砂と偽りのアルフライラ   作:しちご

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Extra 神殿建立余話

 

とととんと、刃物がまな板を叩く小気味良い音が響く。

 

アルフライラは、白兎に混ざり厨屋で芋を刻んでいた。

皮を剥き薄切りにしたものを重ねて積み、そのまま細く刻んでいく。

 

気が付けば編み籠に、山と盛られた芋の千切りが出来ていた。

 

ひとしきりに刻んだ後に顔を上げれば、そろそろに陽は南中に近付き、

村とペル・アビヤドを区切る岸壁が、狭間の参道を影に染めている。

 

此度の防衛戦は、一般に在る戦の常道とはかなり異なった物であった。

 

まずは時期がおかしい。

 

一般に、種まきが終わる春から収穫が始まる秋までが、所謂戦争の季節であり

それが年明けであったのは、隣国に冬を越えるだけの食料が無かったからである。

 

はじまってからは月、場合によっては年間を通して続くであろう戦場は、

飢餓に迫られ、また的確に魔族に汚染され、あるいは神威の火力に。

 

様々な理由は在れど、要は季節外れに即日終了と言う異常。

 

獣人側に被害は少ない、それは良い事ではあるのだろう。

 

しかし戦場の売上をあてこんだ隊商にすれば、肩透かしと言う物である。

とは言え、それで灰左様ならと言える生き物ならば商人では無いわけで。

 

気が付けばペル・アビヤドの臨時兵舎の城壁前にはテントが立ち並び、

副王の援助物資を基盤とし、大陸より集まった様々が雑多な市を立てていた。

 

酒を売る、菓子を売る、性を売る。

 

喧騒は日々平野に響き、獣神の下に集う数多の獣人が入れ代わり立ち代わり、

または此処ぞ人生の好機と見た自由民が、猿獣人を自称して開拓民に混ざる。

 

それでも足りない人員、豊か過ぎる平野、空白地と化した隣国、増える需要。

平野を通る新たな交易路の設定に、獣人、外に住む者、男爵、皇女などが連日

ああでも無いこうでも無いと折衝を続け、大神姉妹はさくさく都と建物を作り。

 

何にせよ、ペル・アビヤドは着実に交易都市としての道を歩みはじめていた。

 

そして新たに作られた断崖に挟まれた参道の先、岸壁の向こうには白兎の村。

獣神神殿が置かれる聖地となるべき土地は、いまだに長閑であった。

 

土竈で白兎が汁を作る横で、少女は簡素な臨時設営竈に鉄鍋を置く。

 

油を引き、芋の千切りをわさりと乗せ、へらで押し付ける様に焼き始めた。

気持ち形を整えた後、軽く岩塩を刻み味をつけ、押し付ける様に焼いていく。

 

芋の汁と言う物は目立たない割に、意外と無視できない物である。

 

高温に曝すと焦げ付くため、油で揚げる時には水で洗いよく拭いてから揚げる。

しかしそれをせず、素の千切り状態で鉄板に乗せて焼き揚げたらどうなるのか。

 

今、少女が鉄板の上で芋の塊を引っ繰り返したが如きである。

 

一種の繋ぎと化して、千切り同士を接着して一塊の料理へと変化させるのだ。

 

かくして出来上がるのは砂漠の芋焼き、ハッシュドポテトの親戚の様な代物。

単純に塩だけで焼いているが、好みで乾酪などを混ぜる事も在る。

 

そんな芋の円盤を、ピザの如くと扇に切り分け昼食の準備とすれば、

開墾に測量にと村で作業をしていた獣人たちが休憩に入り集まって来た。

 

「我らが神は、ただ芋を焼いただけを良しとしないのでありますな」

「いや、これも芋を焼いただけなのに違いは無いのだけど」

 

古傷の多い老豚人がしみじみと語れば、少女は少し引き攣った声の返答。

 

相も変わらず、豚人族はガチな生き物である。

 

海底オークの一件に於いて、ついうっかり場の流れで豚人族の人間証明を、

アルフライラが自らの名で下してしまい、アズラクとアビヤドが裏打ちをした。

 

その結果が、今である。

 

あらゆる神族から敵視されていた豚人族に、突然齎された作為無き救い。

報を受けた当代豚人王は、直立不動のまま滂沱と涙を流したと言う。

 

そして長女の言を受け、赤、及び銅の神国からも追認が贈られる。

 

そう、豚人王の一派からはもはや、永劫に神敵の汚名が晴らされたのだ。

 

その結果が、今となってしまったのである。

 

キラキラとした善意100%の円らな瞳で、老豚人はアルフライラに告げた。

獣神聖域には豚人族より是非、千夜を祀る神殿を寄進させて頂きたいと。

 

