砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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03-11 血風は止まず

 

高く音が鳴る。

 

新造された渓谷を吹き抜ける様に、高い口笛の音が響き渡る。

反響し、木霊し、はるか遠くから繋ぐ様に複数回の鳴笛。

 

行軍する隣国兵は、鳴り響くたびに不安気な表情で周囲を見渡し。

渓谷の上を走る白兎族は、幾度も口笛を鳴らし走り続けた。

 

やがてその音は集落にまで響き。

 

板の上で耳を澄ませていた少女は、深く頷きながら深刻な表情を見せる。

 

「何を伝えて来たのじゃ」

 

訳知り顔なアルフライラに対し、横からハジャルが音の内容を問うた。

 

遊牧の口笛、遊牧民が状況を身内に知らせるために吹き鳴らす笛の音。

 

狼の襲撃、雨の訪れ、群れの統率、状況を知らせるために吹かれる音は、

その音や長さなどで言語の如く、意外にも細かく様々な内容を伝えている。

 

先日の厨屋でも、白兎族は口笛を交わし様々な意思疎通を行っていた。

 

―― 塩 壺 厨屋 持ってきて

―― 壺 何個

―― 1個

 

そのような経験を経た神は、自信に満ち溢れた表情で口を開く。

 

「さっぱりわからない」

 

即座の肉球平手が、爽やかな笑顔の創世神の額をプレスした。

 

当然の話ではあるが、やはり一朝一夕で聞き分けられるものでもない。

そして通りすがり家猫ツッコミに悶える板神の横で、白兎が恐る恐る口を開く。

 

「羊を狙う狼が風の谷を越えたそうです」

 

風の通り道になっているから風の谷、姫神の手によって造られた様々な地形は、

その便宜上と、適当な仮名を付けられ新造された地図に記されていた。

 

「ならばそろそろ、油を沸かす距離じゃな」

 

その発言に応じ、白兎が指を口に入れ笛を吹く。

断崖の上から応える様に音が返り、伝わりましたと短い報告が述べられた。

 

造られた断崖には、集落側から石造りの階段が付けられ昇降を容易とし、

その上には大量の素焼き壺と油と炭と火矢が積まれている。

 

階段状の平地の向こうに聳える岩をハジャルが眺め、内心で舌を巻いた。

 

「あやつらが、大神を相手にするのを嫌がるわけじゃ」

 

全ての準備に一日と掛かっていない。

 

「陣営は歩兵、長物を持った兵、騎兵、重装兵が囲む輿、歩兵だそうです」

 

ハジャルの横で白兎が男爵兵との間を走り回っている家猫の鳴き声を聞き、

その内容を言葉に翻訳して伝えている、ちなみに板は肉球に悶えている。

 

「騎兵が後ろとな、弓は居らんのか」

 

気が付けば家猫族が集まり、次々に肉球を繰り出している有様を背景に、

白兎族の青年は耳を立てて、飛び交う伝令の内容を翻訳した。

 

「長物が、鉄の短槍、筒? 何かそんなものを立てて抱えていると」

 

そして猫を撫でながら満悦の笑みを浮かべた少女が、軽く合の手を入れる。

 

「先込め式かな、まあ知識と技術が半端ならそこらが限界だろうけど」

 

わかるのかと問い掛ける視線に、毛皮に頬を当てながら真面目な顔で答えた。

 

「鳥討ち銃、とかここらで呼ばれているやつだと思う」

「猟師の火薬弓か」

 

ならば猟兵の類かと察する様に、アルフライラの淡々とした所見。

 

「消耗品の肉の盾、火薬弓、んで突撃用の騎兵って感じの順番かな」

 

「前の奴らが踏まれそうじゃのう」

「踏んでも良いのを前にしてるんじゃないかな」

 

会話の内に平野に防衛の兵は並び、峡谷を抜ける敵を待ち受けている。

 

「さて後詰じゃ、アルは前に出るでないぞ」

 

えぇと嫌がる素振りを肉球結界で止められた創世神を後ろに回し、

木製の法術杖を持ちあげたハジャルが場を後にし陣営へと向かった。

 

最前に男爵の兵が2列横隊に並び、その後ろで雑多な兵が槍を掲げる。

左右の翼には各獣人が遊撃の隊を作り、敵影が見える瞬間を待ち構えている。

 

渓谷を抜ける風が、石階段の上に積もる砂を巻き上げて、止まる。

 

「我ら帝国法術兵はあぁッ」

 

渓谷の影に光が当たり、平野に踏み込むそれが敵兵と化した。

 

「帝国最強おぉッ!」

 

即座に法術の光弾が降り注ぎ。

爆炎と砂煙が悲鳴を掻き消し。

 

大声を張り上げながら自軍の横隊が前進する。

 

「前へッ 前へッ 前へッ」

 

