朝方にこのあたりと場所を決め、陽が傾く頃には作業が終わる。
岸壁を背に、どこまでも続く地平線を望む場所に建てられた物は、
贈られてきた資材を保管しつつ、後に隊商宿場として稼働する予定の施設。
とりあえず、今日からしばらくの間は臨時の兵舎も兼ねている。
「軽いもんですわあああぁッ」
「エミーラ様ッ」
「エミーラ様ッ」
「エミーラ様ッ」
信者に囲まれ大神の高笑いが響く中、半日とかからず生成されてしまった
重厚な石造りの立派な城壁に、開拓班の獣人たちは言葉も無い。
「まあ中身は無いので、後で好きに作ってしまうが宜しいですわ」
などと言いのこし、玉座に飛び乗りそのまま信者の輿に担ぎ上げられる。
えっさほいさと運ばれていく先には、大地を踏みしめるカイナン・カミン。
巨神が踏み固めた街道予定地に、砂利と石を積むためである。
「姉神様の仕事中毒が感染してないか」
忙しない姫神の有様に、思わずと零したカフラマーンの感想に、
サヤラーンは何も言わず、ただ苦笑した。
そしてしばらくすればその日の作業は終わり、天地が紅に染まる前に
作業分の配給が行われ、そこかしこで炊事の煙があがりはじめる。
「ええと、本当に良いのですか」
「かめへんかめへーん」
困惑の色で問い掛ける捕虜に作業人数分の麦酒壺を渡すのは、板上の調理神。
恐縮しきりで頭を下げ場を後にする背を見つめ、虎の獣人が問うた。
「捕虜に優しすぎねえか」
「目に見える様に協力の利を示すのは大事な事だよ」
身の振り方など先の話をしたところで、食いつきは悪いし熱意も生まれない。
手伝えば酒が、腸詰が、そんな即物的な話の方がよほどに人を釣れると。
「底辺思考を理解しすぎていて邪神感が半端無え」
「あるぇー」
引きながらの感想を受け、何か期待していた反応と違うと首を捻る創世神。
「まあそれよりもだ、毛皮、柔らかくしてきたぜ」
自信に溢れた虎面が、胸を張りながらふさふさの腕を捲り上げた。
いつのまにか後ろに並んだ獅子獣人や犬狼族も、次々と毛皮を主張する。
皆、輝かんばかりの毛並みがピンと立っていた。
良く洗い、果実酢を混ぜた水で整えた自慢の毛皮であると口を揃えての主張。
しかしアルフライラは、ふさふさと揉んだ後に横目と成って軽く鼻で哂った。
最低でもこのぐらいと、板上の家猫族を作業用ハンドで摘まみ上げ、
もふうと居並ぶ獣人たちの顔に、次々と押し付けて身の程を知らしめる。
「ド畜生ーッ」
「か、壁が、壁が高すぎる……ッ」
冬毛の家猫族の毛皮は、柔らかさの次元が違っていた。
そして嫌そうな顔のまま空中浮遊の旅から板に戻って来た家猫の毛皮に、
もふうと埋まりながら、それでもまあと、後ろに連なる麦酒の壺を敗者に渡す。
「はい健闘賞」
「うわあじひぶかいなあ」
打ちのめされ体前屈な面々がそれを受け取り、忘我の棒読みが幾つか返った。
「ストローは在るかな」
「まあ旅の空が多いしな、自前のが在るぜ」
気を取り直し食物を受け取りに向かおうとする獣人たちに、
念のためと問い掛ければ、問題無いと予想通りの返事。
現在に配っている壺は、白兎の麦酒である。
火を入れて殺菌した壺に水を入れ、麦芽パンを崩して発酵させた村の麦酒。
麦芽に火を入れる事に因り、乳酸菌などを殺菌しておくためのパンへの加工であり
しかし同時に酵母も殺菌されてしまうため、このままだと自然発酵頼りになる。
そのため棗椰子や葡萄、干し葡萄などの発酵スターターも壺に放り込む。
かくして出来上がるのは、上面発酵の麦酒の壺と言う塩梅である。
普段の澄んだ開拓者の麦酒と違って、麦の濁酒とでも呼ぶべき代物か。
その麦酒は粘度が在り、その上で素焼き壺が水を逃がしさらに粘度が上がる。
極めて重い液状の飲料であるがため、時に液体のパンなどとも呼ばれていた。
そして壺の中には発酵した上部、沈殿した下部と不純物が多く、
濾す手間を避けストローを突っ込むのもまた、よくある話であり。
見ればそこかしこで誰も彼もが壺を囲んで車座と成り、
それぞれの所有の、複数のストローが突っ込まれて麦酒が呑まれている。
アルフライラも配っている麦酒を一部拝借し軽く濾し、口を付けて見た。
麦の濁酒とも言うべきとろみと香りに、どこか棗椰子の甘い香りが漂っている。
「うーん、何かもうこれはこれで」
栄養価が高そうだなあとかボヤいていれば、気が付けばマルジャーンが居る。
壺を抱え口に咥えた葦のストローを上下にピコピコとさせ、空き壺に麦酒を濾す。
次いで水を入れて薄めて貰い、ぐびりと直呑みしながら神にもたれかかった。
「ていや」
「のぎゃー」
そのままの勢いで押し倒し、すかさず家猫に指示を出す。
「あんた、手伝いなさい」
「にゃ」
言われるが早いか猫はその肉球でアルフライラの顔面を圧し潰した。
肉球固め、猫好きには脱出する事が出来ない魔性の固め技である。
「はい衰弱している仕事中毒は厨屋で静養していましょうねー」
「衰弱はいつもの事ー」
「あっさり押し倒されてそれは無いわ」
そもそもの話、アイオーンを生成して無事なはずが無いのだ。
「それもいつもの事ー」
マルジャーンは聞く耳を持たない。
などと会話を積み上げていれば、何故か板が厨房へと移動していく。
5柱の黒子が板を押していたが、まあ黒子なのでそれは無かった事である。
しかして板に引っ掛けている賽銭箱に、すれ違った人員が次々と賽銭し。
「何故か儲けている」
「何故かしらね」
移動中に時折と拝まれたりしている様に、首を捻る上と下。
疑問は深まるが、居るはずの無い黒子たちの位置からは一目瞭然であった。
目の前に在るのは、裾をはだけ、美少女を押し倒す妙齢の美女の艶めかしい姿。
賽銭した通行人も両手で拝みながら、結構な人数が前屈みに成っている。
やがてはるか遠く、地平線に陽は落ちて世界が紅に染まり。
厨屋に辿りつくまでに無駄に積み上がった銅片を数え上げ、
百合営業、これはいけると頭の悪い事を言っていた邪神が居たそうである。