アルフライラの視線は涅槃に飛んだ。

 

どこからか聞きつけた外に住む者の頭領も、ならばウチもと資材を積みあげる。

 

いつしか無明の闇を見ていた。

 

しかし善意と好意の圧力は、少女の首を人形の様にガクガクと縦に振らせ、

物陰でサヤラーンが握り拳で勝利の意を示し、開拓者組は苦笑する。

 

かくして白兎集落に測量をする豚人族と山賊もどき。

 

中央に獣神神殿、左右に雷音神殿と大河神殿、そこは変わらない。

ただ、夏至と冬至に断崖の参道を抜ける陽光の先と成る2つの地点。

 

そこに千夜神殿と黒姫神殿が置かれるべきと。

 

ちなみに黒姫神殿の方は、主に穴居人が寄進して建てられるそうだ。

 

そして測量、建築などの少々の人員の他、残りの豚人族は開墾に精を出し、

凄まじい勢いで作られている農地は、後に神殿に荘園として寄進すると言う。

 

「いたれりつくせりー」

 

ノリの一言が意外に大事になってしまった現状に、

遥か遠く、ハイライトの消えた瞳を向けながら棒読みの感が零れる。

 

そして現実逃避な芋の円盤焼きであった。

 

外カリ中もふな芋のピースを配りながら視線を回せば、神殿横の畑が見える。

通常の平面な畑と違い、直線に掘り、積んだ土が一様に列を成している光景。

 

「ああ、ウネと言うのですよ」

 

豚人王のはじめた、作物を多く収穫する工夫と語る。

 

「……へぇ」

「勢力の初期は土地も限られていましたからな」

 

身も蓋も無い事を言えば、より多く収穫する工夫を考える手間が在れば、

同じ手間で開墾を進めた方が、より多く収穫量も増えるし農地も広がる。

 

そのような工夫が必要と成るのは開墾しきった後、

あるいは白兎族の集落内の様な、面積が限定された状況となる。

 

「けど、何でこれで収穫が増えるんです」

 

白兎農民が首を捻るも、豚人族も実はわからないとか言い出す。

 

「ああ、平地に植物が並んでいると地面の滋養の取り合いになるよね」

 

仕方無しと作業用ハンドに棒を持たせ、地面に苗と根の図を描く板の少女。

隣接する植物が滋養を奪い合い、強い苗は育ち、弱い苗が枯れる。

 

「だからこの間に溝を掘って、奪い合いが起きない様にするんだ」

 

そうすれば弱い苗も普通に育ち、結果として収穫量が増えると。

 

「なら列じゃなくて苗一つごとに山を作った方が良いのでは」

「究極的にはそうだけど、そこまで手間を掛けてもいまいち増えないし」

 

手間と収穫の兼ね合いを考えれば、列で済ますのが無難と締める。

 

「はー、我らが王も神もいろいろと考えておられますなあ」

「何故に作業担当が何も理解していないのか」

 

もう何年もこれでやってますからと、朴訥に応える開拓担当豚人。

 

「巧くやっているなあ」

 

ほのぼのと意味不明な感想を零す板に、軽く首を捻る兎と豚。

そこでふと、思い付いたように手を叩き少女が問うた。

 

豚人王と在留勢力のやりとりを聞き、せっかくだからと粗品を渡す。

資材の運搬ついでに、神から王へと渡しておいてくれと。

 

赤い、両端の閉じられた鉄製の筒。

 

「何ですか、これ」

日鳥印(S&B)混合香辛料(カレー粉)缶詰」

 

ついでにこれもと、古代樹脂で作られ杯の麺と書かれた謎容器も渡す。

以前にアズラクへと渡した、先史時代のゴミ飯シリ-ズと同じ物である。

 

何なのかとわからない表情の豚人に、まあ大したものじゃないからと

内心を漏らさぬ可憐な笑顔でゴリ推しして押し付ける古代の邪神。

 

「まあ本当に、大した意味も無いのだけど」

 

思い付きだとだけ言って会話を締め、空いた皿を片付けに踵を返す。

いつしか陽も南中より僅かに傾き、午後の作業の音がそこかしこに響く。

 

そこでさて、夕食は何にするかと板と兎の会話が厨屋に響いた。

 

余談に成る。

 

後日、何故か豚人王から生涯の忠誠と信仰を誓う血判状が届けられて、

とりあえずと千夜神殿に保管され、後の時代に国宝に指定されたと言う。

 




千夜神殿の壁画より

【挿絵表示】

右側の黒猫が何者であるかは諸説ある模様
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