言葉が切れる度、撃ち放った兵が膝をつき法を練り、後陣が弾を放つ。

言葉が切れる度、後陣が前に出て膝をつき、立ち上がった前衛が術を放つ。

 

「前進だッ 戦友よッ 前進だッ 戦友よッ」

 

矢継ぎ早に放たれ続ける法弾と、怒号の様な戦場の歌。

 

「前へッ 前へッ 前へッ」

 

一撃ごとに前に進む地獄の行進、これこそが男爵の子飼い。

 

―― 戦列法術兵

 

出会い頭に法撃を叩き込まれた歩兵たちは倒れ、叫び、後続に踏み砕かれる。

敵軍も前に出る、屍山血河を踏み越え狂乱の叫びをあげ。

 

そして段差に躓く者、踏まれ絶命、後続が血煙を撒きながら前進。

法撃に頭が飛び、腹が破れ、絶叫を狂った怒号で圧し潰す様な狂気の前進。

 

つまりは戦列に辿り着けるか、磨り潰されるか。

 

単純な形と成った初戦は、防衛側が優位に進む。

 

「お姉さま」

 

その遥か後ろで戦場を眺めていたアルフライラに、エミーラが声を掛けた。

 

「私たちは、あまり関わってはいけないのですよね」

 

歯に絹の挟まった様な物言いで、言葉を紡ぐ。

 

「獣人自治区の防衛で、帝国の内戦だからね」

 

それを特に気にすることも無く、淡々と状況だけを述べる長女の言。

無言が齎したしばしの静寂の先で、攻め手の歩兵の陣が割れた。

 

歩兵隊の移動ではなく、単に消耗の果てに陣が貫通されただけの話。

そしてその後ろには、鉄筒を構え膝立ちの横隊が並んでいる。

 

戦場に破裂する様な音が響いた。

 

数多の銃口から放たれた弾丸は、逃げ遅れた歩兵の後頭部を撃ち抜き、

その幾らかは隙間を抜けて男爵の戦列にまで至る。

 

幾人かの短い悲鳴。

 

「前へッ、鳥討ちならば連射は効かぬッ」

 

旗下の兵長の怒号が響く中で、男爵の視界が白煙の向こうを見通した。

 

「あいつら、複縦で並んでやがるッ」

 

1列目が弾込めをする隙に2列目が構え、3列目は次段に備えていた。

 

「エミーラ、鉄板ッ」

 

アルフライラの鋭い声が響き、何かを考える間も無くエミーラは反射的に、

その腕で指示された位置、両軍の狭間の中空に長大な鉄板を生成する。

 

弾丸が鉄板を弾き、石階段の上で高い音を立てて弾け転がった。

 

「押し切るぞッ」

 

男爵の咆哮が戦場に響き、合わせ、法弾が鉄砲隊に襲い掛かる。

その有様を見て固まり、そっと黒き姫神は指示を出した姉を盗み見た。

 

「物事の選択肢なんて、どう選ぼうとも結局は後悔するもんだよ」

 

そしては姉は普段と何も変わらず、飄々として適当な言葉を紡ぐ。

 

「だからせめて、自分のやりたい事を選びなさい」

 

言葉を受け、妹が口を噤んだのは僅かな間。

 

「まだ鉄板を生成するべきでしょうか」

「いや、もういいんじゃないかな」

 

3回目の破裂音が響く。

 

「防衛ならいざ知らず、黒色火薬なんて戦場で連続して使える物じゃない」

 

しかしその弾丸はあらぬ方向に飛び、戦列の被害はさして認められない。

鉄砲隊を包む様に漂う火薬の白煙は、もはや完全にその視界を奪っていた。

 

瞬く間に複縦の鉄砲隊は法術の弾幕にその数を減らし。

それらを後ろから踏み躙り、肉の壁と活用しながら騎馬が前に出る。

 

「は、所詮は民草の兵よなッ」

 

壊滅した前衛を嘲笑いながら突撃をかける騎兵の群れ。

石階段に馬足を折り、遅れ、その数を減らしながらも突き進む。

 

「難民隊、あとはまかせたッ」

 

男爵は振り向き叫び、戦列後方で雑多な兵が、立てていた槍を前へと向ける。

石突きを踏みつける勢いで足元に固定し、両手でしっかりと長槍を構える。

 

そしてその横、槍兵の隙間を、異様に早い蟹歩きで駆け抜け後退する法術兵。

 

「我ら帝国法術兵の逃げ足はッ」

 

気持ち悪いぐらい早い。

 

「帝国最速うぅッ」

 

階段状の騎兵殺しも功を奏し、素早い撤収は騎兵到着前に終わった。

 

そして激突する。

 

槍衾に貫かれ倒れ、落ちる馬と兵、踏み潰され肉塊へと変わる槍の兵。

 

騎兵の長物に首を刎ねられ、飛ばされた頭はそのまま隣接兵の首を折る。

槍に貫かれ、早贄の如き有様で石階段へと叩きつけられる騎乗の兵。

 

