砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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03-13 神威は光臨す

 

気が付けば陽も傾き、世界が夕闇に染まる。

 

大地の色を写しとった様な紅が、天空から悉くを染め上げる。

理性を失った餓鬼の群れを処理しながら、軍勢は前に進んだ。

 

やがて見える物全てが鮮血を浴びた色に変わる頃、生存者は相対した。

 

肉色の塊を挟み、白髪の穴居人と日に灼けた青年の姿が在る。

 

「はじめまして最後の旧神にして創世の大神、アルフライラ様」

 

そして青年は、軍勢に当然の様な顔をして混ざっていた板に言葉をかけた。

互いの声が通る程度の距離で、進軍の足が止まる。

 

「私めの名はハジャル・トルキ、そこなアル・カマルの同郷でございます」

 

慇懃かつ無礼な言動にハジャル博士の眉が顰められ、しかし何も言わない。

ただ周囲を半包囲する獣人勢力が、黙って爪と牙を構えた。

 

おお怖いとお道化る天羽楼の道化芝居を無視し、問い掛けは短く。

 

それが、王なのかと。

そして、いかにもと。

 

「肉の塊にしか見えないのだけど」

 

蠕動する肉塊を指し、アルフライラが聞けばトルキは泣き真似で答え。

 

「何とも酷い、我が王は文武に優れた美丈夫と名高くあらせられるのに」

「ちょっと趣味が前衛的すぎて理解できないかなー」

 

苦笑を零す神に少しの間が空き、次いではトルキよりの問い掛けがあった。

いかなる理由で、貴方はこの場で関わりを持とうとするのかと。

 

「今までの事柄はどこまでも、人が行った事柄なのですよ」

「その王を造ったのはキミたちなのに、かな」

 

いつしか肉の塊はところどころ硬化し、白く骨の様な色を見せていた。

 

「賢い子が欲しいと願ったのは、先王ですので」

 

長期計画だなあと、他人事の様な声色の創世神。

しかしその場の空気は時間と共に、段々と密度を増していく。

 

「かつて、かの黄金の蔵より黒の王が生体鎧を手に入れましてな」

 

突然に切り替わる話題に、重さを増した空気が混ぜられた。

 

「ええ、我が王は今まさに真なる王として生まれ変わる所なのですよ」

 

塊はいつしか人の形をとり、肉色を覆う外骨格は鎧の如く。

頭部に盛り上がる肉は、固まり巨大な1本の角と化して額を飾りたてる。

 

【挿絵表示】

 

「白痴の王か」

「肉の魔王とでも」

 

言葉を受ける間も無く、かつて隣国王であったそれが咆哮した。

 

声は平野に響き渡り、数多の餓鬼と、陣に纏められていた捕虜の身体が震える。

絶叫が各所に響き、痙攣と嗚咽、倒れ伏す人々に、元陪臣騎士の姿も在る。

 

胸を押さえ身体を折る彼に対し、即座に板が激突し嫋やかな白い手が伸びた。

 

「必殺心霊手術ー」

 

ろくでも無い単語を口にしながらアルフライラが伸ばした手は、

そのまま鳩尾から心臓を抉る様に突き込まれ、何かを掴んでから引き抜かれる。

 

即座に腕を振り石畳に叩きつけられたのは、蠢く肉塊。

 

そして肘まで胸に突き込まれた元騎士は驚愕に叫ぶ余裕も無く、

ただ無言で狼狽しつつ胸元を撫で、触り、傷一つ無い様に声も無い。

 

「『強殖細胞』」

 

赤の権能と小さく呟き、蠢く肉を灼き尽くした神が小さく神代語を零した。

これこそ厳重な廃棄品目だったはずなのに、何故に流出しているのかと。

 

少しの間を置き、ザハブかと自問に自答。

 

「爺が情に流されたか、らしくも無い」

 

背後に叫んでいた者たちはもはや人の形を留めず、肉色の塊と化している。

 

「魔王の肉を口にし続けた者は、やがて魔族となるのですよ」

 

その肉はやがて、近くに在る物を取り込もうと激しく蠢きだし、

そこかしこで叫び声と剣戟、法術の音が響き始める。

 

雑然とした戦場の只中で、アルフライラは静かに勘違いしていたと呟いた。

 

「魔族とは外面を整えたオークではなく、ナハースが手掛けた生き物の名か」

 

