砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

86 / 217
03-12 汗血は満ちて

 

轟音と共に質量が大地に至る。

 

既に生きる兵士は脱兎の如くに平野から姿を消し、戦場跡に残るは僅か。

噴煙に焼き殺されながら絶望の表情を見せる死に損ないと、肉を喰らう餓鬼。

 

敵味方人非人、全ての区分無く等しく灼き潰され炭へと変わる。

 

やがて火焔が収まれば、巨神の絡まる腕がぶるんと解れた。

 

手足の装甲を波打たせながら分離すれば、そこに在るのは4体の巨神。

 

「何じゃ、あの、柔らかいの、かの」

 

硬質の装甲が見せた不可解な挙動に、困惑の色を隠せないハジャル。

 

「『軟体装甲』は廃棄品目だったはずなんだけどな」

 

それをジト眼で眺めつつ、戸惑いの言葉を漏らすアルフライラ。

しばしの無言で思考に耽った後、頭を掻きながら傍らの妹に問うた。

 

「エミーラ、旧神技術の漏洩に思い当たる事は無いかな」

 

問い掛けを受け首を捻った姫神は、思い当たった顔で軽く返答した。

 

「そう言えば、ザハブが最後に遺産を受け取っていましたわ」

 

神代の話なので以降はわからないと続き、そこかあと遠い目をする旧き邪神。

 

話す内に平野に在る生命は絶え、輿を後ろに進撃を開始する質量の4体。

その前に立ち塞がったのは、四肢が肥大した巨神カイナン・カミン。

 

退避した人々の間では、しかしいまだに戦戟の音は止まず。

戦意を失った人々の狭間に、見境なく襲う餓鬼と踏みとどまる兵士たちの姿。

 

そして輿より高らかな嘲笑が響き渡った。

 

「これぞ千夜文書が禁章より造られし偽典アイオーン、ケルビムッ」

 

叫んでいるのは老齢の穴居人であり、白髪の下の瞳は剣呑な色を帯びている。

 

「4体、4体あればアルコーンすら凌ぐであろう」

 

今まさに我らは旧神の足元に辿り着いたのだと、高らかに哂った。

 

「などと言っておるのじゃが」

「まあ数の暴力は正義だよねー」

 

それを受けた博士と少女は、何ともまったりとした感想を述べている。

そして真面目な顔をして、どうなのじゃと人が問い、神が応う。

 

「わけわからないほどに出力が高い」

 

空を飛べる時点で機械天使とは根本的に次元が違うと、首を捻った。

 

視界の先ではカイナン・カミンが複数の拳に叩かれ装甲の破片を飛ばし、

しかし返す一撃が過たず1体の捉え、曲がった。

 

ぐにゃりと音がしそうなほど不自然に装甲が曲がり、勢いのままに後転。

すかさず残り3体の打撃が獣神機を捉え、激突音が続いた。

 

「どうなってんの、あれ」

 

半目で呟いた邪神が曲がる事かと問われれば、制御している謎出力と返る。

わからないので何か言わないかなと穴居人を眺めれば、語り出した。

 

「禁章に記されし旧神の知恵、『カートリッジ』『反物質砲』」

 

それこそが機械天使との格の違いを生んだのだと、戦場に高らかに響いた。

 

「うわぁ」

 

聞いたアルフライラは引き攣った表情で引いていた。

 

「アルのせいかの」

「爺婆、いや旧神の分まで私のせいにしないでほすぃ」

 

言いながら眉間を抑え、首を振り力無く零す少女。

 

「そっかー、ダイアポロン形式かあ、そっかぁ……」

 

削られていくカイナン・カミンの後ろで、邪神は涅槃を眺めている。

 

「しかし、かあとりっじと、たんものしちほぅとな」

 

ハジャルが聞き慣れない古代悪魔の単語を聞けば、返答は横から在った。

エミーラが玉座より片手で持てる大きさの銃器を取り出し、口を開く。

 

「これですわ」

 

反物質砲、質流れした反物の霊素に染み付く指向性を持った後家さんの無念を

γ線レーザーに変換して発射する因業な代物、と言う設定のネタ兵器である。

 

神代でエミーラが受け取ったネタ兵器シリーズの一角であった。

 

そして会話を打ち切らせる様な、轟音が響く。

 

ケルビムたちの装甲には既に幾つもの亀裂が見えるも、

カイナン・カミンの装甲にも亀裂が走り、破片が戦場に散らばり石床を叩く。

 

「ついに、ついに我らは神の位階に辿り着くッ」

 

