月明りの下に陰が生み、荒野に巨神が在る。
膝を折り、その胸に添える手に操手を乗せて。
愛機を踏みしめ、両の腕を組み黒き姫は待っていた。
父に恨まれし男、姉と母に託された希望、今現在に生存する最後の弟。
「あと何か、エミールお兄様が筋肉と背丈を羨みまくっていましたわねッ」
ただ風だけが通り抜ける荒野に突然響いた、特に誰とも無い語り掛けに、
アルムピアエールの動かぬ筈の顔が、何故か困った様な雰囲気を醸し出す。
兄も死んだ、母も死んだ。
魂魄の解析が終わった世界の産物である自分たちには、
死は遠い物だと思っていた、いや、確かにそれは遠い物であったのだろう。
犬狼も死んだ、黒虎も死んだ。
作る事は出来ない、変える事も出来ない、そのための技術は既に失われた。
しかし、壊し、狂わせる事ならば可能であると証明されてしまった。
もはや自分たちにとって、死は世界の果てに在る物ではない。
最初に、白銀が殺された。
「…………ナハース」
兄の愛した末の妹。
現在に在る問題の悉くは、結局はそこに帰結する。
例え母が死の間際に黄金への継承の口づけを、父の前で行いその脳を破壊しても。
いやマリ母さまも少しは周囲の状況を考えて行動してくださいまし、
もう余裕残って無かったのはわかりますけど、わかりますけどもッ。
魂魄が崩壊しきるまでの僅かな時間に、妃の権能と玉座を必要な場所へと。
だからと言って、そりゃあ父兄さまも血涙を流しながら叫びますわよ、
頭では理解できるが感情が貴様を殺せと叫んでいるのだとか叫びますわよ。
何でお姉さま方は皆、出来る事と出来ない事の差が尖りまくっているのですか。
そして遺体を抱いて天に叫んだ父への想到の果て、眉間を抑え首を振る黒き姫。
背後の魔神竜もどことなく御労しそうな気配を醸し出している。
やがて砂を踏む音。
月光の如き薄色の髪を持ち、やや褐色の肌の背の高い美丈夫。
中位新人類試作1号素体、ザハブ。
邂逅は短く、会話も少なく。
量産され始めた人類の生死の果ての今、もはや長く語る事も無い。
ただ巨神の手より見下ろす黒き姫と、荒野より見上げる黄金が在る。
「だから後はお姉ちゃんに任せて、すっこんでいろと言っているのです」
ああ、尊敬する姉ならば関係者全員殴り倒してあっさり解決したのだろう。
しかし残された誰にも、あのひとと同じ事など出来るはずもない。
「ザハブのくせに、生意気ですわ」
拒否されるのは分かっていた、涙声にならない様に必死に耐えた。
そしてアルムピアエールは起動する。
高い音と共にヤルダバオトが生成される。
天地に巨神相対す。
鋼の翼を広げ、中空へと浮かび上がる第10のアルコーン。
そして輝きを纏い、大地を踏みしめる黄金のアイオーン。
風が、穿たれる。
音が響き、大地より光の弓が幾度も放たれど、
漆黒の夜空を高速で飛翔する機神には掠りもせず。
繰り返される爆撃に、黄金の輝きが爆炎に埋まる。
荒野の果て、舞い踊る巨神たちを伺う先行量産人類たちは祈っていた。
共に在る黄金を、慈しむ漆黒に、どうか悲劇よ遠ざかれと。
そして戦場に高笑いが響く。
「姉より優れた弟など存在しないのですわああぁッ」
高高度より一方的な爆撃でハイになった10番目の宣言。
その普段と変わらぬ様に、見守っていた金の民と黒の民も苦笑を零す。
中で姫付きの中位新人類の青年、アシュラーフが顔を覆い、
周囲の低位新人類たちから必死のフォローを受けている。
そしてその集団が気付き、指を差して荒野を示した。
白煙の途切れた隙間の黄金に。
光輪がその巨体を通過し、世界に澄んだ音が響き渡る。
後背に背負われていた装備が動き、怪鳥の頭を模した装飾が伸びる。
両足の装飾が反転し、大地へと噴煙が噴出される。
巨体が僅かに浮かび上がる。
そして、黄金の翼が広げられた。
人の声が零れ落ちる。
「ヤルダバオトは……、空を、飛べるのか」
加速の時間は僅か、即座に視認が難しい速度で天空に離陸する。
「神の、鳥……」
見守る者たちの視界の先で、闇夜を貫く様に飛翔した黄金の鳥は、
上下に、前後に、鋭角に飛び回り機動する魔神竜に追撃を掛ける。
加速、旋回して距離をとろうとするアルムピアエールに、
容易く追い付き、すれ違いざまに引っ掛けては幾度もその姿勢を崩す。
「う、運動性能の次元が違いすぎますわあぁッ」
前後左右に回転し目を回す操手の声が夜空に響く中、
月だけが昇る暗闇に、第10のアルコーンは打ち上げられた。
アルムピアエールが存在を許される高度より遥かに高く、
やがて打ち上げられた巨体は、重力に引かれ自由落下を始める。
人々は見た。
避け様の無いその時間、巨神へと襲い掛かる黄金の神鳥を。
月を背後に、逆光で黒き影と化したアルムピアエールが、
巨鳥の嘴で貫かれ、刹那の間もかけられずに両断される。
天空に弾け飛ぶ破片の中で、当然にエミーラも自由落下していて。
「あれ、これもしかしてヤバイのではないかしらあああぁぁーッ」
ちょっと洒落に成らない高度であった。
落下物の脳裏に走馬灯が可及的速やかに展開され続け、
白猫姉と3回目のクロスカウンターを果たしたあたりで背中に衝撃。
黄金の装甲から伸びた、黒い掌が彼女を受け止めていた。
全体を見れば、僅かに巨神の姿を戻した神鳥が急制動を掛けての行い。
その足の装飾は今だに反転し、天空を貫く噴煙を吐き出し続けている。
「え、偉いですわザハブ、褒めてあげますわッ」
その指にしがみ付き、半泣きで弟を褒める姉。
黄金巨神の中で、どういう反応をしたら良いのかと固まる青年が居た。
ただ、困った様な顔で軽く溜息を吐く。
やがて月光も傾く頃、魔神竜の残骸の横にエミーラと黒の民が集まっていた。
相対するように立つヤルダバオトが、荒野に長い影を作る。
「あとはもう、ひとりで大丈夫なんですのね」
軽く頷いた黄金が、時間跳躍の砲を集団に向ける。
ただ真っすぐと巨神の中に在る弟を見つめる姉の視線に、
軽く目を伏せ、ザハブは引き金を引いた。
球体が生まれ、黒き姫とその民が遥か未来へと送られる。
そして残された黄金は、いつまでも荒野に立ち尽くしていた。