砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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03 Epilogue

 

獣人自治区の闇で、恐るべき陰謀が進められていた。

 

人の視線より隠れ、後ろ暗い会話を続けていた集団が在る場所に、

獣神率いる獣人部隊が踏み込み、御用改めであるとか叫んだ。

 

「散れーいッ」

 

首魁の邪神の叫びに、即座に散じ闇へとその姿を隠す吟遊詩人たち。

 

「いや吟遊詩人の動きじゃありませんよね今のッ」

 

獣神のツッコミの横で、御用である御用であるとの掛け声に合わせ、

数多の家猫族が毛皮と肉球でアルフライラの封印にかかる。

 

そんな猫団子の下敷きになった神が厨屋に送られる、最近の日常。

 

やがて陽も南中に至り、厨屋の影で鉄皿が火にかけられていた。

その上に引かれた果実油に、大蒜と馬芹(クミン)が音を立てている。

 

油に香りが移り頃合と、櫛切りにした後に一口サイズに刻んだ赤茄子。

副王都からの補給物資に混ざっていたそれを放り込み、炒める。

 

「そこに溶き卵を入れて乾酪を千切り、蓋をします」

「ほうほう」

 

気が付けば影から滲み出て来た吟遊詩人の指示で、調理を進める板の神。

 

「後は軽く蒸して、半熟にしたら出来上がりですね」

 

辺境人(ベラベル)の玉子焼き、旅人のわかりやすい馳走であった。

時に干し肉なども入れてそのまま、あるいはパンなどに乗せて食べる。

 

そして蓋を開けて周囲に香りが漂う頃合に成れば、

匂いに釣られ平パンを抱えたハジャルと獣神主従が厨屋に訪れ。

 

何時の間にか吟遊詩人は姿を消していた。

 

物陰に向かい遠い目をして、ニンゲンスゲエと呟く創世神の姿。

そんな姉の板に白猫は乗り込み、じっと見つめて額を押し当てる。

 

そして、抉り込む様に押し込んでいく。

 

「のののののののぅ」

 

しかしアルフライラは倒れない、姉の威厳か、それとも妹への愛故か。

いや、単に反対側から家猫族が支えているからだ。

 

「なかみがでるー」

 

両側から押し潰された邪神が真の姿をはみ出しそうになっている横で、

ほろりと流れぬ涙を拭きとる仕草で感を零す長毛のサヤラーン。

 

「アビヤド様が、ついに手加減を習得なされた……ッ」

 

アルフライラが千切れていないあたり、確かに手加減はされていた。

やがて潰され神の背骨が、前衛的に歪む頃には食も進み。

 

「赤茄子の酸味と乾酪の塩気が、昼には心地よいのう」

 

博士が平パンを口に放り込み終わる頃には、鉄皿も空く。

 

「して、吟遊詩人たちと何を企んでおるのじゃ」

 

次いで、椰子砂糖の入った薄荷茶を啜りながら問い掛けた。

 

「妹たちの可愛さを大陸に広めるためのののののの」

 

発言の途中で再度に抉り込んでくる猫の額。

背骨の歪みはさらに前衛的な角度に至り、ついに邪神が倒れ伏す。

 

「エミーラのおかげで商人の自称義祖父に話を通し易くてー」

 

邪神が討滅される時、ただでは死なぬとばかりに言い残すが如き呻き声。

それって副王都でハレムもっている方ではと思いつつも、誰も口にしない。

 

表向きでも関わっている事になってしまうと、厄介事でしかないからだ。

 

「アビヤド様の可憐さが大陸に謳われるのですな」

「なにやかしてくれているのですかねえさま」

 

そして茶を啜りながら頷くサヤラーンと、瞳のハイライトが消えたアビヤド。

 

「して気に成るのはその内容ですが」

「いや何を認める方向で話を進めているのですかサヤラーン」

 

言われこんな感じと、2弦を爪弾く見習吟遊神が軽く謳いあげる。

 

―― ペル・アビヤドは千夜湖の側 去年の冬の事さ

 

「いや出来たばかりですよね」

「謳われるころには丁度良くなっているんじゃないかな」

 

何の躊躇いも無く混じり気無しの創作と言い切る姉に、妹は頭を抱えた。

そして歌い手は、岸壁を降りて来た白猫娘を見かけたと続ける。

 

―― ああ彼女はとても素敵だった

 二本の真っ白い猫耳から白銀の髪の先の煌めきまで

 

真正面からの賛辞を受け、アビヤドの頬に朱が浮かぶ。

 

―― こんなにも魅惑的な妖精に俺は衝撃を受けた

 はたして俺が見た物は現実かと

 

「いや本当にやめてください」

 

眼前で滔々と歌い上げられる自分の事に、両手で顔を隠して懇願する獣の神。

しかし横の従者は眉一つ動かさず、YOU、やっちまいなYOの姿勢を崩さない。

 

―― 彼女は走り去り 俺は頭をかきむしり

 心を高ぶらせて彼女を見つめていた

 

 俺は聞いた 道行く人に尋ねたのさ

 