両手を振り上げ天に吠える穴居人の前にも、破片と体液が撒き散らされる。

ケルビムの亀裂より漏れる液体で、気が付けば石の平野には夥しい赤い染み。

 

「カイナン・カミンの方が先に止まりそうだね」

 

座った眼のまま手持無沙汰を慰める様に作業用ハンドを操作して、

引き上げてきた負傷兵の治療を行いつつ、アルフライラが淡白に述べる。

 

それを聞いた周囲は表情に驚愕の色を乗せ、エミーラが場に背を向けた。

 

「なりませんエミーラ様ッ」

 

それを見咎めた二十面相が叫べば、場の視線が姫神の背に集まる。

 

轟音が巨神の相対する平野より響き、生き残った者は未だに小競り合いを続け。

負傷兵の向こうで兵士が、飢えに人間性を失った餓鬼を押し止めている。

 

絶叫と悲鳴は絶え間無く、簡素な治療を終えた獣人も改めて敵に向かう。

 

「この戦は帝国の物、戦うべきは獣神に連なる者、それはわかりますわ」

 

黒の神国の名を背負う自分が出るのは、迷惑以外の何物でも無いだろうと。

せいぜいが騎士の名を預けた赤毛の神殿戦士に頼み込む程度。

 

「けど、色んな人が居ましたの」

 

黒き姫は少しだけ振りむき、いまだ戦火収まらぬ人々に視線を巡らせた。

 

「塔の牢獄を抜け出て、様々な人たちに出会いここまで来ましたわ」

 

血風に似付かわせぬ朗らかな微笑に、苦笑の色を乗せて姉が問う。

 

「親愛かな」

 

言葉に、意を受けたとばかりに頷きながら明るく答えた。

 

「そうですわね、きっと私にとって愛は捧ぐ物なんですの」

 

その手を広げ、数多に在る自軍の兵の全てを示しながら言葉を繋ぐ。

 

「人こそは地の星、故にその輝きの全てに」

 

合わせ、肉片を踏み躙るケルビムに視線を投げ宣言する。

 

「だから、ただ踏み躙るだけなんて代物は『嫌い』ですわ」

 

そのまま玉座に飛び乗り、岸壁階段に向け走らせながら叫ぶ。

 

「この場は任せましたわよアシュラーフッ」

 

風か光か、瞬く間に小さくなり階段を登り上がる大神の姿を、

呆けた顔で見送った二十面相と黒子衆を、板の上から長女が揶揄う。

 

「まかせたんだって、アシュラーフ」

 

目は笑っていない。

 

何かを言おうとした怪神が、その視線に籠る意味に口を縫い留められる。

貴様、ここで二十面相などと嘯けばどうなるかわかろうなと。

 

「この邪神がッ」

 

かろうじて零した罵声を残し、残敵との戦線に走り向かう高位神。

慌ててそれを追い、連なりながら黒子衆が口々に叫ぶ。

 

「うわぁ、何の前触れも無しに俺たちの権能戻ってるッ」

「嘘ぉ、何の感触も無かって本気かああぁぁ」

 

「姉神様怖ッ」

 

「とりあえず、人間相手なら誰だッ」

「私が行きます」

 

「3号、大丈夫なのかッ」

 

語る内で黒子3号が頷きながら飛び出し、残りは前線に加わる。

飛び交う肉片と絶叫を背中に回し、攻め寄せる餓鬼に向かい手を広げ大地に伏した。

 

「飢えろ」

 

途端、眼前に迫る食人鬼たちが音も無く崩れ落ちる。

口を開け、しかし音一つ零す事も無く絶望の眼差しのまま生命を終えた。

 

黒子3号、その権能は飢餓。

 

肉体の全ての力を奪い餓え殺す、相喰みの邪神。

 

そんな風景に距離を置いて眺めながら、アルフライラは衛生班もどきであった。

作業用ハンドで次々に負傷を癒し、水で洗い、家猫族は抱き上げてモフる。

 

「何か、家猫族だけ扱いが丁寧じゃねえっすか」

 

治療を受けていた虎獣人が聞く、俺っちも猫っすよーなどと付け足しながら。

 

「毛皮を柔らかくしてから出直してくるのだ」

「ドチクショーッ」

 

猫科の大型肉食獣の毛皮は、意外に硬いのである。

 

「アルちゃん様よ、男爵のところの兵長だがどうにかならんかッ」

 

そこへ汗血を土で汚した皇女が、兵士に肩を貸しながら駆け付けて言う。

 

「戦場に立ってたんだ」

「そうでなければ自らの戦功と主張し辛いからな」

 