悲鳴と怒号が繰り返し響き、接触した最前線が一時の膠着を見せた。

 

ぱかんと、軽い音が響く。

 

棘付き鉄球を振り回し、飛び掛かりながら次々と騎兵を落とす覆面の怪人。

 

落下音が続く。

 

馬体の隙間を走り抜け、大剣を引っ掛ける様に振り回す巨体の男。

 

「足が止まれば、後は片付けるだけだね」

 

言いながら飛び回るジャルニートの向こう、無言で走るサフラが居た。

その後ろから、雑多な種類の獣人兵たちが続く。

 

そして混戦の先、隣国王の輿がついに平野に達した。

 

間を置かず、その後ろから盛大な悲鳴が響き渡る。

煮え滾った油が後方歩兵部隊へと降り注ぎ、次々に火矢が射掛けられる。

 

峡谷は燃え盛り、爆風が如き熱気が輿を後ろから押した。

 

隣国王の周囲を固める重装兵が振り向く間、峡谷を抜けた歩兵の新たな悲鳴。

間を置かず左右から挟む様に襲い掛かったのは、家猫族の遊撃部隊。

 

渓谷出口に造られた待機所から一斉に駆けた。

 

家猫は待ち伏せ型の狩猟動物であり、その基本性能は容易く人類を凌ぐ。

音も臭いも無く潜み、後方から致命を狙い襲い掛かる天性の捕食者。

 

跳躍力は助走無しで人の背を越え、瞬発力に至っては一瞬で最大速度に至る。

そんな生き物が、人間大の体躯を持っているのが家猫族である。

 

毛皮の腕が無造作に振るわれ兵士の首が千切れ飛ぶ。

 

前衛とは違いそれなりの防具に身を固めた後方の歩兵たちが、恐怖に固まる。

 

むしろ、その隙も無く屠殺される。

 

散々に荒れ狂う毛玉にようやく向かった重装兵が、その横から法弾を受けた。

戦場の端まで避難した戦列法術兵たちが、遊撃隊と化して援護射撃をしている。

 

それに気をとられた一瞬で、既に全ての家猫族は撤収を完了していた。

 

弾け飛ぶように、人はおろか馬すら追い付かぬ猫速の逃げ足。

帝国最速の座は渡さぬとばかりに、援護している男爵兵に見せつける。

 

暴風の如き蹂躙。

 

一過の有様に本陣が呆けた一瞬、輿へと飛んで来た物があった。

 

騎兵である。

 

折れ潰れ、もはや肉塊と化したそれは弾丸の如く重装を襲い紅に染める。

激突音が重く響く中で、飛んで来た方向を向けばそれが在る。

 

戦場の果てに、腰を落とし拳を突き出している少女が居た。

 

狩られる騎兵たちの中央を、貫くように殴り飛ばした白き獣神。

戦場を横断し肉弾を輿にまで届かせた、大神の名を持つ理不尽。

 

それは静かに立ち上がり、深く息を吐いた。

 

「我らが神に続けえええぇッ」

 

犬狼の絶叫が響き、数多の獣人たちが槍兵の前に出て敵を屠り続ける。

手槍を振るう豚、拳を放つ獅子、爪で抉る虎、神刀閃くウルの牙。

 

大勢は完全に決していた。

 

いまだ火焔渦巻く渓谷を後ろに、僅かの供を残すのみと成った隣国王は、

しかし状況を理解出来る知能が残っていないのか、楽しそうに空に笑う。

 

「けるびん、けるびんッ」

 

両手を広げ、場違いなほどに楽しそうな声色で謳った。

 

残敵の掃討に移り、血と肉の香りがむせ返るほどに漂う戦場の跡に、

遠くから気持ち悪いほどに明るい声が響き渡る。

 

ひとり、またひとりと手を止め声の響く方向を見やる。

 

空に向かい謳い続ける国王の有様に困惑の色を見せ、次いで空を見上げた。

 

それはやがて、轟音と共に空から来たる。

 

火焔が、踊っていた。

 

蒼天に円周を描き回り続ける焔の音が、地表に届き重く響く。

 

その四方にどことなく人、獅子、牡牛、鷲に似た4つの顔を持っていた。

4対の翼が焔を纏い空に踊り、中空を回転しながら地表へと降りてくる。

 

灼かれ、押しのけられた大気は風と化して戦場の砂を躍らせた。

 

神威が、戦場に在る数多の将兵たちの時を止める。

 

紅、蒼、黒、白銀、赤銅、様々な色で染められた鋼の巨神。

 

近くに見れば、それは羽根では無く足で在り、

腕を組み背中越しに円陣を組んだ複数機体であると言う事がわかるだろう。

 

【挿絵表示】

 

天羽楼の知恵を結集した偽典アイオーン、ケルビム。

 

そして人の戦は終わり、戦場は神の領域へと移行した。

 

 

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