 「あの白毛の猫は誰なんだい?」

 

 ああ そいつは微笑んで俺に言った 言ったのさ

 

 あれこそは全ての獣人が頂く神の宝石

 神代の眠りから醒めたキッタ・アビヤド

 

 彼女こそペル・アビヤドの輝ける星

 

気が付けば吟遊詩人が集い、それぞれの4弦、5弦、6弦をかき鳴らし、

繰り返されるフレーズの斉唱が厨屋周辺に響き渡る。

 

―― 青の国から砂の波止場にあがりイルカサルアルクにまで至っても

 

何事かと周囲に人だかりが生まれ。

 

―ー この少女ほどの乙女はあるまい

 俺がペル・アビヤドで逢った娘ほどのは

 

「にゃああああああああぁぁッ」

「散ッ」

 

白き獣神がついには両の瞳をぐるぐると回し発狂するものの、

既に謳い上げていた吟遊詩人たちはそこかしこに散じ、その姿を隠している。

 

錯乱し走り回る獣神と、撥ねられ宙を舞う虎や獅子、力自慢の獣人たち。

 

その有様を眺めながら、獣人の従者は諸悪の根源へと語り掛けた。

 

「在りですな」

 

互いのサムズアップが交差する。

 

「ところでアルよ」

 

次いで、ハジャルが薄荷茶をお代わりしながら問い掛ける。

 

「よもや、月光の賢者と黄昏の歌姫も同じ調子で謳い上げたりはするまいの」

 

アルフライラは目を逸らした。

 

謳われ被害者候補が指を鳴らせば、元凶の背後に謳われ予定歌姫が姿を見せ。

押し倒しながらみよんみよんと頬を伸ばしたり、髪を編んだりする処刑の時間。

 

そのうちに夕食の仕込みの時間となり、全てはいつもの日常へと回帰する。

 

そしていつしか、人気の静まり果てる深夜。

 

月光が暗闇を染め、凍てついた空気が大地に積もる。

 

静寂の中に獣の遠吠えが響き、駱駝の寝息が遠くまで響く夜の底。

ただ月影を輩とし、ふゆふゆと漂う板が在った。

 

白兎の里から岩砂漠に向かい、村の水場から水源の奥に入る。

 

昼にサヤラーンよりアルフライラへと伝えられた、些細な事象。

 

獣神神殿に此の地が選ばれた理由。

 

「まあ、誰かを誘うものでもないよね」

 

どこまで理解しているのか、その時に背後霊と化していたマルジャーンは

板から降りちゃだめよとだけ伝え、今はわかり易く村に気配を見せている。

 

気を遣われたかなと、少しだけの苦笑が漏れた。

 

水場を遡り、群生した葦の畑を抜け、小奇麗な広場に辿り着く。

 

そこに在るのは、二つの石板。

神代から変わらず、この地こそがそうだと置かれている碑文。

 

物自体は過去に幾度か作り直されているそうだ。

 

ただ、場所と言葉だけを間違い無くと犬狼の支族が残していた聖域。

 

黒き虎猫に捧ぐ。

 

―― 愛し、尽くした そして報われる

 

掘られた言葉の、最後の一言だけは新しい。

 

灰の犬狼に捧ぐ。

 

―― 星は我が上に 想いは我が内に

 

花束を出し、アスワドの墓碑に置く。

もう一つを持ち、ラマディの墓碑に叩きつける。

 

「馬鹿者」

 

宵闇に花弁が舞う。

 

例え世界が壊れても、直せば良いだけの話なのだと。

そう考え、何故に生き延びる事を選ばなかったのだと。

 

自分は、そんなにも信用が置けない姉であったのか。

 

口には出さない。

 

出してしまえば、弟たちの尊厳を踏み躙る事に成る。

 

―― ラマディ様は、貴女の作り上げた世界を愛していました

 

ルンの支族としてサヤラーンより伝えられた言葉。

 

「馬鹿者」

 

2度目の言葉には、水滴の色が滲む。

 

ああ、何も変わりはしない。

今日も昨日と同じで、明日も今日と変わらないだろう。

 

遥か彼方で、誰もが望んでいた今日。

 

そして、彼らが守った今。

 

何もかもが終わっているのに、次から次へと思い出してしまう。

 

星を見ようと言い出した事が在った

深夜に暗雲を反物質砲で吹き飛ばしたら怒られた。

 

それでも誰もがはしゃいでいたので、いつしか苦笑いに変わる。

 

よく珈琲を強請られた。

濃すぎると文句を言いながらいつも飲んでいた。

 

気が付けばザハブが真似をしていた。

 

ああ、6千年だ。

 

今の今まで何一つ実感していなかったのだと思い知らされる。

 

もはや何もかもが砂と化し歴史の果てに消えている。

涙すらも枯れ果て乾き、痕跡すらも残っていない。

 

天を仰ぎ、月を仰ぐ。

 

宵闇に在るのは、悠久を経ても何一つ変わりの無い満天の星。

 

「馬鹿者」

 

3度目の、最後の繰り言。

 

涙は零さなかった。

 

 

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