不定形の肉はそこかしこに生まれ、あらゆる場所で争いが生まれている。

転がる肉片や様々な人を取り込んだ不定形生物はその体積を増し続け。

 

「『ぷるぷる、これはどう見ても悪いスライムだね』」

 

無作為な捕食活動を眺めながら呆れた声を少女が零せば、

ハジャル・トルキは満願成就の歓びを滲ませながら空に叫んだ。

 

「先王の御代より我らが仕えたは、かの国を魔に捧げるがためッ」

 

お前たちは遅かったのだと。嘲笑いながら言葉を続ける。

 

「もはや肉の魔族は国に蔓延しているッ」

 

手遅れだ、手遅れだと。

 

混乱の中で視線を集める天羽楼の若者は叫び続け、

いつしか高台より幾度も高く口笛が鳴り響き、いつまでも止まらない。

 

国境線に、大量に何かが押し寄せていると。

 

「やがて彼らは王の元に集い、世界の全てを食い尽くすのです」

 

そこで少女が首を捻り、語り手に問い掛けた。

 

「その王が居なくなればどうなるのかな」

「そこらで無作為に暴れ出しますね」

 

なら何でと続けた疑問に、ああそうかと手を叩いて自答を出す女神。

 

「肉魔族がこっちに移動してから、魔王の首を落とす予定だったのか」

 

これまでの全ては、移動のための時間稼ぎだったわけねと続く。

 

その言葉に周囲の者は目を剥き、トルキは口元を歪める。

やがて岩棚を駆け降りた白兎族が、各所への伝令に走った。

 

「さて、人の喜怒哀楽を奪う趣味は無いが」

 

もはや語る事も無くと、アルフライラは再度手を叩き結論を語る。

 

「なれどこれは、我らの不始末」

 

軽く放たれた言葉に、周囲の視線が集まった。

 

即座、近くに甲高い音が響きトルキの周辺の空間に火花が散る。

そこから跳ねる様に飛びすさるマルジャーンが居て、少女に並んだ。

 

「刃が通らないのは卑怯じゃないかしら」

 

ふてくされ気味の言葉に、アルフライラが苦笑しながら言葉を返す。

 

「国境線の方は何とかするから、ここはお願い」

 

平素と変わらぬ様で場を後にする板に、ハジャルがいつも通りの声。

 

「サフラは要らんのかの」

 

駆け付けて無言のまま佇む大剣使いを示唆し問えば、

今回は動かないから大丈夫ー、などと惚けた返答が響く。

 

それを受けて巨体が溜息をひとつ、無言で剣を構え魔王に向いた。

ハジャルが後退り距離を取り、マルジャーンは小刀を弓に持ち換える。

 

そして緊迫した空間を後にする女神が、ああそうだと呟き軽く振り向いた。

 

「面白かったよ、人間」

 

穴居人と青年に対し、掛ける言葉は短く。

だから褒美だと続け、僅かの間。

 

場違いに、見惚れるほどに柔らかい笑顔で最後の言葉を伝えた。

 

「喜べ、絶望を許す」

 

そして手を横に振る、言葉に固まる2人を背にしながら。

 

軽く微笑んだ少女は移動しながら、妹に注意された先日を思い返していた。

 

 お姉さまも猫姉さまも、大神は人気商売なんですのよッ

 

だからここぞと言う時は、全力で意味も無く格好良い言葉を並べるべきだと。

 

 舐めプ魅せプはとても重要、ここ試験に出しますわ

 

何の試験なんだかと、思い出した黒妹の酷い言い草に知らず口元がほころび、

中学2年生だったのは1万年前なんだけどなあと小声でぼやいて、言葉を出した。

 

―― 其は終焉の空より零れ落ちた無力な祈り

 

接続された世界が戦場をアルフライラの所有と認めその存在感を増す。

 

―― 疾く馳せよ、悉くを灼き祓え黎明の巨神

 

敵味方全ての動きが止まり、静寂の中で聖句が戦場に響く。

 

―― 深淵を睥睨せし絶望の夜の名に於いて、我が呼ぶ

 

光輪が板を囲み、立ち昇り、神威が顕現を果たそうとする。

 

―― 汝、宵闇を灼き晴らす赤き不死鳥、紅玉の名を与えしアイオーン

 

紅の翼が舞う。

 

