な感じで遊撃に出ていた。

 

そんな開戦前の狭間、隙間の様な暇な時間に開拓組は呆けて岸壁を見ている。

 

「機械天使は、他にも在るのじゃったか」

「援助を受けていたのは知っているのですが」

 

ハジャルの問いに、飲用水代わりの麦酒を運んできた元騎士が答えた。

 

他勢力の援助は秘匿されていたので、細かくは知らないと前置きをして。

ただ、秘匿された敷地の範囲と行動から1体だけでは無さそうだと。

 

「隠してはいましたが恐らくは黒の神国、だったと思うのです」

 

端切れの悪い言葉に怪訝な色を見せれば、語り手は素直に捕捉する。

 

「最近はサッパリ見なくなっていたんですよ、関係者っぽい怪しいヤツ」

 

残っていたのは別勢力っぽい連中でと、麦酒片手に続けた言葉に、

ふと、一行の脳裏に以前聞いた言葉が思い返される。

 

―― 貴様の首は柱に吊るされるのがお似合いだ

 

自らよりも上位に位置する大神の宣戦、備えるに足ると言う物が無い。

行動に一切の余裕が無くなるだろう、隣国への工作を一時放棄するほどに。

 

「どこまで見通していたのだか」

 

サフラが呆れた声色で一同の総意を零した。

 

「大剣使い、パンが焼けたよ」

 

そんな微妙な空気の一同の後ろから、神殿戦士の声がした。

 

「サフラだ、聖水屋 ――」

 

振り向きながら応えた声が、一時止まる。

 

「宗旨替えでもしたのか」

「アルちゃん謹製装備だよ此畜生ッ」

 

一同の視線の先に在ったのは、怪しい頭巾で顔を隠した光り輝くドレスの女、

しかも無骨な鉄球と斧を背負っている、控えめに言って不審極まり無い。

 

微妙な空気が更に混迷の色を増しつつ、ジャルニートがその手に持った

片手に余る程度の大きさの球体を引き千切り、破片を配っていく。

 

「ふむ、かなり硬いのう」

 

ところどころ黒い焦げが見える、硬めのパンを齧りながらハジャルが言う。

 

「白兎族は、遊牧のパンと呼んでいたかな」

「ああ、膨らませない素焼きの焼きパンなんですよ」

 

そして不審者と元騎士が、感想に軽く応える。

 

塩を入れた小麦粉を水で捏ね、そのまま焚火に近付けて焼く代物。

遊牧などで、最低限の荷物と調理の手間で食事をするための工夫である。

 

硬く焼き締められた外側を噛み砕き、比較的柔らかい内側は噛み千切る。

会話の余裕も無い黙食が進む内、元騎士が思い出した様に言った。

 

「あ、そう言えば胡散臭い連中の中にやたら美人な女が居ました」

 

黒の関係者であり、勢力が消えた後も残っていた様だと語る。

 

「神族かの、まあ機械天使が残っておるなら居てもおかしくは無いか」

 

焼き小麦を齧りながら博士が察せば、語り手は首を捻った。

 

「そう言えば、戦場では神族ってどれぐらいの強さなんですかね」

 

僅かな静寂、騎士の癖に何言ってんだ本気かコイツと言いたげな視線の中、

冷や汗を滲ませながら相対する機会が無くてと補足する、元隣国王側近。

 

「神族はまあ、大抵の場合は一騎当千とでも言うべきかの」

「多大な被害は出るが、最終的に誰かが首を落とせば終わる」

 

被害の規模と傾向は保有する権能でかなり変わるが、要は強いだけと。

そんな開拓者組の簡単な説明の後、間を置いてハジャルが軽く補足を入れた。

 

「そして大神は、完全に別物じゃ」

 

驚異の桁が違うと語り、女性陣がしみじみとした口調で言葉を継いだ。

 

「基本的に、居ると判明した時点で全力で離脱よね」

「黒の王を相手した時なんか、視界に入った部隊が一瞬で消滅したなあ」

 

ほのぼのとした口調の語りの後、マルジャーンは遠い目をして口を開く。

 

「そんな大神が、3柱も居るのは悪夢を越えて何と言うのかしら」

 

一同が鉛を飲み込んだ表情に成る中、サフラが軽く感想を零した。

 

「と言うかまず、そこの聖水屋がそんな鉄火場から生き延びている事実に引く」

 

珍しく長文を発するほどに引いていた剣士がそこに居た。

 

「待てい、人をそんな人外の化物みたいなって、お前も同類だろ大剣使いッ」

「いや俺は唯の傭兵上りの普通の開拓者だ、普通だ、あとサフラだ」

 

最近巷で詩人に、紅玉の剣士などと謳われている物語の住人が知らぬ顔で嘯く。

 

対し覆面越しでもわかるほど無いわーと呆れている気配を醸しながらも、

気合で呑み込んだジャルニートはとりあえず、会話を元の流れに戻した。

 

「まあ何だ、そこらへん、ウチの神様なんかは地味ですかね」

 

王の権能の理不尽さを語った後に、黄金の理不尽さを引き合いに出す。

 

「前線にふらっと訪れ、武器と糧食が阿呆みたいな勢いで複製されていったり」

 

「怖いのじゃが」

「怖いんだけど」

「怖いな」

 

「まあ前線を知っていたら、そうだよねー」

 