言いながら負傷兵を引き渡せば、眼窩より血液を溢れさせる重症の類。

とりあえず板の上で胸にかき抱き、えいと可愛く言って目玉を抜いた。

 

「のぎゃああああああああぁぁぁッ!」

 

そして身体を立たせ目玉を渡し、後ろを向かせて淡々と宣言する。

 

「はい終わり、次ー」

 

朦朧とした意識が覚醒した兵長が、困惑に思い付くままと言葉を並べる。

 

「て天国かと思ったら地獄に突き落とされていやさまだここは地獄か」

 

「あー、随分と雑だったが大丈夫なのか」

「弾丸が眼球で止まってたから抜くだけで済んだよ、運が良いね」

 

軽い言葉にようやく状況を把握して、どんな顔をすればと悩む兵長と、

振り向き神の横で、人と巨神の二つの戦場を眺める帝国皇女。

 

4体のケルビムたちは獣神機から僅かに距離を取り、

1体が隣の1体の上に飛びあがり、肩を足場にして縦に並んだ。

 

同じ様な動作で次々と高さを増し、4体全てが縦に伸びる。

 

そして見る間に前に折れ曲がり、最下段の1体が足裏に焔を纏い浮く。

最上段の1体の両手が最下段の1体の両足を掴み、装甲が撓み巨大な円と成る。

 

【挿絵表示】

 

円月の如き有様の4体のケルビムは光を纏い、空中で高速で回転し襲い掛かった。

 

焔を纏い襲い掛かる円月回転をカイナン・カミンが弾けど、

その腕の装甲は大きく抉れ、音を立て巨大な亀裂が生まれる。

 

「獣神のアルコーンが殴っても歪み飛ばされるだけであったな」

「破損はしているみたいだけど、巧く衝撃を逃がしていたね」

 

皇女の言葉に、板神が軽く詳細を付け足した。

そして、それもここまでかなと軽く岸壁を指し示す。

 

黒い玉座が景気良く断崖絶壁から飛び出して、そのままに機神が構成された。

 

4体の円月を正面から受け止める様に発生したアルムピアエールが、

威力と熱量に装甲を削られながらも、その両腕でしがみ付く。

 

光の翼が広がり、両肩より2対6連装の圧縮魔素カートリッジが排莢された。

 

「猫姉さま、トチったら泣きますわよッ」

 

そのまま諸共にカイナン・カミン目掛けて落下すれば、

声を受けた獣神の姉が、神機の巨大な拳を引き絞る。

 

衝撃の逃げ場の無い落下に、綺麗にタイミングを合わせて振り向かれた拳が、

4体のケルビムを引き千切る様に断裂させ、ついでに魔神竜も殴り飛ばした。

 

吹き飛んでいくアルムピアエールから嘆きの叫びが響く。

 

「あ、えーと、その、ごめん ――」

 

カイナン・カミンから、アビヤドの決まり悪そうな謝罪の声も零れた。

次の瞬間、ケルビムの破片があたりに散らばり、大地を紅に染める。

 

べしゃりと。

 

戸惑いの声は、誰が漏らしたのか。

 

装甲の中には数多の機械と、それを包み込むような形の血肉と骨。

波打つ装甲の周りで肉片が赤い液体を噴出し、やがて全てが止まる。

 

「まさか、文字通りの巨人、だったのか」

 

皇女が呆然とした口調で零す横で、アルフライラが静かに口を開いた。

 

「『ジェネリック生贄砲』」

 

神代で自らが呼んだ、反物質砲の異名を小さく呟く。

 

「骨肉を装甲と言う外骨格で包み補強し、機械の巨人を形作る」

 

視線の先で転がる肉片に、生き残った餓鬼が群がっている。

 

「運用のための莫大な魔素は、指向性をもたせ同調させた複数の生命で補う」

 

転がる破片から幾つも飛び出た箱型の部品が開き、中から人の臓物が零れ落ちる。

神族の魔素に頼る機械天使よりも高出力な、生命そのものの消費。

 

恐怖、絶望、人の生命と精神を束ねた偽りのアイオーン。

 

「在り物の活用だと、やはりナハースは飛び抜けているな」

 

髪をかき上げ、血の臭いが漂う平野へアルフライラは視線を流した。

 

戦いは終わり、しかしこれで終わりはしないだろうと。

 

何故ならば、いまだに天羽楼の者がそこに居る。

輿の上で、いつの間にか現れた気持ち悪い肉塊の横、男と穴居人が哂っている。

 

「隣国は切り捨てるにしても、自分たちが逃げ出す契機ぐらいは残しているよね」

 

そして戦場は終局を越える。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。