それはやがて意匠と化し頭部を飾り、神鉄の体躯にプレートが白銀に輝く。

神威が質量と化し、鮮血の夕闇の中に生命が如き赤き巨神が降臨す。

 

―― 高貴なる赤(レッドバロン)

 

先史言語の名が世界に響き、今ここに真なるアイオーンが降り立った。

 

並べた言葉は実際の所、適当極まり何の意味も無いものではあったが、

しかし獣人陣地では吟遊詩人が、目を輝かせながらメモを取っている。

 

嫌な予感しかしねえ、何故か機体内部でアルフライラの背筋が冷える。

 

そして戦場に現れた大質量の巨神は、軽やかに大地を蹴り。

重さなど無いかの如くに空に舞い、やがて足元を焔が包みこむ。

 

空を飛ぶ。

 

天空をさながら我が庭が如く、軽やかに。

 

「あり、えない……」

 

地上で穴居人が呆然と呟いた。

 

自らがケルビムを空に上げるのに、どれだけの労苦を重ねたか。

しかし目の前の光景は、それらを嘲笑うが如き軽やかな巨体の飛翔。

 

巨神より言葉が、響く。

 

もはや誰も知らぬ、先史の言葉。

 

高く、低く。

 

天空より放たれたそれは、様々な音程の意味のとれぬ音の連なり、

歌の如く、宣言の如く、感情が籠もり宵闇に染まる大地に降り注ぐ。

 

はるか遠く、巨神が人よりも小さく人形の如くに見えるほどに高く。

見下ろす先には、国境線を越え岩砂漠へと向かう蟻の如き有象無象。

 

紅玉の左腕が上がった。

 

硬質の音が空に響き、側頭に閃光が走る。

 

右腕が上がる。

 

対の翼の意匠にも光が灯り、閃光が夜を貫く。

 

気が付けば誰もが無言で、貴き空の神を見上げていた。

 

やがて肩より高く掲げられた両手は光輪を纏い、

ゆっくりとその腕を、胸の前で打ち合わせる。

 

刹那に、紫電が疾り。

 

【挿絵表示】

 

光が、壁と化して存在した。

 

地上から見れば、そうとしか表現できない異様。

 

身を灼かぬ、眼も灼かぬ、ただ白い光が音も無く聳えている。

 

天空より見下ろせば、立方に切り取られた空間に白光が満ちていると、

音も衝撃も熱量も、何もかもが次元断層に遮られている様が見えるだろう。

 

しかし大地の戦場から見える物は、ただどこまでも続く白い光の壁。

 

「う、そだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ ――」

 

穴居人が魂の抜けた表情で呟き続けた。

 

神に並んだと思っていた。

 

いずれ神を越えるだろうと確信していた。

 

しかし目の前の光景は、確実に存在して居るはずなのに、

その悉くの、わずかひとつすら理解が出来ない。

 

何をしたのか。

 

どうすれば届くのか。

 

そもそも何処に向かえば良いのか。

 

―― 紅玉のアイオーン

 

何一つ理解できない、まさにこれこそが、真なる神の御業。

 

やがて光が収まった時、そこには夜が在った。

 

見渡す限りに何も無い、地平線の先に存在する夜空までを遮る何かもが。

魔族はおろか岩山も自然も、何一つ存在しない平面の大地。

 

失われた地表に、抑えられていた水がそこかしこで噴出している。

 

静寂の中、紅玉のアイオーンが静かに大地へと降り立った。

 

軟体魔族の駆除は終わり、後は魔王を残すのみと移り変わった戦場に。

誰もが武器を構え相対する横で、視線だけが軽く巨神に向けられる。

 

そして紅玉は宵闇に溶ける様に掻き消えて、残されたのは板。

 

つまりは板の上に横たわり、酸素吸入を受けている半死神だけ。

 

「やっぱり死にかけてるーッ」

 

マルジャーンの叫びに応える様に、ふゆふゆと面々の元に移動する板の神。

その道中で突然に板から柔らかそうな器具が伸び、板の様な胸に張り付く。

 

どごんと、音がした。

 

激しく咳き込み、そのままぐったりと倒れ、板の移動にされるがままの創世神。

どうやら心臓が止まったのを無理やり動かしたらしい。

 

「アビヤドがエミーラを殴り飛ばさなければ、縛り上げて燃料にしたのに」

 