神殿戦士は主が正しく理解されている事にどういう反応を見せればと惑う表情で、

いまひとつ理解が及ばない困惑の元騎士を見て、苦笑を零しながら口を開いた。

 

「ああ、丁度ヤバイ実例が見れそう」

 

そう言って指し示した方向には、男爵とその兵団。

 

―― お姉さまに岩石と土とコンクリートのでえたを頂きましたわあああぁ

 

そして黒の玉座に座る無駄にテンションが振り切れた姫の大神の姿。

 

見ている内に平野の端の岩山は断崖の絶壁と化し、突然に表れた巨大な岩は、

瞬く間に岸壁と化し平野の向こうを左右から圧迫するように圧し潰す。

 

―― お、じゃあこっちの陣地から向こうに向かって緩い下り坂に出来ねえ

―― 出来れば石の階段状で、端を滑り止めみたいに少し盛り上げた感じで

 

―― お安い御用ですわあああぁッ

 

生成された岸壁の間の隙間から兵団の間の地面が、灰色の石質へと変わり

かなりの面積が在る平地が要望通りにの姿で長く階段状に成形される。

 

風景画を乱暴に塗り潰し書き換えた様な理不尽を目の当たりにし、

観察者たちは改めて死んだ目に成り、サフラとハジャルが棒読みで感を述べた。

 

「少なくとも、騎兵が死んだな」

「こんなのが3柱も居るのじゃな」

 

声色にどことなく呆れが滲んでいる。

 

「まあ、アルの奴は除外しておくべきかの」

 

次いでさりげなく、厨屋に封じられている虚弱な邪神を数から外した。

 

その普段のか弱い姿を思い出し、納得の姿勢を見せる元騎士と不審者に、

違うそうじゃないと言いたくも、どうにも上手く説明できない開拓者組。

 

今頃何をしているのかと集落に視線を向け、狭間の時間は過ぎていった。

 

そしてそんな語るに困られていた少女は、竈前で法連草を刻んでいる。

乾燥夏法連草と、冷凍秋法連草と、収穫した冬法連草と、法連草尽くし。

 

軽く穴を掘り上に陽除けの屋根を付けた、簡素な土床の厨屋は、

盛り土に穴を空けた様な原始的な竈が在り、その上に縦穴が繋がっている。

 

その穴に差し込まれているのは、尖底の形の素焼きの土鍋。

 

「長く使われるには、それなりの理由があるもんだね」

 

アルフライラの記憶に在る、縄文弥生と万年に渡り使用された尖底土器。

立てて置くのに難しいこれが、使ってみれば意外とこれが理に適っている。

 

土竈の上の縦穴にすっぽりと差し込めば、安定感が凄い。

尖った先は直接に火に炙られ、熱の通りがとても早い。

 

そして普段から使われ内部が焼き固められている土竈。

器をはめる縦穴に熱量の大部分が集中し、熱効率がとても良い。

 

それはつまり、料理に使う薪が極端に少なくなると言う事でもある。

 

「拾いに行く手間が少なくて、本当に暮らし易いんですよ」

 

板神の隣で同じ様に法連草を刻んでいる女性がそう語った。

髪はやや短めで、鍛えられた肉体は少し日に灼けて照かりを見せている。

 

かつて、カイナン・カミン討伐に加わった女性相互扶助小隊の者である。

現在は寿引退を果たし、白兎族の集落に移住して少しぶりの再会であった。

 

何かもう、ツヤツヤとしている。

 

脂と精気に満ち溢れ、快活さが以前の5割増しになっているかの様な印象。

 

そっとアルフライラは視線を外し、少し離れた所に居る犬狼族を望遠した。

精悍な犬狼の中で、痩せ細り毛が寝込み、ふらつきそうな個体が1名在る。

 

砂漠の肉食獣と捕食された旦那であった。

 

「誰かに謝っておくべきなのだろうか」

「アル姐さん、また何かやらかしたんですかい」

 

これが人の夢、人の望み、人の業かと創世神がしみじみと悟る。

 

そのまま摩り下ろした大蒜と酪が入れられ煮立っている尖底鍋に、

骨を煮込んだ汁と刻み法連草を入れ、のんびりと煮込みはじめた。

 

煮込む内、法連草汁に強めの粘りが出てくる。

 

「思ったより粘い、偽法連草(モロヘイヤ)でも混ざってたのかな」

「ああ、氷室に一緒に入れてましたや」

 

まあこれはこれで良い粘りと、気にせず鍋をかき混ぜる調理神。

とりあえず精気を吸い取られている犠牲者のために、粘りは強い方が良いと。

 

「白兎のスープですが、飲んでると何かこう健康って感じなんすよね」

「まあ滅茶苦茶野菜多いレシピばかりだもんねえ」

 

種類では無い、比率と言うか質量の話である。

 

「旦那たちも、こっちに来てからは野菜美味えと宗旨替えしてますし」

「酪と大蒜も入れたし、次は兵団を宗旨替えさせる感じかな」

 

言いながら塩で味を調え、白兎の法連草スープお客様仕様が出来上がる。

お客様仕様だと、通常より大蒜が多めになっているらしい。

 

「臭いを嫌がる獣人って結構居るんですよ」

「香草や香菜の選択が難しそうだなあ」

 

大蒜は慣れているのが多いから結構気軽に使えるとか、でも指切鳥は無理など

戦前の狭間に神と新妻は、まったりと会話しながら鍋をかき混ぜていた。

 

 

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