合流しての第一声であった。

 

姫の大神は、危うい所で難を逃れていた様だ。

 

「それで、こっちも終わるのかな」

 

剣先を向けられる魔王を横に成ったまま眺めつつアルフライラが問えば、

少し手間取ったけど何とかねーと、矢筒を空にしたマルジャーンが応えた。

 

互いの視線の先には、白い外殻を纏った肉の魔王。

 

「あの2人組は」

「……消えたわ」

 

青年が狂乱する穴居人を殴り倒して背負い、姿隠しの神器を使ったと言う。

 

アルフライラは軽く頭を掻き、まあそれも人の業と小さく呟いた。

 

などと語る内に刃が魔王の肉を切り飛ばし、破片を法術師が焼却。

削られた外殻と肉は即座に盛り上がり、立ち回る時折に足元の肉片を吸収する。

 

「きりが無さそう」

「よねー」

 

寝転んだままに感想を零す神と、板に腰かけ茶を飲んでいる歌姫の適当な相槌。

 

「いやお主ら、まだ終わっとらんのじゃからも少し真面目にじゃな」

 

などと言いつつ茶を受け取るハジャル。

 

そして茶会の視線の先に、大き目の武器を持つ者が集まっていく。

つまりはサフラは茶会に不参加と言う事である。

 

「一気に切り捨てるつも ――」

 

アルフライラの予想の言葉は途中で切れた。

 

突然に肉の魔王の正中に線が引かれ、そこから左右に分かれ大地に倒れたからだ。

 

その向こうに、宵闇より染み出た様な異形の一角鬼が在った。

 

【挿絵表示】

 

肉の魔王に似た外観をしたそれは、しかし魔王よりもさらに洗練された外殻を持つ。

何より腰と側頭に輝く球体と額に在る硬質の半球が、それを神造の意匠と示していた。

 

「技術流出してるなら、そりゃオリジナルも在るよね」

 

伏したまま半目で呟いた神の前で、現れた鬼が飛びあがる。

 

見る間にそれは戦陣を飛び越えアルフライラの頭上より降り、

その肘周りに付属した白く硬質化した刃で斬りかかった。

 

板の障壁に高周波が波紋を造り、そこで止まる。

 

同時、マルジャーンが突き出した刃を避け、空中を蹴り飛ばす様な動作で

後方へと飛び上がり、中空を踏みしめ、無言でそこに留まった。

 

突然の襲撃に誰もが口を噤み視線を向ける。

 

「男物でごめんね」

 

そんな怪しげな生物兵器に向かい、少女は何とも惚けた言葉を渡す。

造った覚えのあるそれは、着用者が男性前提だったと今更に気付いたと。

 

言葉の意味を周囲が理解するよりも早く、苦笑の混ざる声色が鬼より漏れた。

 

「相変わらず惚けたひとね、()()()

 

柔らかな響きは、内部の装着者が女性で在る事を示し、

まあ私ほどでは無いけど胸が薄めだったからなあと呟く長女は、軽く応える。

 

()()()()()()、マリカ」

 

柔らかな笑顔で、既に鬼籍に入った妹の名を口にして、続ける。

 

「で、良いのかな」

「ハラムと」

 

返答は短く、周囲に響く足音に押される様に、夜空へとその身を溶け込ませた。

 

入れ違いに、燃料扱いを逃れた禍福あざなえるエミーラが辿り着き、

居なくなった不審者が立っていた空間に目掛けて切実な叫びを放つ。

 

「気軽に空を飛ばれると、アルムピアエールの立場が無いのですわああぁッ」

 

何もかもが終わった宵闇に、黒の姫神の嘆きが響き渡った。

 

 





付録:バロン内部から高く低く響いていた先史時代の古代語

「ファイトレバーオンッ(ガコン」
「バロンフライトッ(シュゴゴゴゴゴ」
「敵影確認、エレクトリッガーだッ(裏声」
「了解、バロンバーリア展開ッ(ボタンカバー外す」
「エネルギー回路直結、バロンフルパワーッ(と言う脳内設定」
「エレクトリッガー、発射ぁッ(ぽちっとな」

今回は内部に自分しか居なかったのでノリノリであったらしい

ちなみに遊んでいる間に裏で反物質砲と次元断層の制御をやっているので
上記言動の全てにまったく意味が無いのは言うまでも無い
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